ペンフレンド
「皿洗い~」の晴子さんのその後です。
ペンフレンドの晴子さんは、大学の同期だった。ペンフレンドとは文通の相手を指す……なんて説明が必要な時代だろうか。
大学を卒業した後、いろいろあって数年はその街で暮らした。晴子さんとは文通していたが、郷里に帰ると地理的な距離はかなり遠く離れてしまった。
夜はよく、テレホンカードを使って公衆電話で晴子さんと話した。公衆電話はなぜか緑色の照明で、少し不気味でだった。ただ話せることが幸せだった。
「三輪くんは、携帯電話買わないの?」
「やっぱり連絡しにくいかな」
「うん」
「そっか。じゃあ携帯電話を持とうかな」
これが、失敗だった。手紙のやりとりが、減っていった。携帯電話の電話代は、当時の僕には高額で手紙や公衆電話よりも使いにくかった。連絡を取ることが減り、少しずつ気持ちが離れていった。
「会いに行く」
「……うん」
何とかなれ……そう思って会いに行くことにした。
『いたづらに 行きては来ぬる ものゆゑに 見まくほしさに いざなはれつつ』
往きの電車で古今集を読んでいた。巻十三、六百二十番の和歌が、胸に刺さった。
「中学校からの友達からね、結婚しようって言われたんだ」
「……晴子さん、結婚しよう」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない」
「……ごめんね」
次の年の年賀状に、結婚式の写真が載っていた。
それであきらめられれば、楽だった。僕は毎晩、浴びるように酒を飲んだ。酒の味はしなかった。
冬の夜、気がつけば公園で雪にまみれて寝ていたこともあった。
十と数年が経った。手紙を送る切手代は値上がりし、よく電話をかけた公衆電話は無くなった。晴子さんの子どもは、中学生になるらしい。
本当はもう一話、最終話として考えていた話があります。しかし、そろそろハッピーエンドがいいなあ……などと思ってしまいまして。
ハッピーエンドを描けたなら、こちらを完結に設定して別の作品にそれを。無理だったなら、こちらに最終話を。別の叶わなかった恋の話が出来た場合もこちら。そんな風になると思います。