姉の責任
「シオン… あたしが助けてあげる。 あなたを悪魔になんてさせない…」
あたしはシオンの姿をしたマモンを、慈しむように見ていた。
「マモン!お前を殺す前に聞いておく事がある!」
あたしはひとつ気になっていた。
それはリリウムさまとティモルさんだ。
あの2人は不死者なのだ。絶対に死ぬことはない…
なのに、ここにマモンがいる。
リリウムさま達に何が起きたのだろう?
「なんですか? 遺言なら聞きますが、誰にもお伝え出来ませんよ?」
くくく とマモンは笑う。
「お前と戦っていたリリウムさまとティモルさんをどうした? あの2人は不死者だ! いったい何をした」
「あぁ、あの始祖ですか。それなら、あそこで倒れている女のポケットに入ってますよ。あの2人は封印したのです。死にませんからね」
「封印!?」
「ええ、封印です。封印を解きたければわたしを殺すしかありません。 ですが、わたしを殺せば貴女の家族も死にます。 貴女は本当にわたしを、家族を殺せるのですか? あぁ!そうだ!良いことを思いつきましたよ!」
マモンは嘲笑を浮かべながら、ぽんっと手を叩く。
「良いこと?」
「はい。 貴女に選択肢を与えてあげましょう。 1つは、あの始祖を諦めてわたしとの戦いを止める。そうすれば、わたしは誰も殺さずにこの場を離れてあげましょう。 2つめは、貴女の家族であるわたしを殺して、あの始祖を助ける。当然、わたしも死にたくありませんので抵抗はしますけどね。 3つめは、ここで全員わたしに殺される。 まぁ、2つめと3つめは同じようなものですが… どれにしますか?」
マモンはニヤニヤしながら、あたしの答えを待っていた。
「マモン、お前の未来は決まっているのよ。 お前はあたしに殺される。 そして、シオンはあたしの元に帰ってくる。 これはもう確定事項なのよ」
あたしはナックルを、もう一度ガチンと鳴らす。
「はぁ、貴女はバカですか? 話しになりませんね…」
マモンは額に手を当てて、ふるふると頭を横に振っていた。
「では、あなたの答えは3つめとしましょう。 全員、ここで死になさい!」
マモンが右手に光を集めると光の剣が現れ、左手には青いシールドが現れた。
「いきますよ!」
マモンはそう言うと姿を消した。
インビジブル・リングを使用したようだった。しかし、あたしには魔力感知がある。マモンがどこにいるのか手に取るように分かる。
マモンはアサシンの能力を使って、あたしの背後に回り込みバックアタックを仕掛けてきた。
「ふん、丸見えよ」
あたしは振り向きもせずに、マモンの一撃を躱してみせる。
「ふむ。いい道具を持っていると思ったのに、貴女には役に立ちそうもありませんね…」
マモンは姿を現し、器用に肩をすくめていた。
「あたしとシオンは、いつも一緒にいたのよ? お前には分からない絆があるのよ!」
あたしの回し蹴りをマモンは軽く躱して距離をとる。
あたしはツノを出し、身体能力を最大限に引き出す。
「ふむ。 やはり貴女は面白い中身をしていますね。 いろいろ混じっていますね。 それもそのひとつなのですね? 実に興味深い…」
マモンは興味深げにあたしを見ていた。
「お前に興味なんて持たれたくもないわ」
ツノを出したあたしの拳は『ボッ』と空気を切り裂く音をあげてマモンを襲う。
「おお! あぶない、なぶない」
マモンはギリギリで拳を躱すと、戯けてみせていた。
(アレをするには、まずマモンの動きを鈍らせなきゃ…)
あたしは両手に風属性魔導を纏うと、両腕に雷が発生し両肩から稲妻のドラゴンを纏っているようになり、時々、バリ!バリバリ!と放電している。
「ほお! また、見たことの無い事をしますね!なんですか、それ?」
マモンは本当に驚いたようで、珍しそうにあたしを見ている。
「これはマジカル・アーツ。あたしオリジナルの魔導よ」
「マジカル・アーツ… ですか。 貴女、本当に興味深いですねぇ」
「だから! お前に興味なんで持たれたくもないって言ってんでしょ!」
思い切り大地を蹴り、マモンとの距離を一気詰めると電撃を纏った右ストレートを放つが、マモンのシールドに阻まれた… が、
「うがっ!」
電撃はシールドを伝ってマモンに届き、マモンは思わずシールドを手放してしまった。
「これ、意外といいかも…」
あたしは更に踏み込み、ラッシュをかける。
マモンは光の剣を両手で持ち、あたしの拳を捌き続けていた。
「うぉぉぉらぁぁああああ!」
激しさを増すルビアのラッシュを、巧みな技で捌き続けるマモン。
稲妻が発する激しい音と、光の剣とナックルがぶつかる打撃音が響く。光の剣とナックルがぶつかる度に発生する稲光も相まって、そこはまるで神々の戦いのようにも見えていた。
コーナスとアキレアはあまりにもレベルの違う戦いに唖然とし、ただ見守るしかできなかった。
そこにアオイとミモザが治療を終えたニームと共にやってきた。
「なんだ、この戦いは…」
アオイさんは理解し難い状況に、目を見張るだけだった。
「ミモザ、アオイ。 ルビアの戦いを… 覚悟を見届けてやろう。オレ達はもう、それしか出来ない」
コーナスさんはルビアとマモンの戦いの一部始終を目に焼き付けようとしているかのように、一瞬も目を離さなかった。
「あ… あの、わたし…」
銀髪の女性が申し訳なさそうな表情で、ミモザの横に立っていた。
「あぁ、あなたは?」
コーナスさんは、ルビアの戦いから目を離さない。
「わたしはニーム。ジギタリス帝国の皇女で、イノンドさまの妻です」
「あぁ、あなたがニームさまですか」
「はい、わたしはマモンに体を奪われてから、意識は朧げでしたがずっと見ていました。わたしがどれだけの人を殺したのか… アニスさまもこの手で…」
「あなたはマモンに体を奪われていたのです。あなたが気に病むことはありません」
「ありがとうございます。 あの、コレを…」
ニームはポケットに入っていた赤い玉を2つ、丁寧に取り出しコーナスに差し出す。
「コレは?」
コーナスは戦いから目を離し、赤い玉を受け取るとニームを見る。
「それは、リリウムさまとティモルさまです。先程の戦いでマモンに封印されたのです」
ニームは申し訳なさそうに俯いている。
「リリウムさまとティモルさん!?」
コーナスは赤い玉をよく見ると、それは水晶のような結晶体で中にリリウムさまと、ティモルさんが丸まって眠っているようだった。
「はい、封印の解き方は分かりませんが、とにかくお二人をあなた達に返さなければと思い、恥を忍んでやって参りました」
「ニームさま… ありがとうございました。リリウムさまはわたし達の指導者なのです。 封印はわたし達がなんとかします。 ニームさま、本当にありがとうございました」
コーナスは深々と頭を下げると、大切そうに赤い玉を胸にしまった。
『ガギン! カランカラカラカラカラ…』
凄まじい音の後、何かが転がっていくような音がした。
コーナス達が音のする方を見ると、ルビアが渾身の一撃を放ち、マモンの光の剣を吹き飛ばしていたところだった。
ルビアとマモンは、お互いに睨み合いながら対峙していた。




