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第5話 可憐な御令嬢の手になんてことを

 リリィが学園に復帰した日、午後の講義を終えたあとでジュリアンが尋ねてきた。もちろん護衛のニノも一緒だ。花束を持った第二王子の登場に教室内がざわつく。


「王宮の一件では迷惑をかけたね」


 差し出された花束をリリィは居た堪れない気持ちで受け取った。


 雷に打たれて一週間休み、魔力を顕在化させた夜から発熱して三日間寝込んだ。学園でのリリィはすっかり浮いた存在になっていたが、さらに第二王子の見舞いである。


(あああっ、ひそひそ声と視線が怖いっ)


「とんでもないです…お気遣いありがとうございます…」


 ジュリアンがもともと頼んでいた魔術師は、シャーロットの嫉妬による妨害で約束が潰されていた。リリィは後になって、それがゲームのシナリオだとミシェルから聞いた。


「熱はさがった?」


 リリィの両手をジュリアンが痛ましそうに見つめる。


(王子様の鑑、心根もお姿も天使なのよね。殿下に非はないのに申し訳ないわ)


「はい、講義も問題なく受けることができました」


 リリィは精一杯の笑顔をつくる。それからジュリアンがちらちらと視線を向ける黒レースの手袋を外し、両手の甲のアラベスク文様のような刻印を見せた。


 魔力を顕在化させた日、クロヴィスは白銀の馬に己の魔力で手綱と鞍を付けた。それはつまりリリィの魔力を掌握したのと同じで、その証がリリィの両手の刻印だった。発熱と同時に刻印は現れリリィも驚いたがミシェルからシナリオどおりと言われればそういうものかと諦めがついた。


「魔力は封印していただきましたので暴発の恐れもありません。安心安全です」


 得意げなリリィとは対照的にジュリアンの表情が歪む。


「可憐な御令嬢の手になんてことを」


(あらら、逆効果?!)


「お見苦しいですが痛みはないですし、魔力のコントロールができるようになれば刻印も消えます」

「魔力のコントロールを教えるためにクロヴィス殿が学園に来ると聞いたが…さぞかし不安だろう」

「不安というよりもわたくしのためにご足労いただくのが恐縮で…」

「気休めにしかならないが、私も同席するから」


(な、なぜそんな話に?!)


「いえいえいえ! お忙しい殿下にそのようなことをしていただくわけにはっ」

「私の婚約者が迷惑をかけたせめてもの償いだ」


(引き下がってくれない!)


 リリィは思わず辺りを見回すが、だれも助けてくれそうにない。それどころか周囲の冷ややかな雰囲気から断るよりもなによりも一刻も早くこの会話を切り上げるのが得策な気がした。


「それでは…ご厚意をありがたく承ります」


 リリィがそう伝えると、ジュリアンは満足したように「ではまた」と颯爽と教室を出て行く。ニノも無表情ながらリリィに一礼をして場を離れた。


(これもシナリオどおりなのかしら、殿下とクロヴィス様の組み合わせってどうなの…早く魔力のコントロールを覚えなきゃ)


 ジュリアンに可憐と言われた両手はレースの手袋にしまい、リリィは背筋を伸ばした。


「よしっ、わたしもできることから」


   ◆◆◆


 アングレラム王国の王侯貴族や上流階級の子女の社交場として創立されたプロミーズ学園は、周辺諸国の語学や歴史、専門的な魔術などを自由に学ぶことができる。


 入学年齢は決まっておらず、学年分けもない。だいたい15歳から18歳で入学し、2年間学園で学び、卒業と同時に社交界デビューをするのが慣例だ。


 専任の教師はおらず外部から講師を招くスタイルで、学びたい講義がなければ希望をだして新たに設けてもらうこともできる。クロヴィスがリリィに魔力のコントロールを教えに来るのも講義のひとつだった。講義であるから、興味があれば自由に受講できる。


 クロヴィスの講義をジュリアンが受講するとうわさがひろがれば参加者は増えるだろう。シャーロット様も参加するのかな、と考えながらリリィは図書室のドアを開けた。


 夕暮れ間近の日差しが室内の影を濃くしている。ランプにはすでに灯火がはいっていた。ページをめくる音さえ聞こえる静けさにリリィは足音を忍ばせる。


(さてさて、魔力の本はどこかしら)


 書架から書架へ背表紙を眺めていると背後から声をかけられた。


「なにをお探しかな」

「アンリ様」


 攻略対象者と聞いてからはじめて会う義兄の友人に、リリィは少し緊張する。


「魔力のコントロールに関する書物がないかと思いまして…」

「いろいろ大変だったみたいだね」

「ええ、あの…はい…アンリ様の耳にも入っているのですか?」


 アンリは困ったように微笑む。


「ダルベールが嘆いていたよ、なにも助けを求められないって」

「お兄様にご迷惑をかけるわけにはいきませんし…」

「無用な遠慮だと思うけどな」


(そう言われても困るんだけど)


 男爵家との関係性は良好だが、義理の兄となったダルベールとはいまだにどんな距離感で接してよいかお互いにはかりかねている。


「余計なことだったね。お詫びに探すのを手伝うよ、魔力のコントロールか…たぶんこっちかな」


 リリィの返事を待たずにアンリは背を向けた。


「ありがとうございます」

「そうそう、素直が一番だ」

「…はい」


(完全に妹扱いよね)


「ほら、この辺りが魔力に関するものだ」


 ふたりは適当に本を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。


「アンリ様は魔力を顕在化させたことはありますか?」

「顕在化? はじめて聞いたな」


(博識なアンリ様が知らないなら、やっぱり一般的な方法じゃないのね)


「コントロールとなにか関係が?」

「魔術師様がおっしゃるには関係するようです。でも顕在化させたからといってそれをそれをどうコントロールすればよいのか」

「顕在化、させたのか? リリィが?」

「ええ、白銀の馬でした。コントロールの講義はしてもらえるのですが、その前になにかヒントがほしくて」

「へえ、講師はだれ?」

「王宮魔術師のグリアーノ・クロヴィス様です」

「それは興味があるな」

「ご存知なのですか?」

「お名前だけね、僕も受講しようかな」

「すごく変わった方ですよ?」


 リリィとしては真剣に伝えたつもりなのに、アンリは冗談を聞いたように笑った。

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