カホの場合。②
あれから、何時間経過しただろうか。酔っ払いを慰めて、良い感じで終われると思っていたのに、最初から酔っ払いに関わったのが間違いだったんだ。じゃなければこんなことになっていない。
「うぷっ! き、きもちわるいっ・・・・・・」
「あんなに飲むからですよ。結局酒場のビールをすべて飲んでいたじゃないですか」
「あれば、飲みたくなるのが、ビール・・・・・・」
「少しは我慢を覚えてください」
俺と酔っ払いはすでにマスターの店から出ており、道の端で酔っ払いが吐きそうだとうずくまっている。会話の通り、この酔っ払いは店にあったビールをすべて飲みつくしたのだ。
別にそれに文句を言うつもりはないが、その後のことを考えないのは違うと思う。そして俺にその介抱を任せるのも違うと思う。俺は今すぐにでも走って逃げだしたいのだが、この酔っ払いが俺の服をあり得ない力で握っているため逃げ出すことができない。
「家はどこですか? そこまで送りますよ」
「えぇっ⁉ もうおわりなのかぁぁぁぁっ! まだ、まだぁ、のめるぞぉっ!」
「ふざけたことを言わないでください。それに気持ち悪そうな顔で言う言葉ではないですよ」
酔っ払いはまだ飲めるとか顔色を悪くして言ってきた。酔っ払いの戯言だとスルーしているのだが、やはり酔っ払いと酔っ払いを介抱している俺は注目を集めている。今すぐにでもどこかに入りたいと思っている。
それにしても、この世界に入ってきた時は昼間だったのに、すでに辺りは暗くなる時間帯だ。だが街中につけられている街灯が照らしてくれてそこまで暗くはない。
「家はどこですか?」
「家に帰りたくなぁい! どこか別のところに行きたぁいっ!」
一番手っ取り早い方法は、俺の家に連れていくことだ。下心か全くないし、早くこいつを寝かせたいという気持ちしかない。ここで一つだけ問題が出てくる。それはこの酔っ払いを俺の家に入れてしまうことだ。俺はもうこいつと関わりたくないから、家を知られるとか背筋が凍る。俺の自意識過剰なだけもしれないが、それでも一%の確率であろうと残したくはない。
「そうだぁっ! お前の家に連れて行けよぉっ」
「・・・・・・いや、自分は家がないので」
一番恐れていたことを張本人である酔っ払いが言い始めた。だが、俺はありふれた理由で断った。この世界は別に家がなくても問題ない。仮想現実でも、疲労は再現されているが、それは宿屋でも問題なく、入浴や服の洗濯をするだけで休まないという人も一定数は存在している。だから家がなくてもおかしくはない。
「はあぁっ⁉ 男なのに家がないってぇ、どういうことだぁっ⁉」
「いや、そこで怒るのは意味が分からないですよ」
「男ならなぁ、家の一つや二つを持っていないとダメだぞぉっ!」
「家は二つもいらないですよ。どこの貴族ですか」
「二つないといけないだろうがぁっ! 二つないとなぁ、別居できないじゃないかぁっ!」
「別居前提で話をしないでください。そんな理由で家を二つも持ちたくないですよ」
「はぁやぁくぅ、家にぃ、つれてけぇっ!」
「酒臭い顔を近づかないでください」
酔っ払いの話の移り変わりが激しくて、話すだけで疲れてくる。つまり俺の体力はすでにゼロに等しかった。これだけ酔っ払いに付き合えたのだから、もう逃げても良いだろうと心の中で思った。
「うぷっ!」
「はいはい、大丈夫ですか?」
えずき始めた酔っ払いの背中をさすって落ち着かせる。こうやってさすっている間、俺の心の中は無という感情が支配し始めている。何も考えられなくなっている。
「ッ」
ため息を吐きそうになるのを抑えて酔っ払いの背中をさすっていると、不意に俺の服を引っ張っている力が無くなったのが分かった。下をそれとなく見ると、酔っ払いは手をはなしている。
これはチャンスだ、今がチャンスだ、今しかない、今逃げろ、今逃げないとチャンスがない、さぁ逃げろ、俺! ・・・・・・ハァ。
「どこかで休みますか?」
逃げようと思ったが、それをすることができなかった。ここで逃げたら普通に人間としてダメなような気がした。何より、ここで逃げたらこれまでの時間が無駄になると思ったからだ。
「・・・・・・お前の家が、良い」
「だから自分は家がありませんよ」
「嘘をつくな。絶対に家を持っているだろ」
酔っ払いは背中をさすられながら、鋭い眼光で俺のことを見てくる。その目はまるで俺の嘘を分かっているんだぞと言っているかのようだった。そんなわけがないと思い、俺は自分の意見を貫くことにした。
「酔いが回ってるんですか? 自分は家を持っていないですよ。何回言えば良いんですか」
「・・・・・・そっか」
俺が家がないことを貫くと、酔っ払いは悲しそうな顔をした。どうしてそんな顔をしているのか俺には分からないが、諦めてくれたのなら安心した。
「それじゃあ私の家に行くかぁっ!」
「はい、いい加減家に帰って休んでください」
「家はこっちだぞぉっ!」
「はいはい」
悲しそうな表情から一転、上機嫌な顔になった酔っ払いはふらつきながらも先導し始めた。先導と言っても、俺が支えていないと進めていないが、この酔っ払いがさっさと家に帰ってくれるのなら良いと思って我慢することにした。
俺と酔っ払いは都市の中心部から離れ、夜だからだろうか静かな住宅街まで来た。酔っ払いに案内されるまま進んで行き、酔っ払いの足が一軒の家の前で止まった。
「ここがぁ、私の家だぁっ!」
「へぇ、良い家に住んでいますね」
二階建てで周りの家より大きい家が酔っ払いの住んでいる家だった。俺の支えを受けながら酔っ払いは扉の前に立つと手をかざした。すると扉の前にウィンドウが開き、『開錠』という文字が出てきた。
「さぁさぁ、入れよっ」
「いえ、自分はここで帰らせてもらいます」
扉を開けた酔っ払いは、満面の笑みで俺を家の中に引き入れようとするが俺はそれを断って帰らせてもらうことにした。俺がここに来た時点で俺の今日の任務は達成することができた。これ以上この人の相手をするのはしんどくてたまらない。
「そんなこと言うなよぉぉぉぉっ! 私と一緒にいたくないって言うのかぁぁぁぁっ⁉」
「ちょっ! こ、声が大きいですから」
ここは酔っ払いの家のはずなのに、どうして酔っ払いが周りの家の迷惑になることをしているんだろうと思ってしまう。酔っ払いの声に反応した人々が、窓からこちらを見ようとしているのが分かった。そのため俺は酔っ払いを家に押し込んで一緒に酔っ払いの家に入った。
「きゃー、家に連れ込まれてしまったぁぁ」
「引きづり込んだの間違いでしょ」
えらく上機嫌の酔っ払いに辟易としながらも、家に入ると直でリビングに繋がっており、二階へと続く階段も玄関から見える。そしてなぜか家の中を見ると服やら物やらで散らかっていた。ここは仮想現実なのに、どこをどう間違えればこんなに散らかることになるのだろうかと疑問に思った。
「ほら、早く寝てください。部屋はどこですか?」
「も、もしかして、私を襲うつもりなのかぁっ⁉」
「家に引きづり込んだ人の言うセリフではないでしょ。それに襲わないですから早く寝てください」
「襲わないって、私に魅力がないって言いたいのかぁっ⁉」
「だからそれを仮想現実で言わないでください」
この世界でも、夫婦の営みというものはできるようになっている。だがそれはお互いの同意がなければできないため、襲うということはできない。それに俺は最初からそんなことをやるつもりはない。そもそも誰がこんな酔っ払いを襲うのだろうかと誰もが思う。
「誰か一緒に住んでいる人はいるんですか?」
「んえぇっ? 誰か一緒に住んでいるように見えるかぁっ?」
「いえ全く」
「何だとぉっ⁉」
「はいはい、ごめんなさいね」
一応一人暮らしかどうかを聞いてみたが、思った通り一人暮らしだった。こんな服が散乱している状態で同居人がいるとか言われたら、嘘だと思ってしまう。しかし、それでもこんな一人暮らしでは広すぎる場所を一人で暮らしているのがにわかに信じられなくて聞いてみたまでだ。
「部屋は・・・・・・あそこだな」
酔っ払いに部屋を聞くのはやめて、どこがこの酔っ払いの部屋なのかを見渡して探すと、リビングから扉の前まで服が脱ぎ捨てられている場所があった。俺はその部屋だと思い、酔っ払いを支えながら部屋まで歩いて行く。
「ほら、開けてください」
「おぉぉうっ」
この部屋にもロックがかかっていたため、俺は酔っ払いを促して開錠させた。そしてこの酔っ払いはすでに寝る寸前まで行っており、だいぶ静かになっていた。
「お邪魔しまーす」
そう言って部屋の中に入ると、ベッドが二つにタンスなど普通の部屋であったが色々な服が散らかっていることで台無しだった。それ以上に目に入ったものがあった。それは片方のベッドが刃物の切り傷でボロボロになっていることだ。
誰がやったか、それを考えればこの酔っ払いだと容易に想像がつく。もしかすれば、この仮想現実に現実の彼氏さんと一緒にやっていて、彼氏さんが同性愛者に変化して彼氏さんが使っていたベッドをボロボロにしたのかもしれない。
「ベッドに着きましたよ。早く寝てください。数時間くらい寝れば酔いはさめるでしょう」
お酒を飲めば酔っ払うという機能が忠実に再現されているが、それは時間経過で治るようになっており寝れば起きている時より早く治るようになっている。俺はこの酔っ払いを起きている状態で面倒を見るつもりはないため、こうして寝かせようとしている。
「うぅん・・・・・・」
酔っ払いは素直に俺の言うことを聞き、ベッドに横になった。俺は酔っ払いに掛け布団をかけて帰ろうとした。不意に腕の袖を引っ張られた。振り返るとベッドで横になっている酔っ払いが眠そうにこちらを見ていた。
「どうしましたか?」
「・・・・・・帰んなよぉ」
「帰りますよ。自分はやることがありますから」
「そんなこと言うなよぉ。・・・・・・寂しんだよぉ」
酔っ払いは俺を涙目で見ながらそう訴えかけてきた。不覚にもその姿にギャップ萌えでドキッとしてしまう。すげぇキャラが可愛いと思いながらも、俺は酔っ払いの手をほどこうとする。
「・・・・・・あの、はなしてくれませんか?」
酔っ払いのくせに力が強くて手をほどくことができなかった。これは逃げられそうにないなと思いながらも、一応酔っ払いに聞いてみた。
「帰らないってぇ、言うならはなす・・・・・・」
「どうしてもですか?」
「どうしてもだぁ・・・・・・」
「・・・・・・分かりました。帰りませんから手をはなしてください」
「絶対だぞぉ? 帰ったら地獄の果てまで追いかけるぞぉ?」
「はいはい、分かりましたから」
俺がそう言うと、酔っ払いは手をはなしてくれてようやく規則正しい寝息を立て始めた。振られた女性は地雷だなと思いながら、俺は逃げることを諦めた。地雷から逃げられないという事実を深く受け止め、これからこの家で何をしようかと考える。
「・・・・・・セカンドアクション、オールクリア」
『サブジェクトナンバー:テン、レポート・アクセプト。引き続きお願いします』
とりあえず報告をし終える。やれることと言えばこの酔っ払いと同じで寝ることであるが、そんな気分でもないため部屋の中を見渡してやれることを見つける。
「片付けるか」
人の家の中を勝手に動かすのはよろしくないが、それ以外にやることが見つけられないので仕方がない。辛うじて見つけるとすれば、この酔っ払いの顔を眺めていることだけだが、そんな変態じみた真似はしない。
「これ、本当に洗ってないな」
まず部屋の中にある衣類を片付けることにした。物には損傷度と清潔度の二つの数値があり、防具とかになるとそれに加えて防御力などが加えられる。散らかっている服の清潔度を見てみると、ほとんどがそこまで汚れているわけではないが、一日は着たような清潔度になっている。
清潔度をマックスにするためには、手動で洗う、道具屋に行く、そして全自動洗濯機という魔道具で洗うという選択肢がある。一番簡単なのは道具屋に行くという選択肢なのだが、これだけの家なら魔道具があっても良いと思い、部屋を出て家の中を見て回る。
こうして無断で見て回っていると罪悪感が芽生えるはずだが、酔っ払いという前提があれば罪悪感の欠片も俺の中には存在していない。良いことだ。
「おぉ、これは」
家の中を見て回っていると、俺の思った通り全自動の洗濯機が設置されていた。しかもこの魔道具は最新型で短い時間で清潔度をマックスにしてくれる代物だ。俺は早速家の中にあるすべての洗濯物を持ってきて一定の洗濯物を洗濯機の中に入れていく。
洗濯機が稼働している間、俺は再び家の中を見て回る。台所を見てみると、しばらく使っていないであろう洗い場が目に入った。この世界ではリアルを追及して使用したお皿を洗うなども再現されており、現実と大差ない生活もできるようになっている。
ホコリも再現されているが、水切り籠で乾かされている食器はすでに乾いておりホコリがついていた。どれだけ片付けていないんだと思い、俺はその食器のホコリを取り除いて食器棚に戻していく。
「もう終わったのか」
そうこうしている内に早くも洗濯が終わった合図が俺の耳に届いてきた。俺はそちらに向かい洗濯機の中を見ると、清潔度がマックスになって乾いている状態になっている洗濯物がそこにあった。俺はそれらを取り出して、また洗濯物を入れて起動する。
「おぉっ、こんなものを履いているのか」
洗濯が終わった服の仕分けをしていると、真っ赤な際どいパンツを見つけてしまった。あんな酔っ払いでもこういう下着は似合いそうだなと思いながら、適当に仕分けてどこにどんな服の種類が入っているのか確認しに行く。
酔っ払いが寝ている部屋に入り、酔っ払いが気持ちよさそうに寝ていることを確認してクローゼットの中を確認する。確認すると言っても、クローゼットの中をそのまま見るのではなく、何が入っているのかクローゼットの中をウィンドウで確認している。
服の画像でも見ることができるが、俺は字面で服を確認して洗濯を終えた服をウィンドウに当ててその場所に収納していく。そしてまた洗濯機の元へと向かい、洗濯物を取り出して洗濯物を入れて洗濯機を起動して、クローゼットに洗濯を終えた服を戻していく作業を淡々と続けた。
どれだけ服を持っているんだと思いながらも、こうしていると仮想現実にいるという実感が湧かない。普通に現実で洗濯をしているのと何ら変わらない。そして一時間もしないうちにすべての洗濯物を洗濯してクローゼットに収納した。
「ふぅぅぅぅ・・・・・・」
スッキリとしたリビングに向かい、ソファーに座った。座った感じでかなり良いソファーだということが分かったが、今は酔っ払いを介抱した挙句にその家の家事までした俺のためにあるとしか思えない。
「やっぱり、何もすることないな・・・・・・」
何かすることがないかとボーっとしているだけになってしまっている。人の家でやることなんてないし、そもそも洗濯物を片付けること自体が間違っている。これは寝るしかないんじゃないかと思ってしまうほどだ。普通ならこういう時間をモンスターを狩るなどしているんだが、家にいろと言われたからには何もできない。
「はぁぁぁぁぁっ・・・・・・」
酔っ払いの戯言として今すぐにでもここから出て行きたい。ここまでして俺はこれ以上何をしろと言うんだ。見ず知らずの酔っ払いの世話をして、俺は何をしたんだ。
そう思いながら、俺はウィンドウを開いてスマホと連動しているため、仮想現実からスマホにアクセスしてここからネットサーフィンをすることにした。ここでネットサーフィンして時間を潰すのは非常に非効率だ。ここの一時間は現実での一分だから暇になれば現実世界に戻ればいいだけの話だ。
この世界でのメリットは時間を気にせずにこの世界を堪能できるし、この世界でテスト勉強すれば非常に効率的だと言える。ネットニュースではそれは持っている人と持っていない人との差が広がってしまうと批判的な記事を見かけたが、しばらくはこの世界で勉強してはならない、など言われることはないだろう。そう思いながら、俺はネットサーフィンを続けた。
ネットサーフィンを始めてから、すでに六時間ほど経過した。俺がこの世界に来たのが昼の十二時で、そこから店を出たのが夜の十一時、そして酔っ払いの家に来たのが夜の十二時。あれこれ家事をして深夜一時になり、今は朝の七時だ。これほどまでに時間を無駄にしたと思ったことはなかった。
「んんんんんっ・・・・・・ふぅ」
立ち上がって身体を伸ばした俺はウィンドウを閉じた。すると酔っ払いが寝ている部屋の扉が開く音が聞こえてきた。俺がそちらを向くと、扉を開けた酔っ払いと目が合った。
「どうも」
俺が元酔っ払いに挨拶をすると、寝ぼけていた顔をしている元酔っ払いは俺のことを見てすぐさま鋭い目つきになり、俺の視界から消えた。どこにいるんだと思った時には、すでに俺のすぐ下に構えている元酔っ払いの姿が目に入った。
「てめぇどこから入ってきたんだよッ!」
「ぐはっ!」
俺は腕でガードしようとしたが、間に合わずに顎に強烈な一撃を貰ってしまった。俺は拳の威力で浮き上がり、後方に吹き飛ばされてしまった。リボルバーをぶっ放さなかったことを褒めてほしい。
「ハァ、ハァ、・・・・・・ん?」
「いってぇっ」
家の中であるため物理的なダメージはないが、痛みを感じる設定になっているため痛みはある。俺は上半身を起こして元酔っ払いの方を見ると、記憶が混在している様子で何かを思い出しているようだ。お酒を飲んで酔っ払い、酔っ払った記憶が無くなるということはない。素面に戻れば、段々と酔っ払いだった時の記憶が思い出してくる。
「うん? ・・・・・・もしかして、私のことを介抱してくれたのって・・・・・・。も、もしかして、夢じゃ、ないのか?」
「家まで送って、そちらの言う通りに家にいたのに、その仕打ちがこれですか?」
「・・・・・・ふぅ」
段々と思い出してきたのか、元酔っ払いは俺の目の前まで来てその場で跪いておでこを地面につける、すなわち土下座をしてきた。
「本当に、ごめんなさい」
「いや、別にいいですから」
痛みはすぐに治まっており、こういうことがあるのではないかと密かに思っていたため別に気にしていない。ただ、もうあまり会話したくはないなと思うくらい。
「それじゃあ自分は帰りますね。お酒の飲み過ぎは注意してください」
俺は立ち上がって帰ろうとすると、再び俺の腕をつかんでいる元酔っ払いによって引き留められた。まだ何か用事があるのかと思ってそちらを向いた。
「何ですか?」
「・・・・・・寂しんだよ」
「は?」
「だから寂しんだよッ! 寂しいから一緒にいてくれッ! 頼むから!」
「い、いや、友達でも誘えば良いんじゃないんですか?」
酔っ払ってああなっていたのかと思ったら、この人は素であんな感じなんだと若干引きながらも俺は答えた。だがすぐに返事が返ってきた。
「いないんだよ! 総司だけいれば良いって思っていて、今まで友達らしい友達ができたことがないんだよ! そのせいで総司がいなくなって一人寂しく晩酌をするようになって、会社でも部下に避けられて、もう一人でいるのが嫌なんだよ! 現実でこうなのに、ここでも一人は嫌なんだよぉっ!」
「は、はぁ・・・・・・」
もうここまで来れば可哀そうとしか思えなくなってきた。こんなに言われて、どこかに行くことができるほど俺の心は鉄ではない。これがいわゆる泣き落としというものだが、ここだけの関係なら問題ないか。
「分かりました。寂しくなくなるまでは一緒にいますよ」
「ほ、本当か⁉」
「嘘なんてつかないですよ。ここまで来れば付き合います」
「ありがと! ・・・・・・ふぅ、あやうく死にたくなるところだった」
「それは本当に良かったです」
「さ、汚いところだが、座って・・・・・・あれ?」
元酔っ払いはいつもと違うリビングの様子に気が付いたのか、見渡して困惑している。さすがに言っておいた方が良いと思い、素直に言うことにした。酔っ払っていた時に片付けていましたよ、とか言ってもすぐにバレると思ったからだ。
「やることがなかったので片付けておきました。勝手に触ってすみません」
俺がそう言うと、何も言わずに元酔っ払いは両手で俺の手を包み込んできた。改めてこの世界は現実を再現しているなと思った。
「ありがとう! 私は現実でもこの世界でも片付けができないから、本当に助かった! もうずっと私の家に住んでくれよ! そしたら何でも買ってあげるぞ! お金だけはあるからな、ここでも現実でも」
悲しいことが元酔っ払いから聞こえたが、俺はそれを無視する。
「ずっとはさすがに。もしかしたら現実であなたに素敵なお友達ができるかもしれないじゃないですか。その時はそっちに行ってください」
「分かっていないな。私が素敵どころか友達ができると思っているのか? 私は、一生友達ができないと思っていた!」
「自信満々に悲しいことを言わないでください。未来なんて誰にも分からないんですから、できる可能性に賭けてみましょうよ」
「ハッキリ言おう、私はこの年になっても友達の作り方が分からない! そんなアラサーの女性と友達になる人がいると思うか?」
「まぁ、その、いるかもしれませんよ、たぶん。世界は広いですから、うん」
うわぁ、この人酔ってても酔ってなくても面倒くさい人だ。それにこの人は案外俺と同じところがあるから自分のことを見ているようだ。俺の場合は作らないでいるから、とか言っていると第二のこの人になっていそう。
「そんなわけで、とにかくこれから頼む。・・・・・・そう言えば、自己紹介がまだだったな。私はカホ、拳の方の拳士をしている冒険者だ。よろしく頼む」
「自分はロキです。ガンナーをしている冒険者です。こちらこそよろしくお願いします」
酔っ払い改めカホさんが手を出していたため、俺も手を出して握手を交わす。するとカホさんが突然俺に近づいてきて俺の耳元にカホさんの口を近づけてきた。
「言っておくが、私はせっかくの話し相手を手放す気はない。君が私に飽きたとしても、私は君のことを地獄の果てまで追いかけて捕まえるつもりだ。そこのところをよく理解しておいてほしい」
「・・・・・・よろしくお願いしますのキャンセルは可能ですか?」
「不可能だ。キャンセルなど私が許すはずがない」
あぁ、本当に面倒な人に捕まってしまった。それは本当に昨日の時点で分かっていたことだが、まさか酔っ払いじゃなくても面倒だとは思わないだろう。それにしても、この人は同性愛者になった彼氏さんに振られたと言われたが、この人の面倒くさい性格で振られたのではないだろうか。それが濃厚な気がする。
「そうだ。友好の証に何かプレゼントしよう。何か必要な物とかはないか?」
「必要な物ですか? ・・・・・・別にないですね」
本当に必要な物はないが、この人に必要な物を言ってしまった日には何でも揃えて来そうで怖い。こういうのを聞いていると、友達料金を払わされる人みたいで悲しくなってくる。
「そうか? ほしいものがあれば言ってくれ。すぐに揃えてやるから」
「まぁ、自分で揃えられない物があれば、カホさんに頼むことにします」
「そうしてくれ。例え取りに行くのに何日かかる物でも言ってくれれば取りに行くからな」
「はい・・・・・・」
この人、俺が放っておいたらやばい方向に行きそうな気がする。元彼氏さんが手綱を握っていたから今まで何ともなかったけど、解き放たれた猛獣は留まるところを知らないのではないだろうか。
「そうだ! ロキくんも私と一緒に住めばいい! 家がないと言っていたんだから、そうすれば私は寂しくなく、ロキくんも家が手に入る。どちらも得をする条件だ」
「はぁ、まぁ、それくらいなら」
「いや、ここではもしかしたら狭いかもしれない。それに何気にここら辺は都市中心部より離れている。不便と言えば不便だ。それなら都市中心部に家を買うのもありだ」
「あの、カホさん?」
「ここよりも広い家を買おう! そうすればロキくんも使いやすいだろう。この家では広さが足りないかもしれない」
「あの、この家でも二人で十分だと思いますよ?」
「どうせなら違う土地に行ってお城を買ったり建てるのもありだな! そうすればロキくんの国ができる! それならロキくんも満足だろう!」
「あの、カホさんから自分はどういう風に見えているんですか?」
「これから同じ家に暮らすということは、家族になるということだな。それなら呼び方はどうすれば良いんだろうか? 思い切って〝あなた〟と言えば良いだろうか。いや、それはさすがに踏み込み過ぎだな。〝あなたさま〟の方が良いかもしれない」
「あの、自分とカホさんは結婚でもするつもりですか?」
「け、結婚⁉ ロキくんはそのつもりなのか⁉」
「あの、話を聞いてください」
最初からこれでは、これからどうなるか分からないと思いながらも、俺と彼女の奇妙な物語が始まった。
次回は三月十四日にBLに負けた彼女たち第三話を投稿します。