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カホの場合。⑤

 無言のまま俺とカホさんはクエストの民家の前にたどり着いた。俺はゆっくりと降ろされ、なぜかカホさんは少しむくれた顔をして俺と目を合わせようとしなかった。


「あの、カホさん?」

「な、何だ?」

「どうして目を合わせてくれないんですか? これだと民家の母親に怪しまれますよ?」

「そ、それはロキくんのせいだろ⁉」

「何のことですか?」

「くぅっ、男にここまで慣れていない自分が恥ずかしいぃっ・・・・・・!」


 どうやら俺が耳元で呼びかけたことでこんなことになっているらしい。俺も少し気持ち悪いことをしたなと思い反省する。あれはイケメンがやっているからこそ初めて真価を発揮する。それを陰キャがやったらただのきもさが増すだけだ。何だ、目が熱くなって・・・・・・。


「すみません、気持ち悪いことをして」

「い、いやっ⁉ ロキくんがそんなことを言うことはないぞ! 少し背筋がぞくぞくしただけで、何も気にしなくて良い」


 背筋がぞくぞくということは、気持ち悪くて虫唾が走ったということか。もうこういうことは金輪際しないようにしよう。俺と相手の両方にダメージがいってしまう。


「そ、そんなことよりも早くクエストの達成をしに行くぞ!」

「あ、はい」


 俺はカホさんに手を引っ張られて民家にノックして入っていく。民家の中にはエプロンを着た女性がおりこちらを見て少しため息を吐いた。


「戻ってきたということは、倒してきたのですね?」

「はい、倒してきました。ロキくん」


 俺はカホさんに促されてアイテムポケットから〝ツイン・ドラゴンの骨〟を取り出して女性に渡した。女性はそれを見て諦めたような表情をしてこちらを見た。


「約束は約束です。私はもうロキがあなたに奪われて一人寂しく生きていくことになったとしても何も言いません。一人寂しく生きていくことになっても、シクシク」


 女性はハンカチを取り出して目元にハンカチを当てながら泣き真似をして、大事なことだから一人寂しくということを二回言った。だがどうしてもこの人は今日会ったこの世界の住人であるため、こうされても何も思わない。


「お母さま、安心してください。ロキくんのことは私が必ず守ってみせます」

「当たり前です。それが婚約者としての務めですから」


 カホさんは女性に近づいて慰めるように背中をさすろうとしたが、女性はカホさんの手をはたき落として厳しい声音でカホさんに言った。


「それからロキ、あなたもです」

「えっ、あ、はい?」


 突然女性から俺に話を振られて俺は少し慌ててしまった。


「何ですかその態度は? あなたもこの女性の伴侶になるのならば、相手を支えなければなりません。それが夫婦と言うものです。片方だけが支えて、片方はもたれかかるなど許されません。ママはそんな子に育てた覚えはありません」

「は、はい」


 いや、あなたは完全に男をダメにする育て方をしていますよ? あなたはさっき俺にこの家にいるだけで良いって言っているんですよ? 育てられたことがないから分からないが、絶対に厳しくしていないのは分かる。


「もしロキが悲しい思いをすることになったら、あなたにはどんなペナルティーも受けてもらいますから!」

「望むところです!」


 何だかカホさんと女性で話が進んでいるが、実際は俺のことでもあるんだよなぁと思いながらこのクエストの報酬が余計に分からなくなった。結婚を認めてもらうということがこのクエストのクリア条件だ。だがそれだとクエストの報酬が結婚を認めてくれるものなのかと思ったが、それは意味が分からない。


「それから、これはママがロキに渡せる最後の施しです。持っていきなさい」

「あ、うん、ありがとう」


 俺は女性のポケットから赤い宝石と青い宝石がそれぞれはめ込まれた二つの指輪を貰った。二つあるということは、誰かとペアリングにしろと言うことだろうかと思ったが、それだと相手はカホさんしかいない。


「ここでその指輪をお互いに相手の左手薬指にはめなさい。それでママは何も言いません」

「えぇっ⁉」

「何を驚いているのですか? あなたたちは結婚を認めてもらうために来たのですからそれくらいのこと当たり前ですよ?」


 今ここで結婚指輪と同じ場所にはめろと言われても、俺とカホさんはそんな間柄ではない。だがそれをしなければクエストクリアにしてくれなさそうにない雰囲気だった。俺はどうしたものかとカホさんの方を見ると、俺の方に手のひらを開いてワクワクした表情をして待っていた。


「・・・・・・カホさんはどちらが良いですか?」

「赤だな。ロキくんは青でも良いか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 俺は思考停止をしてなるようになれと思い、カホさんに青い宝石がはめ込まれた指輪を渡した。カホさんは指輪を嬉しそうに受け取り、少し赤面した表情で俺を見てきた。


「それじゃあ、行きますよ」

「あ、あぁ、ドンと来い!」


 まず俺が指輪をカホさんの方を向けると、カホさんは少し緊張している面持ちで俺に左手を差し出してきた。俺はカホさんの少し震えている左手の下に俺の左手をそえ、左手薬指にゆっくりと赤い指輪をはめた。少し大きめな指輪はカホさんの薬指のサイズにフィッティングされた。


「おぉっ、おおおぉっ・・・・・・」


 カホさんははめられた指輪を見て嬉しそうな笑みを浮かべている。こんなことをまさか現実ではなく仮想現実ですることになり、俺に縁がないものと思っていたことをするとは本当に思わなかった。


「カホさん、自分にもお願いします」

「あぁっ! 今してやる!」


 俺が左手を出すとカホさんは左手で俺のその手を下からつかんだが、かなり震えているし力が入っている。俺は仕方がないと思って、俺はカホさんのその手の下から右手で包み込んだ。


「カホさん、力が入っていますよ。もっと優しく添えるようにしてくれないと痛いです」

「あ、あぁ、すまない。少し緊張してしまった」

「一回落ち着いたらどうですか? 深呼吸でもすれば落ち着きますよ」

「すぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・、ありがとう、落ち着いた」


 俺の言葉で落ち着いたカホさんは、俺の手を優しく添える感じで持ってくれてゆっくりと俺の薬指に青い指輪をはめていく。こうしてはめられていくのも変な気分だが、どうして俺は疑似結婚式みたいなことをしているんだと我に返った。


「・・・・・・ふふっ、これで私たちは夫婦だな」

「あの、カホさん?」


 もうカホさんが夫婦認定をしてしまっている。クエストのための発言だと思いたいが、カホさんのこの表情がそれだとは思えないが、ここはクエストのためだと思い黙っておくことにした。


「うん、良いわね」


 女性はポツリと俺たちの方を見てそう言った。何が良いのかは分からないが、悪いわねではないから良しとする。


「あなたたち、すごくお似合いですよ」

「えっ! そう思いますか⁉」

「えぇ、すごく。お互いに支え合ってバランスが取れていて、すごくいいわね」

「今の聞いたか⁉ 私たちお母さまのお墨付きをもらったぞ!」

「まぁ、そうですね。良かったですね」


 女性からその言葉を受けてカホさんは喜んでいるが、そのバランスが取れているというのは俺が苦労しているからではないだろうか。だが俺は突っ込まない。なぜなら疲れるから。俺はもう適当に流すという技を身に着けた。


「さぁ、もう行きなさい。私が話すことはもうないわ。頑張りなさい、ロキ」

「・・・・・・はい、頑張ります」


 俺は女性から愛が溢れた目で見られながら頑張りなさいと言われて複雑な気持ちになった。自身の母親に言われたことのない言葉を、まさかこの世界の住人の女性から言われるとは思わなかった。だが不思議と嫌な気分にはならなかった。


「お母さま、絶対にロキくんを幸せにして見せますので!」

「分かりましたから、早く行きなさい」

「はい!」


 カホさんが最後にそう言って、俺とカホさんは手をつないで民家から出た。出る時に一瞬だけ女性の方を見ると、俺が渡した骨を大事そうに抱えている女性の姿が扉を閉まる隙間から見えた。


『花婿を手に入れろをクリアしました』


 民家の扉を閉めると俺の目の前にウィンドウが出てきてその文字が書かれていた。とりあえず一件落着ということで安どした。だが、その安どもつかの間、新たなウィンドウが出てきた。


『クエストクリア報酬:エンゲージリング(サンストーン&ブルームーンストーン)、夫婦の契り(称号)、絶対の誓い(呪い)』


 エンゲージリングは俺とカホさんがはめている指輪のことだろうが、残りの二つは何だ? 報酬で称号とか呪いとか、もはやクリアしていいクエストではない気がするが、カホさんに聞いてみる。


「カホさん? この報酬は一体なんですか?」

「その、何だ、・・・・・・見ればわかる」

「何ですかその返事」


 俺はカホさんが何も言わないことをジト目で見ながらも、報酬をタッチして詳細を確認する。黙っているということはろくなものであることを覚悟するのも忘れないでおく。


『エンゲージリング・・・一度装着すれば二度と外すことができない指輪。これをはめていれば相手の位置が分かり、相手が何をしているのかを認識できるようになる』

『夫婦の契り・・・相手と自分を称号まで結ぶ。これを取得した場合、この称号しか称号を付けることができない』

『絶対の誓い・・・相手を悲しませたり、守らなかったりすると自身に規制がかかり最悪の場合二度とこの世界に入ることができなくなる』


 俺は三つの報酬を見て、一度深呼吸をして落ち着いた。俺のステータスを見る限り、エンゲージリングと夫婦の契りしかなかった。絶対の誓いはおそらくカホさんにだけついていると考えた。だが、そういう問題の話ではない。


「カホさん」

「はひっ!」

「一回、帰りましょうか?」

「はいっ!」


 俺が少し冷たい声でカホさんにそう伝えると、カホさんは真っすぐと立って俺の言葉に返事をしてくれた。おそらく俺がどうしてこんな声なのか分かっているのだろうが、それならどうして黙ってしたのかが分からない。


 俺とカホさんはカホさんの家に戻るまでずっと黙って歩いていた。俺の横で歩いているカホさんは、何回も俺の方をチラチラとしているのは分かったが、俺はそれを無視し続けた。そして家に到着して俺はソファーに腰かけたが、カホさんは俺の足元で土下座をすぐにしていた。


「カホさん、それは何の真似ですか?」

「ごめんなさい」

「ごめんなさいだけでは分かりませんよ?」

「クエストの報酬を言わずに勝手にクエストを受け、ごめんなさい」

「・・・・・・カホさん、とりあえず頭を上げてください」

「許してくれるのか⁉」

「違います。それをするのならソファーの上です」

「はい」


 俺は下を見るのが少しつらかったため、ソファーの上で土下座をさせた。土下座をしろと言っているわけではなく、勝手にやっているだけだからそこはDVだの言われたくはない。


「自分が怒っている理由は分かっていると思います。どうしてこんなことをしたのか理由を一応聞いておきます」

「い、言っても、怒らないか?」

「言わなかったら怒りますよ?」

「報酬にあるエンゲージリングや夫婦の契りが目的でクエストに行きました。ロキくんが離れて行かないようにするために、少し強引な手段を取ってしまったことは認めます」

「怒って良いですか?」

「お、怒らないと言ったじゃないか⁉」

「言ってませんよ。言わなかったら怒ると言っただけです」


 あー、ここまで拗らせてしまうと、こんなことまでしでかしてしまうのかと逆に恐ろしくなった。離れて行かないためにって、発想がヤバすぎだろ。好感度上げるとかじゃなくて、何も教えずにシステムで結びつきを作るとか、既成事実と何ら変わらない。


「カホさん、もしカホさんからそのことを聞いていたら、絶対に自分はさっきのクエストを受けなかったでしょう」

「そ、そうだろ? だから私は黙って――」

「だからと言って黙ってこんなことをして良いのですか?」

「・・・・・・良くないです」

「まぁ、してしまったことは仕方がないです。ですが、今後こういうことがないようにしてください。もしまたこういうことがあれば、自分はこの世界に入らないようにしますから」


 俺の言葉にカホさんは衝撃的な事実を伝えられた人みたいな顔をしている。これを想定していなかった時点でポンコツと言わせてほしい。俺以外だったらもう報告されているぞ。あれ? てことは俺じゃないとダメだって俺が認めて、いやいやいやいや、ないないないない!


「分かりましたか?」

「はい、良く分かりました」

「それなら良いです。今回の件はこれで許してあげますから、今度からは気を付けてください」

「あぁ、気を付ける。今度はクエスト内容を伝えてから連れて行けば良いんだな?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は立ち上がろうとしたがカホさんが俺の腰に両腕を回して俺のお腹に顔をうずめて動きを止めてきた。


「すまないすまない! 冗談だ! 絶対にロキくんが嫌がるクエストには連れていかない! ここで約束するから!」

「本当ですね? 約束を破ったらどうしますか?」

「そ、そうだな・・・・・・、私のリアルの住所をロキくんに伝えるというのはどうだ?」

「それどういう意味があるんですか? 自分に来てほしいんですか?」

「リアルで来てくれるのなら来てほしいぞ! 何なら迎えに行くぞ!」


 自分がどこにいるのか分からないのに、と言おうとしたがこの会話を続けるのは無意味なことだと思って言葉を呑み込んで次の言葉を出した。


「結構です。カホさんが決めないのなら自分が決めます」

「か、軽めの罰を頼む」

「それは罰と言いません。カホさんが絶対にやりたくないと思う罰ではなければ抑止力になりませんから」

「そ、そうだな。うん」


 さて、カホさんが嫌がることは何だろうか。俺がこの世界に入らなくすると言っても十分な罰であるが、それでは味気ない。どうせ仮想現実にいるのだから、ここでしかできないことをしてみたい気がする。


 カホさんがそわそわと待っている中、俺は少し考えて罰を思いついた。これなら今のカホさんが嫌がるだろうと思った。


「もし次に同じようなことが起きれば、自分は一週間口をききません。そして自分から十メートル以内に入ることも許しません」

「なっ・・・・・・わ、私に死ねと言っているのか⁉ 私の唯一の楽しみを壊すと言っているようなものだ!」

「それが嫌ならやめてくださいという話です。カホさんが今回のようなことを起こさないのなら、別に問題ないはずですが?」

「ぐっ・・・・・・、も、もしそのことを忘れていて、うっかりやってしまったときがあるかもしれない。その時は許してくれないだろうか」

「カホさんは自分と過ごした時間を忘れるのですか?」

「まさか! 忘れるはずがない!」

「それなら大丈夫ですね」

「・・・・・・あ、あー、忘れるかもしれないな」

「忘れるのですか?」

「忘れるはずがないぞ! 絶対に覚えておくから心配ないな!」

「はい、心配ないですね」

「・・・・・・何だ、この敗北感は」


 俺とカホさんが妙な押し問答をして俺との約束を忘れずに二度と同じようなことをしないと約束してくれた。カホさんの扱い方にも慣れてしまった自分に少し悲しくなってきたが。


「もうこの話はここで終わりです。どうせ強制的に手に入れたのですから、この指輪の効果を試してみましょうか」

「それもそうだな。試してみなければ勿体ない」


 俺がそう話しかけるとカホさんはしゅんとなっていたのが嘘のかのように元通りの態度になった。ここで終わりだと言っているため、これを見て何か思っても俺は何も言えない。


「〝夫婦の契り〟と〝絶対の誓い〟は、良いでしょう。ステータスを見れば確認できます」

「ちゃんと夫婦の契りしか称号に設定できなくなっている」

「ちゃんとって何ですか」


 俺のステータスの称号は元々双銃者となっていたが、今や夫婦の契りという何とも締まりのない称号になっていた。それを見ているカホさんは頬が緩み切っていた。


「カホさん、これが見えますか?」

「これとは・・・・・・、見えているな。もしかして私のこれも見えているか?」

「はい、見えています。どうやらエンゲージリングのおかげらしいですね」


 俺の目にはカホさんのウィンドウが見えており、カホさんの目にも俺のウィンドウが見えていた。本来なら他人のウィンドウは見えないはずであるが、それを可能にしたのがこのエンゲージリングらしい。本当に隠し事ができなさそうにないと思った。


「ほぉ、これは良いな。お互いに隠し事ができなくなっている。ますます私とロキくんの関係が親密になるな」

「ははっ、そうですね」


 カホさんの言葉に俺は乾いた笑みを出すしかなかった。これのどこに親密になるのかと思いながら、俺はエンゲージリングの性能の確認をすることにした。


「とりあえず、今はこのリングの性能を調べましょうか」

「それに賛成だ。一度外に出るか」

「はい」


 俺とカホさんは家の外に出た。その際にカホさんに気付かれずにリングを外そうとしたが、全く外れる気配がなかった。呪いではなくお互い同意の上での装着であるから解呪スキルであっても外すことはまずできないと思った。


「さて、それじゃあ私が適当な場所を走っているから、どこにいるのか分かるか確認していてくれ」

「はい、分かりました」


 そう言ったカホさんはすぐに走り去っていった。どういう風に見えるのか考えていたが、近くにいたから気が付かなかっただけで、感覚的に相手がどこにいるのか何をしているのか理解できた。しかも相手がどういう顔をしているのかを理解できる。そのため、こちらを見て頬を緩ませているのは理解できた。


 エンゲージリングの性能は、相手が近くにいるような感じで相手のことを理解できる、ということが分かった。それに相手のステータス、状態異常が俺の視界の端に表示されている。これはまたカホさんに面倒なものを渡してしまった。


 次はどこまで効果があるのか調べるため、カホさんにメールで『次は遠くまで行ってもらえますか?』と送ったと同時にカホさんからメールが来た。


『遠くに行ってほしそうな顔をしているから、少し遠くに行く』


 こう来ていて俺は戦慄するしかなかった。確実にメールを送ったタイミングと届いたタイミングは同時だった。どうしてこんなことが分かるのか、俺はそれが分からなかった。表情で分かるわけがない。カホさんの勘が鋭いのだろうと思うしかなかった。


 そう思いながら俺はカホさんのことを目で追っているが、いつまでもカホさんの姿が見えなくなることはなかった。感覚的にはすでに国を出てユグドラシルに向かっている感じだった。これはおそらく世界の裏側であろうとも分かると判断したため、俺はカホさんにメールしようとした。だがその前にメールの通知が来た。


『今戻る』


 これはもはや俺が口を開かなくてもいいのではないかと思ったが、どうして近くにいる時はこれくらいに俺のことを分かってくれないのだろうと思った。何かタネがあるのかもしれないが、今は分からないためその情報を頭の片隅に追いやった。


 一分もしないうちにカホさんは物凄い速さで俺のところに帰ってきた。スキルではない圧倒的なステータスはさすがレベル九百代と思った。


「お帰りなさい、カホさん」

「・・・・・・あ、あぁ、た、ただいま!」


 俺がカホさんにそう言うと、カホさんは一瞬呆けた顔をしてからただいまを元気よく言った。こんなにも元気よくただいまを言う人はおそらく小学生くらいしかいないと思った。


「ろ、ロキくん。一つお願いしていいか?」

「何ですか?」

「その、もう一度〝おかえりなさい〟を言ってくれないだろうか」

「はい?」

「私に〝おかえりなさい〟を言ってくれないだろうかと言ったのだが」

「そこは聞こえています。どうしてそんなことを言うかが分からなかっただけです」


 おかえりなさいを言ってほしいと言う人がいるとは思わなかった。俺はおかえりなさいを言われていないが、言われてほしいと思わない。


「私が彼氏にフラれたと言っただろう?」

「はい、それは聞きました。それでヤケ酒をした挙句に一ヶ月間彼氏さんにアタックして警察呼ばれたんですよね」

「そ、そうだ。よく覚えていてくれたな」

「そこは嬉しそうにするところではないですよ、恥ずかしがるところですよ」


 カホさんが酒に酔っていた時に話していたことを本人の前で言うと嬉しそうな顔をして覚えていてくれたとか言い始めた。そこは黒歴史で恥ずかしくなるところだろうと思った。


「それでだ、私は一ヶ月以上、誰もいない家に帰っていることになる。家に帰って〝ただいま〟と言っても誰も〝おかえり〟を言ってくれない」

「まぁ、そうですね。一人ですから」

「私は、ただいまと言ったらおかえりと言われたいんだ!」

「えっ、あ、はい」

「と言うわけで、ロキくんがリアルに私の家に来ればこの問題は解決する」

「何言っているんですか? その問題解決する必要あります?」

「これも私にとっては死活問題なんだ! 家に帰ってそれを言われていないと、私は何もする気にならなくなる。だからこそおかえりと言われたいんだ! ロキくんを家に招待するのは諦めることにして、次点としてロキくんの〝おかえりなさい〟ボイスを録音することで手を打とうじゃないか!」

「それ、自分である必要がありますか?」


 おかえりなさいと言われたいと思うのは個人の自由だ。だがおかえりなさいという言葉はネットで調べればいくらでも出てくるだろうと思った。そこを俺の声にする必要性が分からない。


「何を言っているんだ! 私はロキくんの声でおかえりなさいと言われたいんだ! そうじゃないと私は家に帰ってきた感じがしない! 会社にいるような気分になる!」

「じゃあ今までずっと会社にいたんですか?」

「頼む! それを言ってくれれば私は頑張れる!」


 公衆の面前で俺はカホさんに手を合わせてお願いされている。昼間であるのとさっきからカホさんが必要以上の音量で喋っているため俺たちは注目されている。ここで断りにくいし、これを見越してここで話しているというのであれば、俺は素直に称賛するしかない。


「・・・・・・分かりました」

「本当か⁉」

「嘘なんか言ってどうするんですか? とりあえず家の中でやりましょうか」

「ありがとう!」


 俺の言葉にカホさんは満面の笑みを浮かべて返事をした。俺はその笑顔で何だかどうでも良くなってきてカホさんと一緒に家の中に入った。


「それじゃあどうすれば良いですか? 今ここで言えば良いですか?」

「待ってくれ。確か家の中にあれがあったはずだが・・・・・・」


 カホさんはカホさんの部屋に入っていき何かを探しに行った。俺は待つためにソファーに座ってボーっとしようとしていたが、すぐにカホさんは戻ってきた。


「あったぞ。これに録音してくれ」

「・・・・・・珍しいものを持っていますね」


 カホさんが差し出してきて受け取ったものは手のひら正方形の箱があった。俺はそれなりにこの世界のアイテムをしっているためこれが何か分かった。


「前にクエストで偶然手に入れたんだ。まさかこんなところで使うことになるとは思わなかったぞ」

「それはそうですね。これってメールの機能があるこの世界では実用性がありませんから」


 この録音箱は録音する機能以外何もない。ゆえに使う人がおらず、しかもなぜかレアドロップであるためアイテムが出回らない。ゴミアイテムとも言われている。


「これに録音すればいいんですか?」

「あぁ、頼む。できれば一回だけではなく何回もしてバリエーションがあれば、なお助かる」

「欲張りですね。まぁ聞いてしまったのですから良いですけど」

「本当か⁉ それならまずはオーソドックスにお帰りなさいを頼む」


 まさか一回だけではなく複数も、それに注文されるとは思ってもみなかった。だが俺はそれを断ることなく受け、録音箱に向かって声を発する。


「お帰りなさい、カホさん」

『お帰りなさい、カホさん』


 箱から俺の声が復唱され、録音されたことが分かった。確かこの録音箱は一万くらいまで録音することができたと記憶している。一万通りやれと言われたらさすがにキレるぞ。


「それじゃあ私を彼女みたいな感じでおかえりなさいを言ってみてくれ」

「えぇっ・・・・・・はい」


 次にカホさんは俺に難易度の高いことを言ってきた。彼女のいない俺に彼女みたいな感じと言われても分かるわけがないが、期待している眼差しをしているカホさんに何も言えるわけがない。俺を何でもできる人と思っているのだろうか。


「・・・・・・おかえり、カホ」

『おかえり、カホ』

「・・・・・・いい」


 俺が録音している言葉を聞いて、カホさんはボソッと一言だけ発した。何が良いなのか分からないが、それでもいいと言っているのだから良いのだろう。


「ロキくん、一つ提案なのだが、これから私のことをカホと呼んでみないか? それに敬語じゃなくても可だ」

「それはちょっと無理ですね。年上の人には敬語をちゃんと使いたいですし、そんな身内みたいな呼び方で呼びたくないので」

「私たちは身内だろう⁉ もう夫婦だぞ!」

「離婚しますか」

「まだ一日も経っていないぞ!」


 俺とカホさんがそんなやり取りをしながら、全十種のおかえりなさいボイスを録音した。

今回で書いてあった分は終了となります。要望があれば書くことにします。

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