リリウムとロベッジ皇子
あたしの目の前にいる兵士達は、戦意を失い逃亡を始めていた。
その時、この凄惨な状況に似合わない美しい声が響いた。
あたしは声のする方を見ると、黒髪を首の辺りでまとめた美青年がリリウムに話しかけているところだった。
「リリウム殿、どうか少しで構わない。わたしと話しをする時間をくれないか」
ロベッジはもう一度リリウムに言葉を投げかけていた。
「あなたがロベッジ皇子ですか…」
リリウムは歩みを止め、ロベッジを見ている。
その時、ロベッジの横にいた兵士がアサルトライフルを構え、リリウムを狙撃しようとした。
「やめんか!!」
ロベッジは兵士を殴り飛ばすと、大声で叫ぶ。
「ジギタリス兵よ!今すぐ攻撃を止めろ!命令だ!」
ロベッジの声はよく通り兵士達は攻撃を中止し、辺りには静寂が訪れていた。
「リリウム殿、大変失礼した。改めてお願いしたい。私と話しをする時間を頂けないか?」
「……わかりました」
少しだけ沈黙したリリウムは、上半身だけの骸骨を消し、黒い翼を背中に折り畳む。
「ありがとうございます。わたしはアニスから貴女の事を、とても聡明なお方だとお聞きしておりました。そんな貴女がここまでお怒りになるとは、いったい何があったのでしょうか?」
あたしは両腕の炎を消し、リリウムの隣に立つ。あたしとリリウムの背後を守るようにマルス達が立っていた。
リリウムが謁見の間での状況を簡単に説明すると、ロベッジはイノンドを睨み「本当か?」と声をかける。
イノンドは言い訳しようとオロオロするが、リリウムの悍しい目と、ロベッジの怒りの目に睨まれ小さく頷きリリウムの言葉を肯定した。
「こ…この、バカ者が!!!」
イノンドはロベッジに蹴り飛ばされ転がり、小さく丸まって震えている。
「リリウム殿、申し訳ない。わたしの部下がとんでもないことをしてしまいました」
ロベッジは深く頭を下げて謝罪した。
「わたし達ルドベキア王国は、ジギタリス帝国とより良い関係を結び、お互いが協力する事で皆が幸せに暮らせる魔界を作りたいと願っていた。しかし、それを望まない人がいるようですね…」
リリウムは少し悲しそうな顔をする。
「リリウム殿、我がジギタリス帝国は魔界の人々との共存を望んでいる。少なくともわたしとアニスはそう願っていた。我らが魔界に来た目的はあなた達を殺すことが目的ではありません。我が本国であるジギタリス帝国のエネルギー問題の解決策として魔石の安定供給が目的なのです」
「なるほど。しかしわたしの友を『クソムシ』などと侮辱する者を許すことはできません。それが総督という特別な人ならなおさら…」
リリウムはイノンドを睨む。
「その件に関しては、本当に申し訳ない。即刻イノンドは総督の地位を剥奪し投獄します」
ロベッジは小さく丸まっているイノンドを睨むと、近くの兵士に「連れて行け」と指示する。
「ひ… は、離せ、わたしは総督だぞ!離せ!」
イノンドは2人の兵士に両脇を抱えられ連行されてしまった。
「イノンドには後日、改めて処罰を与えます。その際は必ずリリウム殿にもご連絡差し上げます」
「わかりました。公正な処罰をお願いします」
リリウムは毅然とした態度を崩さない。
「もちろんです」
ロベッジがそう答えたとき、空の黒い穴から飛行船が1機出てきた。
その飛行船はあたしがゲンゲ達を連れて森を抜けた時に見た、すこし小ぶりで豪華な飛行船だった。
「……っ!!」
リリウムは飛行船を見ると険しい表情になり、黒い翼を広げる。
「アイシクル・ランス…」
あたしは飛行船を撃墜するため、複数の氷の槍を出現させリリウムの命令を待つ。
「ま!待ってください!あの飛行船はただの移動用のものです。わたしが本国からアニスを呼び出したのです」
ロベッジは慌ててあたし達を止める。
「アニス総督?」
リリウムはロベッジの言葉を聞き、背中の翼を折りたたんだ。
それを見て、あたしも氷の槍を霧散させる。
「アニスはわたしが最も信頼している者であり、リリウム殿とも親交のある人物でもあります。是非、ルドベキア王国とジギタリス帝国の今後の話しをする場にアニスを同席させたいと考えました。リリウム殿、アニスの同席の許可をお願いする」
ロベッジは手を胸に当て、軽く頭を下げる。
「アニス総督、いえ、今はアニスさまでしょうか。わたしもアニスさまを信頼しております。是非、同席をお願いします」
「ありがとうございます。部屋を用意させますで、詳細はそちらでお話しさせて下さい」
ロベッジは近くにいた兵士をロベッジの屋敷へ走らせ、屋敷にいる使用人へ部屋の準備をするように伝えた。
あたし達は都市の中央にあるロベッジの屋敷へ案内された。
屋敷をぐるりと囲むように壁があり、入口には兵士が常に警備できるように部屋が用意されていた。
中に入ると噴水や手入れされた庭木がある庭園が広がっており、さまざまな花が咲き乱れていた。
美しい花を横目に庭園をしばらく歩くと、奥には白い大きな屋敷が建っており、玄関前には執事やメイド達が整列し、頭を下げてロベッジの帰りを待っていた。
「リリウム殿、こんな所で申し訳ない。わたしの希望でなるべく本国の環境に近づけようとしているのだが、なかなかうまくいかないものです…」
ロベッジは、はははと軽く笑う。
「え…、いや… 素晴らしいお屋敷ですね…」
リリウムもあたしも、あまりに美しい庭園と屋敷に心を奪われしまった。
「うぁ、またリリウムさまがマネしたがるヤツだ…」
マルスだけは、少し憂鬱な顔をしていた…




