マモンの最後
『ドクンっ!!』
あたしの心臓が激しく鼓動した。
体の奥の方から何かがジワジワと広がっていく。
あたしはニームさまを離し、翼を広げると空に舞い上がった。
「ルビア!? どうした!」
コーナスさんが異変を察してニームさまを背中に隠すと、アキレアさんとアオイさんが前に出てミモザさんを背後に送る。
「コーナスさん! 逃げて!」
あたしは空から叫ぶ。
体の奥から広がってくる『何か』は確実にあたし達の体を支配し始めていた。
白い翼の根本からジワジワと黒が侵食し始め、爪と目が赤くなり始めていた。
「くそっ! マモン!!」
コーナスさんは竜化しあたし達を睨む。
「ぐっ ぅぅぅううぅ…」
白い翼と黒い翼が侵食し合い、体の制御権を奪い合っているように見えた。
コーナスさん達は戦闘態勢に入り、状況を見守っている。
「うがぁぁぁあああ!!」
白い翼は黒く染まり、爪と目が赤くなると口元から小さな牙が覗いていた。
「はぁ、はぁ… 小賢しいマネを… しかし、この体はわたしのモノだ! わたしだけのモノだぁ!!」
はーははははは と両手を広げ、天を仰いで高笑いするマモン。
「ルビア! シオン!!」
コーナスさんが叫び、ダガーを構える。アキレアさんとアオイさんもダガーを抜き、ミモザさんは背中にニームさんを隠して杖を構える。
「ん? お前たちには興味はないが、わたしは腹が減った。あの始祖達に、ルビア… 少し力を使い過ぎてしまった。お前たちの血肉でわたしの腹を満たしてやろう」
マモンはニヤリと笑うと、口元から垂れたヨダレを無造作に腕で拭き取る。
「くそ! ルビア達がかなりダメージを与えている。とにかく動きを止めるぞ!」
コーナスさんが叫び、ファイヤーブレスを吐き出した。
マモンはヒラリと躱し
「そんなモノが当たるわけないだろう?」
と、ニヤニヤして中空からコーナスさんを目掛けて急降下し、爪で攻撃を開始する。
「ぐっ!」
マモンの爪はコーナスさんの右腕をえぐる。
マモンは中空に戻り、爪でえぐったコーナスさんの肉を食べた。
「んー、まぁまぁですね。わたし的には、後ろにいる女の方が好みですが。今はなんでもいいから腹一杯食べたい気分ですよ」
くくく と爪を舐めながら笑うマモンに、ニームさんは怯え、ミモザさんは嫌悪感を抱いていた。
「ヒール」
ミモザさんはコーナスさんの傷を治し、マモンを睨みつけている。
「くそ… どうすれば…」
コーナスは考えていた。あの体はルビアとシオンだ。
マモンを殺せばルビアとシオンも死ぬ。
なんとかマモンだけを体から抜き出して、殺せないだろうか…
その間にもマモンは中空からのヒットアンドウェイを繰り返し、いたぶるようにコーナスさん達を傷つけていく。
あっという間に、コーナスさんとアキレアさん、アオイさん、それにミモザさんも全身血だらけとなっていた。
「ふふふ、貴方達の攻撃がわたしに届くはずないじゃないですか」
マモンは優越感に満ちた顔で、コーナスさん達を見下していた。
「さぁ、そろそろ戴くとしましょうか」
マモンは溢れるヨダレを腕で拭き、恍惚を浮かべた目でコーナスさん達を見る。
「「マモン!そこまでよ!」」
マモンの口から、凛としたルビアとシオンの声が響いた。
「なに!まだ動けるのか!」
マモンは驚愕の表情で中空に叫ぶと、右手で腰のショートソードを抜いた。
「くそ!とにかくあいつらを食って、力を取り戻せば…」
マモンはショートソードを構えると、コーナスさん達を睨む。
「…っ!」
コーナスさん達はダガーを構えて攻撃に備えていた。
「ぐっ! 貴様!何を!!」
マモンは構えたショートソードを、ゆっくりと自分に向け始めていた。
「マモン! お前は死ぬの!あたし達と死ぬのよ!」
「く! やめろ!お前達も死ぬんだぞ!」
「そうよ!あたし達は生きてちゃダメなの!マモン、お前を取り込んだ時から、あたし達は決めていたの。ホントはシオンだけでも助けたかったけど…」
「ルビアさまぁ、シオンは絶対離れませんよぉ」
うへへ とシオンが笑うと
「そうね…」
と、ルビアも笑う。
「や!やめろ!そうだ!取引きをしよう! わたしはこのままココを離れ、こいつらを食わない。だから、バカな事はやめろ!」
「マモン… 最初から言ってるでしょ? お前の死は確定事項だと!」
ルビアとシオンはショートソードを両手で持ち、自分の心臓に刃先を刺しゆっくりと力を入れていた。
「やめろ! やめてくれぇ!」
ルビアとシオンは一気に力を入れた。ショートソードは何の抵抗もなく、まるで吸い込まれるようにルビアの胸を貫通した。
「ぶはっ!!」
ルビアは口から大量の血を吐き、墜落すると人形のように地面に叩きつけられた。
「はぁ はぁ くそ。死にたくない… わたしは… まだ死にたくない… 頼む… 助けてくれ… 頼む…」
マモンはコーナス達に手を伸ばし、命乞いをしていた。
ルビアの背中の翼は純白に変化し、爪も目も元に戻ると、体から黒い霧が吐き出されるように出てきた。
やがて黒い霧は風に流されるように薄くなり、小さな黒いシャボン玉のようなモノだけが残り、はじけて消えてしまった。
その瞬間、コーナスの胸にしまっていた赤い玉が光輝きだした。
「なんだ!?」
コーナスは慌てて赤い玉を取り出すと、赤い玉ははじけてリリウムとティモルが解放された。
2人は丸まったまま眠っているようだったが、すぐに目が覚め立ち上がった。
「…ここは?」
リリウムは周りの状況を把握できず、ぼんやりとしていた。
「ルビアちゃん! シオンちゃん!!」
ミモザは叫び、ルビアに駆け寄る。
「ミ… モザ… さん い… 今まで… あ りが… と…」
ルビアは口から明らかに致死量であろう血を吐き動かなくなってしまった。
「ルビアちゃん? シオンちゃん? ダメ… ダメーーー!!! イヤーーーーーーー!!!」
ミモザはルビアの体を抱きしめ、何度も何度もヒールをかける。しかし、ルビアとシオンが目覚める事はなかった。
「ルビアちゃん!! シオン!!」
アオイさんも駆け寄り泣き叫ぶ。
ふと、ルビアの体がブレたように見えた。すると、胸にショートソードが刺さったシオンと、無傷のルビア、横に小さなスライムと、小魚と、小さなエビが現れた。
無傷のルビアは丸まって眠っているようで、スライムはノソノソと移動を始める。小魚はその場でピチピチと跳ねており、エビは死んだように動かなかった。
「コレは…?」
コーナスさんや、リリウムさま達が集まり突然現れた小魚やスライムを見ている。
そんな中、アオイさんは大切そうにエビを両手で掬い上げていた。
「コーナスさん… ボク、どうしてだろう?このエビを見ると心が張り裂けそうになる。 涙が止まらなくなるんだ…」
「あぁ、オレもだ。何か… そう、家族を失った… そんな気持ちになる…」
コーナスさんもエビを愛しむように見ている。
「…オレもだ」
アキレアさんも、エビを見て涙を流していた。
「ルビアちゃん… シオンちゃん…」
ミモザさんはシオンの体を抱きしめたまま、エビを見ていた。
突然、シオンの体とエビは砂となり、バサっと崩れてしまった…
「あのエビは… ルビアちゃんだったのかも…」
アオイは手に残った砂を胸に抱きしめ、泣いていた…




