救出
あたし達はまず、イノンドとロベッジ皇子を助ける事にした。
リリウムさまは、もう一度イノンドと話しをしたいとアニス総督にお願いし、アニス総督は忙しいだろうからあたし達だけで話を聞きに行くと説明していた。
あたし達は念のために武装したいところだが、目立つことは避けるために最小限の武装とした。
コーナスさんとアキレアさん、アオイさんはダガーに革鎧、ミモザさんはスタッフとローブ、あたしは袖が無くなったチェインメイルの上から布の服を着て、ポケットにおとさまのアイアンナックル。
リリウムさまとティモルさんは元々武装しないので、普段着のままだ。
アニス総督の了解を得て、あたし達はイノンドが投獄されている地下牢にやってきた。
イノンドはリリウムさまの姿を見て驚きの表情をしたが、すぐに穏やかな表情になる。
前回は爪を噛み何かにひどく怯えている様子だったが、今日は穏やかで目に生気が宿っているようにも見えた。
「イノンドさん、リリウムです。少しお話しできますか?」
リリウムさまは、優しく声をかける。
「ぅあ… ぐ… ぅ」
やはりイノンドは言葉が出ないようだった。イノンドはもどかしそうに、何かを伝えようとしているようだった。
「イノンドさん、言葉が出ないのですね。わたしの問に頷きで答えて下さい」
リリウムさまが鉄格子に手を当て、優しく話しかけると、イノンドは驚いたように目を見開いたあと、涙を流し頷いていた。
「イノンドさん、助けて欲しいのですか?」
イノンドがコクっと頷くと、リリウムさまはニコっと微笑む。
「イノンドさん、あの棚の向こうにロベッジ皇子がいるのですね?」
イノンドは目を見開いて驚き、鉄格子越しにリリウムさまの手に自分の手を合わせると、何度も何度も頷く。
「イノンドさん、悪魔マモンの体はニームさまなのですね?」
「あ!が!ぅが!!」
イノンドは更に驚き、激しく頷いていた。
「わかりました。わたし達はあなたも、ロベッジ皇子もニームさまも助けます」
そう言ってリリウムさまは微笑んむと、イノンドはその場に泣き崩れてしまった。
「それじゃ、ルビアさんお願い」
「はい、任せてください」
あたしが返事をすると
「その声は!! 神よ!!」
イノンドが叫ぶ。
「え?」
あたし達は驚いてイノンドを見ると、イノンドも驚いてこちらを見ていた。
「あ… そうか…」
あたしの声にイノンドが反応したのか…
同時にイノンドも全てを理解したようだった…
「あ… ぁぐぁ…」
「あー、ゴメンね。アレ、あたしなの…」
あたしは頭を掻きながら、へへへ…と申し訳なさそうに笑う。
「ぐ… ぅ…」
イノンドは、少しだけ驚いていたが「ふっ」と笑い、小さく首を横に振ったあと、あたしに笑いかけてきた。
「…ルビア、お前何したんだ?」
コーナスさんが呆れたようにあたしを見る。
「え? えーと…。 まぁ、今はイノンドとロベッジ皇子の救出が優先なので…」
あははと笑って誤魔化しながら、あたしが右手の拳にに水属性の魔導を纏わせると、拳の周りに氷が飛びダイヤモンドダストのような幻想的な雰囲気になる。
「イノンドさん、離れて。 ふっ!」
イノンドを鉄格子から遠ざけてから、その右手の拳で牢屋の鍵付近を殴る。
鍵は一瞬で凍ると殴った衝撃で破壊され、キィと金属が擦れる音を立てながら牢屋の扉か開く。
「さぁ、イノンドさん。出てきて下さい。次はロベッジ皇子ですね」
あたしがそのまま棚の方に向かい、棚を動かそうとすると
「ぼくも手伝うよ」
と、アオイさんと、コーナスさん、アキレアさんが手伝ってくれた。
棚を移動させると、そこにはドアがあった。
「こんな所にドアが隠れていたのですね…」
リリウムさまがつぶやく。
「……ルビアの魔力感知は正しかったな」
アキレアさんがボソッとつぶやいた。
「う… 悪かったよ。……何度も謝ってるじゃないか」
コーナスさんが口を尖らせながらブツブツ言っているのを見て、あたし達はクスクスと笑っていた。
あたしは、牢屋の鍵と同じようにドアの鍵も氷の右拳で破壊しドアを開ける。
「……っ!!!」
誰もが息を飲み、声が出なかった。
部屋の中にある小さなランプの光は、部屋全体を照らすには小さ過ぎた。
薄暗い部屋の奥に、怪しい祭壇のようなものがあり、部屋の中央にベットと同じくらいの大きさのテーブルがある。
床には不思議な模様が描かれており、コレが悪魔マモンを呼び出した魔法陣なのだろう。
天井にはフックがありロープがかけてある。
部屋の端にバケツがいくつかあり、そこから漂ってくる血の臭いが部屋に充満していた。
バケツの反対側に横たわった人影があり、ピクリとも動かない。
イノンドはあたし達を押し除けるように、人影に向かって走り、抱き抱えるように上半身を起こす。
あたし達もイノンドを追って人影に近寄ると、それは痩せこけ、ホコリと血で汚れたロベッジ皇子だった。
ロベッジ皇子の右手には、魔石で装飾されたナイフが持たれており、首から大量の血が流れていた。
「ミモザ!!」
コーナスさんが叫ぶと同時に、ミモザさんがロベッジ皇子にヒールをかける。
「………」
ミモザさんは、俯いたまま首を横に振っていた…
「くそっ」
コーナスさんは壁を殴り、唇を噛む。
「あがががぁぁぁああああ!!!」
イノンドはロベッジ皇子を抱きしめながら泣き叫ぶ。
誰もが言葉を失い、拳を握り唇を噛みめていた。
「おいおい… お前たちはなぜこの部屋にいる?」
後ろから声が聞こえた。
「アニス!! 貴様!!」
コーナスさんは振り向くと同時に竜化し叫んでいた。
「コーナス、待ちなさい。アニス総督… あなたはなぜこの様なことを?」
リリウムさまはコーナスさんを手で制止し、静かに話しかけていた。
「リリウム女王、何を言っているのですか?ワシにはなんのことやら?この部屋はロベッジ皇子が作った部屋でな、皇子はここで何か儀式のような事を始めたのだ。魔界でずっと過ごすうちに皇子はおかしくなってしまっのだ。だから、ワシはここに皇子を隠したのだ。おかしくなった皇子を兵達に見せるわけにもいかんからな…」
アニス総督は、やれやれといった感じで説明をしていた。
「アニス総督。…いや、アニス。わたし達は全てを知っています。ここにいるイノンドから全てを聞いたのです」
「リリウム女王、何を言っている?イノンドは『人とは話せない』のですよ?」
「アニス、なぜイノンドさんが『人とは話せない』と知っているのですか?あなたは、『イノンドは気が触れてしまい、話せなくなった』と言ってましたよね?」
「ぐっ… ちっ…」
アニス総督は小さく舌打ちすると開き直り
「リリウム!どうやってイノンドと話したのかわからんが、お前達は知らなくていい事を知ってしまったようだな!」
「アニス総督… わたしはあなたをとても信頼し、尊敬していました。なぜ!なぜなのですか!貴方ほどのお方が、なぜ悪魔などと契約などするのですか!」
リリウムさまは、涙目になり訴える。
「お前たちは判らないのか? この世界にとって最も害悪な存在を。その存在がどれだけ世界を汚しているのかを。しかし世界は何もできない。世界は泣くことも、止めろと抗議する事も、まして抵抗する事すらできないのだ。世界はただ、受け入れるしかできない。ならば、ワシが世界の声となろう!ワシが世界を守ろう!ワシが世界の敵を滅ぼしてやろう!」
アニスは一気に叫ぶように話し、あたし達を見ると静かに言った。
「だから、ワシは悪魔を召喚し契約したのだ。『この世界から人間を消せ』とな…」




