地獄の入口
―――(イノンド)―――
「おお!イノンド久しぶりだな。それにしてもスゴい屋敷だな!」
アニス総督はニコニコしながらやってきた。
「これはこれは!アニス総督!今日はお越し頂きありがとうございます」
わたしは満面の笑みでアニス総督を迎え入れていた。
「イノンド、元気そうでなによりだ」
「アニス総督も、お元気そうで!さぁ、どうぞこちらへ」
わたし達は握手を交わし、屋敷の中でも一番豪華な部屋にアニス総督を案内した。
「アニス総督、ずっと魔界にいるとなかなか酒も飲めないでしょう?いい酒が手に入ったのです。どうぞお召し上がりください」
「おお、すまんな。ありがたく戴くとしよう」
アニス総督がうまそうに酒を飲む。わたしはそれを見るだけで、心から嬉しく思っていた。
「イノンド、あの時は殴ってすまなかったな。ああするしか、あの場を収める事が出来なかったのだ…」
アニス総督は申し訳なさそうに、わたしを見ていた。
「いえいえ!こちらこそ大変失礼しました。それよりアニス総督、この度は本当にありがとうございました。本来なら、この屋敷もニーム皇女もアニス総督の物でしたのに…」
「何を言っている。リリウム女王が魔石の取引を持ちかけてきたのも、ジギタリス帝国とルドベキア王国との関係の礎を築いたのもイノンド、お前ではないか。ワシはただありのままを皇帝陛下にご報告したまでだ」
アニス総督は、がははははと豪快に笑いわたしを称えてくれた。
「総督…」
わたしはなんと幸せ者なのだろう…
心からアニス総督と出会えたことを、神に感謝していた。
「お、そうだ!今度、ニーム皇女に魔界をご案内してはどうだ?ジギタリス帝国とは違う、野性的な大自然に触れて頂いたら、さぞお喜びになるだろう」
アニス総督は、ぽんっと手を叩いてにこやかに提案してくれた。
「それは名案ですね!ぜひその際はアニス総督もご一緒して下さい」
「いやいや、ワシがいたら邪魔になるじゃないか」
がはははは と笑いながら、アニス総督はわたしの肩を叩く。
アニス総督は、元歴戦の戦士であり今もジギタリス帝国では最強だと言われるほどの人だ。
普通に叩かれただけでも、ものすごく痛い…
しかし、こんな気持ちのいい痛みは初めてだった。
「アニス総督、ぜひニームと話しをしてやって下さい。ニームもアニス総督とお話しをしたがっているのです」
「おお!ワシの方こそ頼む!ぜひニームさまとお話しがしたかったのだ。と、言うよりそれが目的でもあるがな」
ニヤリと、意地悪な目でわたしを見て、また豪快に笑うアニス総督は上官と言うより、兄のようであった。
わたしはニームを呼び、3人で魔界の事やわたしの事など、おもしろおかしく話していた。
「ところでイノンド。この屋敷には地下室はあるのか?」
突然、アニス総督はこんな事を聞いてきた。
「はい、もちろんありますが…」
「うむ。ルドベキア王国とも和平が結ばれたが、この先なにがあるかわからん。万が一の場合は、屋敷の使用人も含めて地下室に避難するやもしれん。よし、ワシがチェックしておいてやろう。万が一に備えてどのような準備が必要かも調べてやろう」
「おお!ありがとうございます。アニス総督にチェックして貰えたなら、何があっても安心です!」
わたしはアニス総督を地下室へ案内し、屋敷の間取りや使用人達の動きなどを説明した。
「なるほど、アニス総督ありがとうございました。これで何が起きても、ニームや使用人達を守る事ができます」
「イノンドはこの世界の英雄だからな。これくらい当然だ」
アニス総督は笑いながら、わたしの背中をバンバンと叩く。
やはり、ものすごく痛い…
「アニス総督、さぁ、酒の続きを飲みましょう」
わたしは元の部屋へアニス総督と戻ろうと思ったが
「あー、すまん。例の少女行方不明の事件を調べなければならないのだ。また、落ち着いたら酒を飲みにくるよ」
「あぁ、そうですか。残念ですがしかたありませんね。ところでその事件の調べは進んでいるのですか?」
「うーむ、それがなかなか進まなくてな… 少女達がどこに行ったのか?誰が犯人なのか?いや、事件なのか事故なのかもわからないのだ…」
アニス総督は腕を組み、頭を捻っていた。
「アニス総督、よろしければお手伝いさせて頂けませんか?」
わたしはアニス総督の元で働いていたのだ。いま捜査をしている兵達よりは役に立つ自信がある。
「いいのか!? お前は王族になるのだ。このような仕事などしなくてもいいのだぞ?」
「アニス総督のお役に立てるなら、わたしは喜んで仕事をさせて貰います」
「そうか!助かる。やはりイノンドがいないと、なかなか捜査も進まなくて困っていたんだ」
アニス総督は、ぱぁと顔を輝かせてわたしの申し入れを受け入れてくれた。
「こちらこそ、アニス総督の下で働けるなんて光栄です!」
わたしはアニス総督のお役に立てる事が嬉しくて仕方なっかた。
しかし、それは地獄の入口だったのだ…




