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叶わなかった恋の話  作者: 半病人
8/10


 Mは、駄目な男だ。たいした稼ぎもないのに、いつも酒を飲んでる。そのくせ、大して飲めもせずすぐに眠ってしまう。働くことが嫌いで、仕事なんかしたくないといつも言ってる。だけど働く時は、誰よりもよく働く。……不器用で成果は出難いけど。

 自己中心的で冷たいのに、わたしが困っていると熱を出していても助けに来て、かえって足手まといになる。酒代がないと言いながら、やっぱりわたしがねだると酒をくれる。本当にこの男は何をしたいのか。






 初めて会った時、わたしは駅のホームの端にあるベンチに座ってぼんやりと電車を見ていた。生きていることが、とにかく面倒だと思っていた。本当はこれから仕事のために朝の電車に乗るはずだったが、もうどうでもいいやと思っていた。立ち上がる元気がでたら、電車に飛び込むのもいい。


 ……プシ。


 少し離れたベンチに座っていた男が、缶ビールを開けた。んぐんぐと、やけにうまそうに飲む。

 こっちは絶望的な気分でいるのに、朝からいいご身分だなと理不尽に苛ついた。睨み付けていると、男と目が合った。


 「あ、あげませんよ」


 男はそう言って、缶ビールを隠した。


 「……そんなモノ、いらない」

 「そうですか」


 男は、ほぅと息をついた。そして、缶ビールの残りを飲み干す。


 ……プシ。


 どこか行くだろうと思っていたら、もう一本缶ビールを開けた。


 んぐんぐ、んぐ。


 「……うるさい」

 「あ、ごめんなさい。……やっぱり、これあげます」


 男は袋からさらに缶ビールを出し、こちらに寄越してきた。わたしは、もういいやと思って受け取った。


 ……プシ。んぐんぐ、んぐ。


 「……ありがと」

 「どういたしまして」


 男はMと名乗った。なんでも、入場券だけ買ってホームでぼんやりと酒を飲んで帰るのが好きだという。


 「本当は夜の方がいいんですけどね」


 そんなことを言って、去っていった。わたしは、その日会社に辞表を出した。あんな変な男でも暮らしていけているのだから、今の仕事にこだわらなくても生きていけると思った。






 「……あ」

 「……こんばんは」


 たまに、駅のホームで会った。


 「ビール、一本もらえる?」

 「えー。そっちのが稼いでるのに」


 そんなことを言いながら、Mはわたしに缶ビールを寄越した。Mはビールを2、3本飲む。けれど、わたしと会う時はいつも少し多く持っていた。





 そんな日々が2年程過ぎたある日、同僚から交際を申し込まれた。同僚は性格も良く、相手として申し分ない存在だった。

 なぜか、Mの顔を思い出した。


 「……ごめん。少し考えさせて」

 「ああ、いいよ」


 その日の帰り、裂きイカを買ってホームへ。


 「こんばんは」

 「うん。M、裂きイカあげる」

 「おお。ありがとう」

 「……その代わり、ビールはもらう」


 時々電車がホームに着き、また出て行く。二人とも無言で缶ビールを飲み、裂きイカを食む。





 わたしは、次の春に同僚と結婚した。Mは、本当に駄目な男だ。けれど、優しい男だった。


 Mがやっていた、入場券だけ買ってホームでぼんやり酒を飲むのを谷山浩子さんの歌にちなんで「『星より遠い』ごっこ」と呼んでいます。若い頃はカネがなくて缶ビール買えませんでしたが、今はカネがなくても缶ビール買います。Mと違って缶ビール人にあげませんが。

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