夜さん
「……大丈夫ですかー?」
酔っ払って道に倒れていると、声をかけられた。
「……大丈夫です。……あれ?夜さん?」
「はい。夜さんですよー。もしかして、三輪さんですか?なんで道で寝てるんですかー?」
知り合いの夜さんだった。夜さんは、夜子さんという。名字は、何だったか。酒が回っていて思い出せない。道場の後輩にあたるが、10歳以上歳の差がある。そこそこ古参だった自分が小学生で入門した彼女に基礎を教えたせいか、妙になつかれた。そんな夜さんも、高校二年生になっている。夜さんは受験を機に道場を辞め、僕も辞めて数年が経つ。律儀に毎年送ってくれた年賀状がなければ、顔を見ても思い出せなかったかもしれない。
なお、酔っ払って道に倒れていた理由は失恋して辛かったため飲み過ぎたことによる。どこか道端で吐いた気もするが、きっと気のせいだろう。
「……三輪さんー。どうしましたー?」
「いや、単に飲み過ぎただけ。割りとよくあるよ」
「……割りとよくあるんですか?」
「……まあね」
「でも、冬に外で寝てると危ないですよ」
「まあ、そうだね」
立ち上がって服に着いた雪を払う。
「あー、凍りついてる」
「本当に、大丈夫ですか?」
夜さんも、背中に着いた雪を払ってくれた。近くに落ちていたリュックサックを拾う。幸い中身がぶちまけられていたりはしなかった。
「あまり大丈夫でもないけど、大丈夫」
「どっちですか?」
「まあ、大丈夫だと思っておいて下さいな」
「わかりました」
ふと空を見上げると、星がよく見えた。なんとなくカシオペア座から北極星を探してみた。
「「見つけた」」
夜さんと声がそろった。
「三輪さんは、何を見つけたんですか?」
「えーと、北極星を」
「わたしもです」
そんな話をして、夜さんと別れて帰宅した。絶望的な気分は、なぜかなくなっていた。
ひどい頭痛があっても、朝の光は容赦をしない。無理矢理起き上がるも、体のだるさに悪寒がきつい。喉がひどく渇くが、喉の渇きより動きたくない気持ちが強く、再び体を倒す。朝の光に憎しみを感じるものの、持続して考える余力はなかった。
明るい為に浅い眠りを繰り返し、きちんと起き上がれたのは再び夜になってからだった。
「ああ、休みが終わる」
休みが二日酔いに沈んだ。これまた割りとよくあることだが、やってしまった感が凄い。
それから数年は夜さんに会うことがなかった。けれど、夜中に星を見る度に夜さんを思い出した。
「夜さん、月がきれいですね」
「……私には、月は見えません。ごめんなさい。太陽の方が好きです」
十年後、星も月も見えない晩に夜さんと再会した。今、告げなければもう会えないかもしれない。そう思って、想いを告げた。
月に手は届かなかった。
これで完結です。改稿はするかもしれませんが。




