第2話 どのルートも選びたくないんですが
--リリィはどこに出しても恥ずかしくない我が家の娘よ、学園でたくさんの方と出会ってすてきな恋をしてきてね。
(お母様、わたしの恋は茨の道のようです)
第二王子御一行を見送ったあと、応接室に残ったリリィはミシェルから乙女ゲーム『リリカル・メモワール』での攻略対象者を教えてもらった。
攻略対象者と呼ばれる異性は4名、第二王子ジュリアン、その護衛ニノ、明日会うことになるミシェルの兄で魔術師のクロヴィス、そしてリリィの義兄の友人でもあるモルタン男爵家の長男アンリだ。
(殿下にはシャーロット様がいらっしゃるし、殿下の騎士様は近寄りがたいし、ミシェル様のお兄様は気になるけど魔術師様なんて住む世界が違うでしょ…アンリ様とは知らない仲ではないとしても、お兄様がアンリ様の妹のコルネリア様と婚約したいと息巻いているのにわたしがでしゃばるのは…ううん、どのルートも選びたくないんですが…)
そして冒頭に戻る。
ミシェルは「ルートの分岐はもっとあとだからゆっくり選べるわよ」と意気揚々としている。
(結婚相手は選ばなくても、恋する相手くらい自分で選びたいわ)
「教えてくださりありがとうございます…ですが、わたくしにはすてきすぎる方々ばかりで荷が重いと言いますか…この件は辞退申し上げます」
リリィは深々と頭を下げた。しかしミシェルが即座に「なに言ってるの、そんなのだめよ」と返す。
「な、なぜですか」
「だってリリィには生きていてほしいもの」
「それは、わたくしも生きていたいですがどういう関係があるのでしょうか…」
「重要なことを伝え忘れていたわ! あのね、攻略対象者の好感度を上げていかないとリリィは死んでしまうの」
(死ぬ?)
リリィが言葉の意味を受け止めきれずにぽかんとすると、ミシェルは真剣な表情で「死んでしまうの!」と繰り返した。「あなたにはこの先、雷に打たれるみたいな理不尽なイベントが待っているのよ」
雷に打たれたときは突然でなにに巻き込まれたのかわからなかった。しかしリリィには百合の記憶がある。トラックにはねられたときの死の感覚がリリィのなかでぶわっと蘇る。
(そうね、人って簡単に死ぬのよ。でも…そもそもほんとうにこの世界はミシェル様の言ってるゲームと同じなのかしら)
「…ゲームの選択肢以外を、わたくしは選べないのですか?」
「そう聞かれると…ゲームと同じ名前の人間がいるってだけかもしれないけど…でも、リリィは雷に打たれたわ。それはゲームのオープニングと同じよ」
「そうなんですか…」
リリィの暗い表情にミシェルは浮かれすぎていたことを反省する。
「ヒロインに転生するなんて羨ましいって思っていたけど、ごめんなさい。そうよね、私達はこうして生きているんだもの…ゲームにはない選択もきっとできるわ」
「ミシェル様…」
「そうと決まれば、次はこれから起こるイベントを教えて…」
「あのっ、大丈夫です」
「どうして?」
「攻略対象者だなんて夢みたいな話で興味があって聞いてしまったんですが、未来は自分で選びたいです…たとえそれがゲームのシナリオどおりだったとしても、自分で選んだのならそれがわたくしの人生ですから」
(それで死んでしまったとしても…)
「まさしくリリィ・ランゲだわ」
大袈裟に感動されてしまいリリィは居心地が悪い。
「そうでしょうか」
「困ったり迷ったりしたら相談にのるから。いつでも私はリリィの味方よ。明日のお兄様との出会いのイベント、どうにか乗り切りましょうね」
「…また雷に打たれますか?」
冗談のつもりでリリィが聞くと、ミシェルも笑って「まさか、そんなわけないじゃない」と返す。
「そうですよね、うふふ」
「リリィの魔力が暴発するのよ」
(それ一歩間違えば死ぬのでは…)
「でも大丈夫、出会いのイベントでは必ず攻略対象者が助けてくれるから」
「ちなみに私の推しはお兄様なの」とミシェルが言うのを聞きながら、リリィはすでに知り合っているアンリとの出会いを思い返していた。
◆◆◆
アンリは、リリィのひとつ年上の義兄ダルベールの友人で、たまにランゲ家へ遊びに来ていた。
(たしかにアンリ様に助けていただいたことがあるわ)
その頃のリリィは養女になったばかりで、男爵家にあたたかく迎えられてはいたがすっかり変わってしまった生活に不安と寂しさを感じていた。
それでも塞ぎ込んでいる姿を見せては失礼だと普段は気を張っていたが、ふと庭木のなかに孤児院と同じ樹木を見つける。そして昔と同じように木登りをしては枝の中に姿を隠すひとり遊びをはじめた。
枝の中で目を閉じて葉の揺れる音を聞いている間は昔と同じただのリリィでいられる気がしたのだ。
何度か人目を盗んで木登りをしていたが、うっかり足をすべらせ木から転落したところをたまたま庭へ遊びに出てきたアンリの風の魔法に助けられたことがあった。それが出会いのイベントだったのだろう。
(たしかにあのまま落ちていたら…打ちどころが悪ければ死んでいたかも)
瑠璃色の髪と瞳のアンリは、活発なダルベールとは対照的な穏やかさがあり、リリィとしては義兄と接するよりも緊張せずに話せる相手になっていた。
(アンリ様が攻略対象者なのには驚いたけど、お兄様の恋路を邪魔しちゃだめよね)