ティモル覚醒
―――(ティモル)―――
景色がぼんやりと黄色く見えていた。
(なぜ急に?)
わたしは先程まで鮮明に見えていた景色が、黄色いフィルターでも通しているかのように黄色くなったことに違和感を感じていた。
しかし、それよりもわたしの感情は凄まじく怒り狂っていた。
リリウムさまを封じ込めた赤い玉を大切に胸にしまい、マモンを睨む。
「おやおや? あなたも始祖でしか? 先程までは普通のヴァンパイアだと思っていたのですが…」
マモンは軽くため息を吐きながら、わたしを見ている。
(何を言っている? わたしはリリウムさまの血を分けて頂いた、ただの眷属で普通のヴァンパイアだ。いや、いまはそんな事どうでもいい。あいつを殺す…)
わたしは手刀を作り、ショートソードのような爪をマモンに向け叫ぶ。
「マモン、お前は殺す! たとえ差し違えてでも殺す!!」
「はぁ、時間が少ないというのに… めんどうですね…」
マモンはそうつぶやくと右手が光る。
光は棒状に収束し、それは光の剣になり左手には青いラージシールドが現れた。マモンは光の剣を一振りし
「さぁ、どこからでも来なさい」
と、ニヤリと笑う。
ぶちっ
わたしの中で、何かが切れるような音がした。
「うぉぉおおおお!!」
わたしは腰を落とし、思い切り大地を蹴ると一気にマモンとの、距離を詰める。
手刀でマモンに斬りかかると、マモンは光の剣を合わせてきた。
ガギン!
爪と光がぶつかった音とは思えない、金属が激しくぶつかり合う音が響く。
わたしの武器はひとつではない。
両手で10本の剣を携えているのだ。
左右からショートソードで重い一撃と、レイピアによる刺突を組み合わせて高速で攻撃する。
マモンはラージシールドで防御しながら、隙をついて光の剣で攻撃してくる。
「ふふ、わたしが天使の頃は、神に仇為すモノの討伐部隊長を務めていたのですよ。まぁ、いまはわたしが『神に仇為すモノ』ですけどね…」
くくく と、自笑しながらマモンの攻撃が繰り出される。
「だったら、わたしが討伐してやる!」
わたしの変幻自在な攻撃は更にスピードをあげ、爪は上下左右からマモンを攻撃するがあと一歩届かない。
気がつくとわたしの背中には、リリウムさまほど立派ではないが黒く歪な翼が生えていた。
(いつの間に? まぁ、いい。翼があるという事はアレが出来るかもしれない…)
「考え事ですか? そんな余裕はありませんよ?」
マモンのシールドバッシュが炸裂し、わたしは壁際まで吹き飛ばされた。
「くっ…」
背中を壁に叩きつけられ一瞬息が詰まるが、すぐに立ち上がりマモンを睨むと、マモンはニヤニヤしながらわたしを見ていた。
「ふぅー…」
わたしは大きく息を吐き、沸騰しそうな頭を鎮めてから背中の翼を動かしてみた。
(大丈夫… 翼は生きている…)
わたしが黒く歪な翼を大きく羽ばたかせると、翼から黒い霧が発生した。
黒い霧はひとつに纏まり、骸骨の上半身となった。
「来い!」
リリウムさまを見習って骸骨に命令すると、骸骨はわたしに覆いかぶさり全身を包み込み骸骨のフルアーマーとなった。
両手をグーパーして感触を確かめる…
(すごい… まるで骸骨から力が注ぎ込まれているみたい…)
わたしの体は羽のように軽くなり、溢れんばかりの力が漲っていた。
「マモン、わたしにはリリウムさまがついている。わたしとリリウムさまの力で、お前は殺してやる!」
「ふむ… これだから始祖はめんどくさいのです…」
マモンはため息を吐き、シールドを構えてわたしの攻撃に備えていた。
「いくぞ!」
わたしは先程と同じように大地を蹴り、マモンとの距離を詰める。が、結果は先程とは段違いだった。
蹴られた大地は踏み込みの力に負けてえぐれ、距離を詰めるつもりがマモンを通り越してしまう。
マモンは慌てて振り返り、シールドを構える。
「なるほど…」
マモンの背後に立ち、自分の力を確認する。
「うおおぉぉぉおおあぁぁ!」
もう一度大地を蹴るとマモンとの距離を詰めて、左右の爪で攻撃を繰り出す。
マモンはシールドと光の剣を巧みに扱い、防御と迎撃を繰り出してきた。その姿は長年鍛錬してきた騎士の戦いぶりのようだった。
反面、わたしの攻撃は感覚的で変幻自在に攻撃と回避を繰り返す。まるで野生動物のような戦いぶりだ。
骸骨の力を得たわたしは、更に苛烈に攻めていく。
「くっ ふっ」
マモンは苦しげな声を微かにあげながら、ギリギリでわたしの攻撃を捌いていた。
「うぉぉぉ!!」
更にスピードを上げる。
マモンはまだ致命傷を受けはしないが、徐々にわたしの高速ラッシュに押され始めていた。
「ちぃ…」
マモンの体から黒い霧がどんどん溢れてくると、やがてマモンの姿は銀色の髪とシルクのような美しい肌の女性に変化した。
「ニーム…」
壁際で蹲っていたイノンドが呟いていた。
「マモン、もう姿を維持する事もできなくなったみたいね」
わたしは更にスピードを上げた。
「ちっ」
ニームの姿になったマモンは、徐々に衰えわたしの攻撃が当たり始めてきた。
少しずつニームのシルクのような美しい肌が斬り刻まれて血が飛び散る。
「さぁ!終わりよ! 死ね!マモン!!」
わたしは右手を手刀にして、爪のショートソードでマモンの心臓を狙い突きを放つ。
「ぐぁ!!」
確かな手応えがあった。わたしは確実に致命傷を与えたのだ。
しかし、それはマモンではなかった。
「こ… この体は… ニームなの… です。 ニームを こ… 殺さないで く だ… さい…」
わたしの手刀はイノンドの胸を貫通していた。
マモン… いや、ニームの前にイノンドが両手を広げて立ち、ニームを守っていたのだ。
イノンドは血を大量に吐き、わたしに倒れ込むように息絶えた。
「ふふふ 危ない所でした」
イノンドの背中に立つマモンは、右手をわたしに向けていた。
右手の掌の中心に光の玉が現れ、わたしに向かって射出された。
「しまっ…」
光の玉は一気に広がると、わたしを包み込んでしまう。
「リ… リリウムさま… 申し訳ありません…」
光が消えた場所には、赤い玉が2つ転がっていた。
マモンはふたつの赤い玉を拾い、
「ヴァンパイアの始祖、しかもディウォーカー。コレクションに加えたかったですね」
と、つぶやきながらズボンのポケットに入れると、ルビア達が走って行った方を睨む。
「わたしの天使を返してもわらなければ…」




