逃走
あたし達は一度も振り返る事なく、必死で走っていた。
(どこまで逃げればいいのだろう? いつまで走ればいいのだろう?)
誰もが同じ事を考えていた。しかし、誰もそれを口にしなかった。
もし、口に出してしまうと足が止まってしまう…
そんな気がしたからだ…
シオンは相変わらずグッタリとしていた。
「シオン…」
溢れそうになる涙を堪えて、前を向き必死で走る。
ふと、背後から何かがやってくる気配を感じた。
(リリウムさま達が追いかけてきた?)
あたしは少しだけ期待感を持ちながら振り向くと、見た事がない美しい女性が追いかけて来ていた。
女性は銀色の髪を振り乱して走り、その美しい肌には切傷がいくつかあった。
「コーナスさん、誰か来ます!」
あたしの声にみんなが振り返り確認する。が、誰もその女性を見た事がなかった。
「あれは誰だ?」
「わかりません」
「止まって確認してみるか?」
「いや、やめましょう。とにかく逃げましょう」
あたし達は走りながら短く相談し、逃走する事を選んだ。
あたし達は、更にスピードを上げて走ると、アオイさんが遅れだした。
「アオイ! 走れ!」
コーナスさんが檄を飛ばす。
「みなさん! 先に行ってください!」
アオイさんはもう限界だった。アオイさんの足が止まりかけている。
続いてミモザさんも遅れ始めた。
「コーナス! 先に行って!」
コーナスさんは立ち止まり叫ぶ。
「ルビア! お前は行け! ここはオレ達に任せろ!」
「コーナスさん! でも!」
「オレ達を信じろ!」
コーナスさんの声に押されるように、あたしは走り続けた。
あたしの背後では竜化したコーナスさんが、ダガーを持ち女性を迎え撃とうとしていた。
ミモザさんはコーナスさんに対物理攻撃耐性と対魔導攻撃耐性をかける。
アオイさんとアキレアさんもダガーを抜き攻撃に備える。
「みんな!」
あたしは仲間を信じた。無理矢理、信じた。
一度、みんなはマモンに殺されかけている。
あの女性がマモンなら、殺されるかもしれない。
でも、あたしはシオンを連れて逃げなければならない。逃げて生きなければならないのだ。
それが、『仲間を信じる』なのだ。
(みんな、死なないで…)
あたしは少しだけ祈ると、キッと前を向き再び走りだした。
「いくぞ!!」
背後でコーナスさんの声が聞こえた。あたしは振り向かずに走り続けた。
次の瞬間、『ズシャ!ズシャシャシャシャ…』と予想しない音が聞こえた。
あたしは思わず振り返ってしまった。
銀髪の女性は突然人形のように全身の力が抜け、走ってきた勢いを殺せず、受け身も取らずに地面を転がっていた。
コーナスさんは転がってくる女性を受け止め、全員が何が起きたのか理解できずに固まっていた。
「わたしの天使を返してもらいますよ」
突然あたしの近くで声が聞こえた。
あたしは立ち止まり辺りを見るが、誰もいない。
ふと、シオンを見るとシオンは黒い霧に包まれていた。
「ダメー!!」
必死に黒い霧を振り払おうとするが、霧はシオンから離れない。
「ぅ… うが! あ…が!!」
黒い霧に包まれたシオンは苦しそうに悶え始めると、全身を痙攣させ口から泡を吐きだす。
「シオン! シオン! どうしたらいいの? シオン!」
あたしは必死で黒い霧を手で払うが、全く効果はなく霧はシオンの体に溶け込んでいった。
「あががががががが!!!」
シオンは大きく目を見開き、全身を痙攣させながら叫ぶとピタリと止まってしまった。
「シオン? ねぇ、シオン??」
シオンの肩を揺すり、シオンの意識を確認すると、パチっと目を開いた。
「シオン! 大丈夫?」
シオンの上半身を起こし顔を見ると、シオンの黒い目は赤い目に変化していた。
「ふぅ、間に合いました」
シオンはゆっくりと立ち上がり、首を回して体の調子を確かめている。
「まさか… そんな…」
「いやぁ、あなた達には驚きましたよ。まさか、わたしの天使を奪って逃げるなんてね」
くくく と、シオンは笑っていた。
「マモン!! シオンを返して!」
「おやおや? もう、この体はわたしのモノです。返すも何も… ムリですねぇ」
はーはははは とマモンは両手を広げて天を仰ぐように高笑いする。
「くそっ!!」
背後からコーナスさんと、アキレアさんが走り寄ってきていた。
ミモザさんとアオイさんは、その場で銀髪の女性を介抱していた。
「ここまでわたしを怒らせたあなた達には、ご褒美をあげなきゃいけませんね。わたしが直接殺してあげましょう」
マモンはニヤリと笑うと、右手の赤い爪を伸ばして横に振り抜こうとしていた。
「あぶない!」
あたしは咄嗟にシオンにタックルし、シオンを抱いたまま地面に転がる。
「コーナスさん、逃げて!」
あたしは叫ぶと、シオンから飛び退きアイアンナックルを装備する。
「ルビア! オレ達も戦う!」
コーナスさんが叫び、アキレアさんがダガーを構える。
「ううん、コーナスさん。あたしにやらせて。シオンはあたしの妹。妹の不始末は姉の責任! あたしはシオンと戦わなければならない! それが、あたしの… 姉としてのあたしの責任なの。 お願い… あたしに任せて…」
あたしにはひとつだけシオンを助ける考えがあった。
失敗すればルビアは死ぬ…
成功してもルビアという存在は消滅すると思う…
あたしは覚悟を決めていた。たとえルビアという存在がなくなっても、シオンを悪魔にする訳にはいかない。絶対にシオンを悪魔にしてはならないのだ。あたしは涙を抑えられなかった。溢れる涙を止めずに、コーナスさんに微笑みお願いをした。
「……わかった。 …すまない」
コーナスさんはダガーを鞘に戻し、あたしから離れる。
「ルビア、死ぬな」
アキレアさんもダガーを鞘に戻して、コーナスさんの横に立つ。
「コーナスさん、アキレアさん、今までありがとう…」
あたしは指で涙を拭いながら、微笑み…
別れを告げた。
「ふふふ、もういいですか? 娘、安心しろ。そこの2人も、向こうのやつらともすぐに会えるようにしてやる」
マモンはニヤニヤしながら、あたしを見ていた。
「マモン、お前はここで死ぬ。あたしが必ず殺してあげる」
あたしは両手のナックルをガチンをぶつけて、マモンを睨みつけていた。




