第3話 声を覚えていただけて光栄ですわ
王宮の回廊を案内役の騎士に連れられて三人の令嬢が歩いている。
歩きながら交わされるシャーロットとミシェルの褒めているようで貶すという高度な会話を、リリィは感心しながら聞いていた。
(これぞ貴族の令嬢、わたしもいつかは…)
「そうだわ、リリィ嬢」
急にシャーロットから話しかけられ、リリィは上擦った声で「はいっ」と返事をした。
「予定していた魔術師の方の都合が悪くなってしまって、代わりの方になるけど構わないかしら?」
(ミシェル様のお兄様にはお会いできないのね)
「問題ございません。魔術師の方にお時間をいただけるだけでありがたいことですので」
「かなり言動に癖のある方で私は苦手なのだけど、魔術師としての能力は陛下も認めてらっしゃる方だから安心してね」
「お気遣いありがとうございます」
今日のシャーロットはにこやかで、昨日の冷たい視線が嘘のようだった。
「やだ私ったら、ごめんなさい。クロヴィス様はミシェル様のお兄様でしたね、全然似ていないから失礼なことを言ってしまったわ」
「あら、リリィを見てくださる方はお兄様なのですか? リリィよかったわね、お兄様はシャーロット様がおっしゃったとおり陛下にも認められているとても優秀な魔術師なのよ」
(どういうこと? 殿下が頼んでくださっていた方はクロヴィス様と別の方だったってこと?)
王宮内に勤める魔術師にはそれぞれに研究室が与えられている。いくつかのドアを通り過ぎてから案内役の騎士が立ち止まる。
「到着しました」
騎士はリリィたちを振り返り簡潔に言うとドアを叩いた。
「クロヴィス様、お客様です」
反応はない。
「クロヴィス様」
力強く叩かれるドア。
「お兄様は集中していると周りのことに気を配れなくなるのよ」
困ったようにミシェルは言い、「お兄様ぁ、ミシェルです、ドアを開けますからね」と声を張り上げた。
「はしたないこと」
ぽつりとシャーロットが言うのも気にせず、ミシェルはドアを開けた。すると、開いたドアから紫色の煙が廊下へ流れて出てきた。
「なんですの! この煙!」
シャーロットが悲鳴をあげる。
「御令嬢方は下がってください! クロヴィス様っ大丈夫ですか!」
騎士が果敢に室内へ踏み込もうとすると、煙のむこうにぬっと人影が現れる。
「なんだ、うるさいな」
「お兄様っ、何事ですか!」
「ん? ミシェルの声がするが…幻聴か?」
「ミシェルで間違いありません。声を覚えていただけて光栄ですわ、それよりこの煙はどうしたのですか?」
「…なんだろうな」
兄妹の会話に、騎士が「害はないのですか?」と割ってはいる。害があれば王宮の廊下に立ち込めている現状は大問題だろう。
「ないんじゃないか、今のところ意識もはっきりしてるし、ミシェルの幻聴や幻覚を見ているわけでもなさそうだ」
煙が流れ、クロヴィスの姿が現れる。ミシェルの艶やかな黒髪とは反対に髪色は白く、シャーロットが似てないと揶揄したのも頷ける。
(不健康そう…ミシェル様は推しって言ってたけど、なにが推せるのかしら…)
リリィがぼんやりとそんなことを考えていると、突然クロヴィスに腕を引かれた。
「きゃ」
「なにその魔力」
見上げるが視線は合わない。
(怖っ、ほんとにミシェル様のご家族?!)
「お兄様、リリィが怖かっています」
「んん?」
視線は合わいままクロヴィスは一方的にじろじろとリリィを観察する。腕を掴んだまま。
「ク、クロヴィス様、ジュリアン殿下からのご命令です。リリィ嬢が魔力のコントロールができるようにご指導くださいな」
「はあ? ジュリアン?」
「私は案内しましたからね、失礼いたします。案内は不要です、王宮内は慣れていますから」
(シャーロット様っ置いていかないで! わたしも逃げたいんですが!)
◆◆◆
煙は消えてもクロヴィスの研究室は怪しげなもので溢れていた。窓もドアも開け放し、椅子をどうにか二脚掘り出して、リリィとミシェルは腰掛ける。
「お兄様、お忙しいところ突然お邪魔して申し訳ございません」
「いや、うん…」
「リリィは学園の友人なのですが、先日雷に打たれまして、近くにいたジュリアン殿下の治癒魔法によって一命はとりとめたものの、こうして魔力量が急に増えるという危険な状態になっているのです」
「雷か、それはおもしろいな」
「おもしろくございません、魔力のコントロールができなければ暴発の危険があると聞きました。どうすればよいでしょうか」
(ミシェル様がいてよかった…)
ジュリアンを前にした緊張感とは別のハラハラドキドキをリリィは味わっていた。クロヴィスは分厚い書物のページをめくりながらうろうろしている。
「うん、ああ…ふむ…」
足の踏み場のない室内を器用に歩き回り、積んである書物を手に取っては数ページ読んでは置き、埋もれている箱を掘り出し、中身をばら撒く。それがしばらく続き、お目当てのものが見つかると「こっち」とたしかに言った。
視線は合わないが、たぶんリリィに話しかけている。
「はい?」
「こっちへ来い」
(え…嫌なんだけど…)
ミシェルに助けてほしいと視線を向ける。しかしミシェルは役目は終わったとばかりになにも言わず静かに頷くだけだ。
(生贄の気分だわ)
リリィは覚悟をきめてクロヴィスの前に進み出た。
「なんでしょう」
「これ、持って」
差し出されたのは水晶だった。
「魔力をここへゆっくり流し込んで」
魔術師を見上げるがやはり視線は合わない。リリィは水晶を受け取ると、言われたとおり慎重に魔力を流し込んだ。