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「君がソロで有名なナイフかい?」
髭面が去り、静かになったかと思えば新しい客人がやってきた。
ヘラヘラした笑みを顔に貼り付けた長剣持ちの男、床に下ろした斧に寄りかかるスキンヘッドの筋肉男、静かにたたずむローブ姿の女。
記憶を辿り、この酒場で見覚えのある三人組であることを思い出した。
「何の用だ」
「これは失礼。自己紹介から入れば機嫌を損ねずに済んだかな?」
長剣持ちが隣の席に腰を下ろす。
臭い。
俺は料理の残りを食べ終えた。
「用がないならいくぜ」
「待ってくれ。早い話、一緒にパーティを組んで迷宮に潜らないかというお誘いなんだ」
筋肉男とローブ女の表情も順繰りに確認する。
冗談を言っているわけではないらしい。
「単純に戦力を強化したくての誘いさ。見ての通り、うちは戦士と術士はいるが速さが足りない。ナイフ使いで有名な君が加わってくれれば迷宮探索の危険がかなり減る」
脚を活かした戦い方をする俺が欲しいわけか。
「俺にメリットがない」
「君の危険も減る。迷宮はチームプレイが基本なのは君も知っているはずだ。四人で力を合わせれば第2階層に到達するのも夢じゃない」
穴の階層は現在、第3階層まで存在することが確認されている。
階層が下がるにつれ、獣も強いものが徘徊しているという。
金やスリルを求める愚者たちにとって、より深い階層に潜ることは誇らしいステータスとして認識されている。
強い敵を殺し、高価な獣石を手に入れ、同業の冒険者から羨望の眼差しで見られることが穴に潜る目的なのだ。
そのため、第2階層以降の到達者は称号のように、名前の前に「第2階層の」という前置きを付けて呼ばれる。
いま酒場にいる冒険者の何割かは第2階層に到達しているだろう。
パーティを組むというのは危険を減らすだけでなく、獣を狩る経験も重ねやすくなるメリットがある。
獣を無駄なく捌けるようになればそれだけ体力も温存でき、第2階層に潜り、高価な獣石を獲得して稼ぎを増やすことにも繋がる。
「断る」
「なぜだ?」
パーティを組むことのメリットは大きい。
だがまったくデメリットがないわけでもない。
「馴れ合いが嫌いだからだ」
長剣の男は腕を組み、少し考えると妥協案を提案した。
「ならば第2階層に到達するまでだけでもどうだろうか。私たちとしては稼ぎより名声がほしい。第2階層の冒険者になれば新たなパーティメンバーを探すことも容易になる」
筋は通っている。
だが俺の本能が警戒心を緩めようとしない。
「メンバーを失ったのか?」
俺をパーティに誘う理由が弱いと感じた。
メンバーを補充するのであれば俺である必要がない。いや、ソロで潜っている俺に声を掛けるメリットが薄い。
ルーキーであろうと人当たりの良い冒険者を仲間に引き入れて鍛えあげれば事は足りる。むしろ初心者のほうが成長とともにチームワークを築くこともできる。
男はふたたび考え込み、口を開いた。
「大切な仲間を失った。彼の名誉のため、あまり話したくはなかったが……。私たちの力不足も原因だった。これも君の信頼を得る上で明かしたくなかった」
これで全てだとでも言うように男は目をつぶって神妙な面持ちになった。
俺にとっても第2階層に到達することは悪い話じゃない。
第1階層の黒犬は狩り飽きた。得られる経験も浅いものになりつつある。
「わかった。だが第2階層に到達するまでの間だけだ」
「感謝するよ。よろしく頼む、ナイフ」
男は満足そうにうなずいて笑みを浮かべた。




