誕生
船の中にある水槽であたし達は泳いでいた。
船が揺れると水槽の水もうねるように揺れて泳ぎにくい。
水槽の中はたくさんのエアポンプが稼働しており、息苦しさはなかった。ただ、泳ぎにくいのと少し窮屈な事をガマンすれば生きていけそうだった。
あたしは不安になっていた。
漁船に捕まったと言うことは、必ず誰かに食べられると言うことだ。
スキル『略奪者』はあたしが死んだら発動するのだろうか?
発動条件は相手と同化する、つまり『食うか』『食われるか』だ。これは生きている事が前提なのだろうか?死んでしまったらスキルは発動しないかもしれない。
いや、おそらくは発動しないだろう。そうでないと、あたしはある意味で不死身となってしまう。
だから、あたしは生きて『食うか』『食われるか』しないとダメなのだ。
水槽を見るが、当然逃げることは無理っぽい。
ガコっ ガコガコっ
そうこうしているうちに船は港に着いたようだ。
水槽のある部屋の天井が開かれ外の光が差し込む。
上から大きな網が下され、かえで達は別の水槽に移された。
その水槽は金属の箱のようで外の景色は見えない。
しばらくすると、水槽はまた移動を始めたようでガタガタと細かく水がうねる。
どれくらい移動したのだろうか?
かなりの時間を移動していたような感じがする。この身体になって時間の感覚がよくわからない。
不意に水槽の天井が開かれ、外の光が差し込んできた。なにかガヤガヤと音がしている。
しばらくすると小さめの網が水槽に入ってきてかえで達は、また違う水槽に移された。その水槽は小さく、ガラスでできており縁には装飾がされていた。
外は厨房のようだった。肌が緑色の人や、ツノがある人、見た目は人間と全く同じ人などがたくさんいた。
頭にツノがある黒いスーツを着た人が静かに小さな水槽を台車で運ぶ。
長い廊下をしばらく進むと、大きく豪華な両開きの扉の前で止まった。
扉の前には筋肉隆々の巨人が2人立っている。
巨人はゆっくりと扉を開くと、黒いスーツの人は静かに部屋に水槽を運び込む。
部屋の天井には大きなシャンデリアがあり、壁にはたくさんの鎧や剣が飾られている。
シャンデリアの下には縦3メートル、横1メートルの長方形のテーブルがあり、向かい合うように男性と女性が座っていた。
女性の横には2名のメイドが静かに立っている。
メイドの1人が水槽に近づいてきた。
(やばい、やばいやばいやばい!)
あたしは焦って泳ぎまわるがどうにもできない。
(せめて、生きたまま食べて!)
普通、小魚を生きたまま食べる人なんていない。そんなのは鳥くらいだ。
(うあああああぁぁ)
パニックになりながら泳ぎまわる。
メイドは楽しそうに水槽の中で泳ぎまわるかえでを見て、何やら食卓の女性に声をかけている。
メイドは水槽に手をかざすと、みるみる大きくなっていった。
よく見るとメイドだけでなく、部屋にある装飾も、水槽を運んできたツノの人もみんな大きくなる。
大きなメイドは大切そうに水槽を持ち、食卓の女性の前に運んだ。
女性はすごく大きな人だった。
(あれ? 違う? 水槽ごとあたしが小さくなっている?)
明らかに先程見た女性やメイドと大きさが違う事に気がついた。
女性はイヤそうな顔でメイドを見て、何か言っている。
メイドは母親のような、慈愛を込めた表情で女性と話している。
女性が諦めたような表情になり、はぁと溜息を吐きながら水槽の中の魚達を見ている。
(あぁ、これアレだ。子供がピーマン残して食べたくないってタダこねてるのを、食べないと大きくなれませんよ!と叱る母親の図だ…)
なるほどーと、納得していると女性は小さくなった水槽を持ち、一気に魚達を飲みこんだ。
(ラッキー!まだ生きてる!はやく『略奪者』で女性を略奪しなきゃ!)
かえではすでに女性の胃の中に入り、身体の一部が溶け出している。激痛に耐えながらスキル発動をこころみるがどうやって略奪するのかわからない。とりあえず略奪しろーっと念じてみる。
身体の中心から何かが『ずぁっ』出たような感じがした。
その何かは女性を取り込むように広がろうとしたが、弾かれてしまった。
(え?)
何度も何度もトライするが、やはり弾かれる。
女性が強すぎて、『略奪者』が負けているのだ!
あたしはそう理解して落胆する…
ふと、女性の中にもう一つ小さな命があることに気がついた。
何度も弾かれているうちに女性の身体の中を把握したような感覚だった。
(とりあえず、やってみるしかない!)
これ以上、身体が溶けたら死んでしまう!
と死にたくない一心で、小さな命に略奪を試みる。
あたしの意識はスーッと薄くなり、しだいにハッキリと意識を取り戻した。
目を開けると真っ暗な場所で水中にいた。
そこは暖かく、優しさと愛に包まれているような感覚がした。かえでのお腹には管が付いており、どこかに繋がっている。
その管を通して、たくさんの栄養や生きるための力が惜しみなく注がれていた。
(なんとか生きてるっぽい…)
安心したあたしはそのまま眠ってしまった…
幸せな気持ちのまま、何十日経ったんだろう?
かえでの体は着実に成長し、この場所も手狭になってきた。
そろそろこの場所から出なければならない。
かえでは出口へ向かい移動を始めた。
暗いトンネルを少しずつ進む…
突然、かえでを包んでいた水が一気に出口へ向かって流れてだした。
かえでは水と一緒に出口へ流され、明るい場所に放り出された。
水が無くなり、急に息苦しくなる。
喉の奥にあった水を吐き出し、肺にいっぱいの空気を取り込み、一気に吐き出す。
「ふにゃーーーーーー!!」
声が出た。
目を開けると、見覚えのある女性がいた。
あの、豪華な部屋で食事をしていた女性だった。
女性は涙をいっぱい目に浮かべて、微笑んでいた。
これほど美しく、尊い人は見た事がない…
素直にそう思った。
こうしてあたしの異世界生活が始まった。