ゲンゲの決断
あたし達はコロニーで情報収集をし、拠点の廃コロニーの元ギルド建物に集まっていた。
薄暗い地下室の中央にはテーブルが置かれ、全員分の椅子が用意されていた。
テーブルにはよく冷えた水がピッチャーに入れてあり、人数分のコップが置かれている。
ゲンゲはすでに座っており、全員が集まるのを待っていた。
ゲンゲは全員の顔を見ると口を開いた。
「みな、情報収集ご苦労だった。では、集めた情報を報告してくれ」
「それじゃ、オレからや」
クレオメは小さく右手を上げる。
クレオメの情報は次のようなものだった。
コロニーでは、魔石採掘を強制されており月1回のペースで都市に運び込んでいた。
魔石を一定量運び込んでいればインクローチャーは特に何もしないが、量が少なかったり運び込む日が遅れると武装したインクローチャーがコロニーにやってくるとウワサが流れていた。
クレオメが調査したコロニーは、それが怖くて魔石を確実に運び込むようにしているそうだ。
常にインクローチャーの恐怖に怯えながらも、今のところは平和に暮らしていた。
「ふむ。俺が調べたコロニーも同じような感じじゃったな。俺が行ったコロニーの主は、そのウワサを怖がってインクローチャーを悪く言う住民を捕縛し、地下牢に閉じ込めてしまうほどじゃった」
アナナスは今まで剃ったことが無いであろう長いヒゲを撫でていた。
アナナスは少し身を乗り出すと、少しだけ声をひそめて話す。
「そういえば、俺が調べたコロニーで奇妙な話しを聞いたんじゃが。インクローチャーは魔石を大量に集めているが、次に魔石を運び込む時には全部無くなっているそうじゃ」
「そんな大量な魔石を何に使ってるんだ?」
コーナスは少し水を口に含む。
「それなんじゃが、ルビアの推論が正しいみたいで、インクローチャーは別の世界から、空の黒い穴通じて来ているらしい。その別の世界では深刻なエネルギー不足で、魔石はエネルギーの代替え品として消費しているらしいのじゃ」
「エネルギー不足ですか…」
コーナスは何か考え込む。
「アナナス、それは信頼できる情報なのか?」
ゲンゲが確認すると
「あぁ、いつも都市に魔石を運び込んでいる者が、不思議に思いインクローチャーに『こんな大量な魔石を何に使っているのか?』と聞いたそうじゃ。その時、インクローチャーがそう答えたらしい」
「なるほど、あれだけの飛行船やアサルトライフルなどの武装を維持するにも相当のエネルギーがいるということか。それに、その別の世界ではたくさんのインクローチャーが生活しておるだろうから、それなりのエネルギーが必要なのだろう…」
ゲンゲは、ふむ…と納得していた。
「あの…」
ルビアは小さく右手を上げてゲンゲを見る。
「なんだ?」
ゲンゲはルビアに発言を促した。
「あたしが調べたコロニーも、みなさんとほぼ同じ状況でした。そこで主のリリウムさまとお話しをしてきました」
「うむ、リリウムさまはなんと?」
ゲンゲは続きを促す。
「はい、リリウムさまは何か考えがあるそうです。一度、みなさんと話しをしたいとおっしゃってました。それと、武力だけが戦いではないとも…」
「リリウムさまと言えば、たしか魔界でも珍しいヴァンパイアだったな。たしか、何千年も生きているとか…」
ゲンゲはギルドに所属していた頃の情報を思い出していた。
「はい、リリウムさまはとて強く、そして誰よりも優しいお方です。コロニーの住民だけでなく、魔界に住む人々をとても大切にお考えになるお方です」
あたしはコロニーの住人達に聞いていた。
インクローチャーの侵略が始まり、魔界の強者達が次々と倒れていった時、リリウムさまは誰よりも早く全面降伏を決断し、まだ被害が出ていないコロニーの主達へ『いまは降伏し生きる事を考え、機が来るのを待つのです』と必死に呼びかけたのだ。
しかし、リリウムの声に賛同しなかったコロニーはことごとく破壊され、今はリリウムに賛同した数少ないコロニーだけが残る結果となった。
当時、リリウムは自分の弱さを呪い、ずっと泣いていたそうだ。
「ゲンゲさま、どうか一度リリウムさまとお会いして頂けないでしょうか?」
ルビアは頭を下げお願いする。
コーナス、クレオメ、アナナスはゲンゲの答えを待っている。
ゲンゲはしばらくの沈黙の後、話しだした。
「うむ。オレはお前達が情報収集している間、どうやってインクローチャーと戦うか考えていた。当然、オレ達が単独で挑んで勝てる相手ではない。全員で突撃しても、オレ達よりインクローチャーは遥かに多く、正面から挑めばほぼ負けるだろう」
ゲンゲは無くなった右腕の付け根を撫でながら歯軋りする。
「リリウムさまは『武力』だけが戦いではないと言ったな?」
ゲンゲはルビアを見る。
ルビアはコクっと頷き、肯定する。
「オレは『武力』しか戦う術を知らない。そして、その結果はおそらくオレ達の『死』で終わるだろう。初め、オレはそれでもいいと思っていた。敵を打ち滅ぼさなくても、オレ達は名誉ある死を手に入れる事ができると考えていた」
ゲンゲは目を閉じ、1ヶ月前、コロニーに置いてきた生き残りの住民や子供達を思い出していた。
「しかし、それはオレの勝手な理想だった。魔界にはまだたくさんの人がいる。まだ、何も楽しい事を知らない子供もいる。オレ達はそんな力を持たない人達を助けなければならない。それが魔界で力を持つ者の義務なのだ」
ゲンゲはそう言うと、スクッと立ち上がり
「オレはリリウムさまの意見を聞こうと思う。お前達はどう考えるか教えてくれ」
ゲンゲはコーナス達を見ると、意見を求めた。
「ゲンゲさま、俺たち竜の牙はゲンゲさまについていくと決めている。ただ、オレ達に指示してくれればいい」
「オレら暗闇の道化師も同じや。まぁ、あまり死にたくはないけどな」
クレオメは、「ははは」と笑う。
「俺達、鋼鉄の盾も同じじゃ。俺達は人を守る為にパーティを組んでいるのじゃ。これまでは商人など少数だったが、今からは魔界に住む全員に変わっただけで、やることは同じじゃ」
アナナスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「わかった、それではリリウムさまに会いに行くとしよう」
ゲンゲは椅子に座り直し、ルビアを見て頷く。
翌日、あたし達はリリウムさまに会うために拠点コロニーを出発した。




