リリウムの怒り
リリウムはひと息ついてから話し出した。
「イノンド総督。現在、各コロニーの主や住人達は、魔石の納品に追われかなり疲弊しております。魔石採掘の際、どうしても数量が足りない場合があるのです。これまではなんとか数量を守れるように頑張っておりますが、いずれ住人達は倒れ納品できる魔石の量が減ってしまう可能性があるのです」
「ふむ。それで?」
「はい、そこで各コロニーが協力し魔石の量を確保しようと考えたのです。その為、わたし達はルドベキア王国を建国しひとつの王国としてお互いに協力しあうことになりました。そして、わたしがルドベキア王国の女王となりましたのでご報告致します」
リリウムは胸に手を当て、一礼する。
「ほう。リリウム女王。建国おめでとうございます」
イノンドは少し椅子から身を乗り出し、建国を祝う。
「ありがとうございます。そこでお願いがございます。これまで各コロニーから別々に魔石を納品しておりましたが、これからはルドベキア王国として一括で納品させて頂きたいのです」
「なるほど、我々は魔石が規定量納品されておれば問題はない。かまわぬぞ」
イノンドはまた椅子の背にもたれ、ギシっと音を立てる。
「ありがとうございます。もうひとつお願いがあるのですが…」
リリウムは上目使いてイノンドを見る。
「うむ、なんだ?」
リリウムは少し間を開けてから話しだした。
「以前、アニス元総督からお聞きしたのですが、過去にジギタリス帝国は、魔界に魔石の取引きをしたいと交渉に来たことがあるそうですね」
「あぁ、確かにその通りだ。しかし、それを反故にしたのはそちらだ」
「はい、存じております。恐れながら、ルドベキア王国とジギタリス帝国で、その取引をしていただけないでしょうか?」
「む?なぜだ?」
「先程も申しましたように、魔界の住人達は魔石採掘で疲弊しております。例えルドベキア王国として協力し合っても、現状のままではいづれ倒れてしまいます。そこで、魔石の取引をしルドベキア王国に収入があれば、住人達に相応の対価を与える事が出来ます。そうすれば、住人達は生活のために魔石採掘を行うようになり、モチベーションを維持する事が出来るのです」
「リリウム殿。貴殿は理解しておるか分からぬが、取引とはお互いに利益があってこそ取引なのだ。今の話しでは我らには何の利益も生まれないではないか」
イノンドは、ため息をつきながら反論する。
「いえ、イノンド総督。もちろんそちらにも利益はあります。ジギタリス帝国の方々は魔石を見分けることができませんよね?わたし達、魔界に住む者は全てが魔石を見分けることができます。そのわたし達が、今、疲弊し倒れそうになっているのです。これを立て直し魔石の供給を継続する。これこそがジギタリス帝国にとって最大の利益となるのではないでしょうか?」
「リリウム殿、魔界では『欲しい物は奪う』ではなかったのか?」
「確かに、これまでの魔界はそうでした。手前勝手ではございますが、わたし達はもう過去の魔界の常識を捨て、新たな魔界の民として生きていきたいのです。わたし達は、この度のジギタリス帝国との戦いで多くを失いましたが、多くを学ぶこともできました。そのための一歩が、この魔石の取引だとわたしは考えているのです」
リリウムは血のような赤い目を、ルビーのように輝かせて熱く語る。
しばらくの沈黙の後…
「ふんっ」
イノンドはリリウムを見下し、鼻から息を吐く。
(え?)
あたしは何が起きたのか分からず、ただイノンドを見ていた。
「黙って聞いておれば… それを私達が受ける必要はありませんな」
イノンドは相変わらずリリウムを見下している。
「イ…イノンド総督。それはいったいなぜ?」
リリウムは突然の否定に戸惑っていた。
「わからぬか?お前たちクソムシはただ魔石を持ってくればいいのだ。民が倒れる?倒れたら繁殖して増やせばよかろう。繁殖はクソムシが一番得意であろう?クソムシはクソムシらしく、地べたを這い魔石を持ってくればいいのだ」
イノンドは上からリリウムを指差し、大声で『クソムシ』と連呼した。
(ヘビヤロー、殺す)
あたしが立ち上がろうとした瞬間、リリウムが手を出して制止する。
「イノンド総督、いま、なんとおっしゃいましたか?わたしの聞き間違いであると良いのですが…」
リリウムはニコっと笑い、イノンドを見る。
「あぁ?これだからクソムシは困るのだ。アニス総督が甘やかすから、こんな勘違いする輩が現れるのだ。わたしはアニス総督とは違う。お前達クソムシはクソムシらしく我らに媚び諂っておればいいのだ」
イノンドは肩をすくめ、やれやれと言っている。
「イノンド総督… いや、イノンド。お前はわたしの友をクソムシと呼ぶのか… 許さぬ… 許さぬぞ」
リリウムは低い声で静かに言う。リリウムの体はフルフルと怒りに震えていた。
「許さぬ?何を勘違いしておる。全ておいて許しを乞うのはお前達クソムシだろうが」
イノンドは、はぁとため息をつく。
ぶちっ
あたしの中で聞こえたような気がした。これほどの怒りを覚えた事がない。あたしは立ち上がろうとした瞬間、悍ましい物があたしの視界を奪った。
それは、背中から歪な形をした、ドス黒く大きな翼を生やしたリリウムだった。リリウムがチラッとあたしを見る。
リリウムの美しかった金髪は血のように赤くなり、代わりに血のように赤かった目が金色に変わっている。縦長の瞳孔は力を増し、まるですべての生ある者を呪い殺すような悍ましさを放っていた。
リリウムが着ていた白い礼服は、いつの間にか漆黒に変わっており、部屋にはリリウムから発される、冷たく黒い霧のようなものが広がっていた。
立ち上がろうとしたあたしは、そのまま立てずに座り込んでしまっていた。




