幸せな日々
イノンドは天を仰ぎ祈りを捧げると、俯きぽつりぽつりと話しだした。
―――(イノンド)――――
わたしはリリウムとの戦いに敗れ、本国に帰還する事になった。
この先の人生は一生閑職に回されるか、もしかしたら死刑かもしれない…
どちらにしても、わたしの人生は終わった。
わたしは覚悟を決めた。
わたしは貴族なのだ。この先、どんな結果が待っていようと毅然とした態度で受け入れよう。
本国につき、皇帝陛下のもとに連れて行かれた。
(なぜだ?わたしは失態を犯したというのに… 皇帝陛下自ら裁きを下すおつもりなのか?)
普通、失態を犯したものは査問委員会で尋問され、裁きが下される。皇帝陛下のお目にかかることなど、あり得ないことなのに…
皇帝陛下は数段高い位置にある、立派な椅子に腰掛けわたしを見下ろしていた。
正面では皇帝陛下、左右には名だたる貴族当主が並び無表情でわたしを見ている。
(なんだ?いったいなにが始まるのだ?)
わたしは混乱しながらも、膝をつき頭を下げていると
「この者、イノンドは魔界からの魔石を安定供給する仕組みを構築し、かつ、魔界の住人達を我らの協力者として友好的な関係を築くことに成功致しました。正に、この国、いや世界の英雄であります」
司会役の貴族が声を高らかに、皇帝陛下へ報告する。
(なんだ?なにを言っているんだ?)
皇帝陛下はゆっくりと立ち上がり、わたしを見て微笑むと
「イノンドよ。大義であった。褒美は思いのまま用意しよう。そして、我が娘、ニーム皇女を妃に迎える事を許す」
皇帝陛下はそう言うと、椅子に座り横に待機していたニーム皇女を手招きする。
「ニーム、これからはこの英雄の妻となるのだ」
ニーム皇女はジギタリス帝国内で、最も美しいと言われる方で、銀色の髪とシルクのようなキメの細かい白い肌。その目で見られるだけて心が溶かされ、腰砕けになってしまいそうになるほどだった。
町の男たちはニーム皇女をひと目見る為だけに、皇居の周りをウロウロしているくらいなのだ。
それが… わたしの妻になる?
「はい、お父さま」
ニーム皇女は静々とわたしの横に歩み寄り、隣で膝をつき頭を下げると
「イノンドさま、いえ、旦那さま。これからよろしくお願い致します」
と小声で話しかけてくる。
(な… なにがどうなってるんだ?)
わたしはますます混乱していると、皇帝陛下は立ち上がり部屋を出て行ってしまった。
わたしの横に並んでいた貴族達も、皇帝陛下が出て行ったのを確認してゾロゾロと部屋を出て行く。
そんな中、1人の貴族が残っていた。
わたしの父親だ。
「イノンド!!よくやった!お前は最高の息子だ!」
父親は手放して喜び、わたしを抱きしめ頬擦りしてくる。
「ち!父上!お待ち下さい!これはいったい?」
「何を言っている?全てお前の功績ではないか!アニス総督がものすごく喜んで報告してくれたんだぞ」
父上は、わたしの背中をバンバンと叩きながら喜んでいる。
「アニス総督が!?」
「あぁ、あのお方は本当に素晴らしいお方だ。その辺の上官ならお前の功績を横取りしていただろう。しかし、アニス総督は全てイノンド、お前の功績だと皇帝陛下に報告してくれたのだ」
「アニス総督… わたしは…」
わたしは涙が溢れていた。
わたしは権力を持った事に優越感を感じ、兵士たちを自由に使いリリウム達を殺そうとしていたというのに…
今回のルドベキア王国との取引も、すべてアニス総督の力であると言うのに…
わたしは、なんと素晴らしい上官に恵まれたのだろう…
「お義父さま、ニームでごさいます。よろしくお願い致します」
わたしが涙を流していると、隣でニーム皇女が父上に頭を下げていた。
「ニーム皇女!そんな頭を下げないでください」
わたわたと手を振り、慌てている父上を見て、ニーム皇女はクスッと笑い
「わたしはイノンドさまの妻になりました。これからはお義父さまの娘でございますよ」
「あ、いや、そうであったな…」
父上とニーム皇女は、それは幸せそうに笑っていた。
わたしは、この幸せが永遠に続くのだと思っていた。
ある日、本国では幼い少女が行方不明になる事件が相次いだ。
以前のわたしなら、事件解決のため呼び出され兵士を使って捜査を行なっていただろう。
しかし、わたしはもう皇帝陛下の親族なのだ。
そのような仕事は、他の者に任せておけばいい。
わたしは皇帝陛下に頂いた屋敷に住み、ニーム皇女と婚礼の儀の準備をしながらその日を心待ちにしていた。
当然、ニーム皇女とは婚礼の儀が終わるまでは清い関係でないといけない。
(はやく婚礼の儀終わらないかな…)
心待ちにする理由の8割は、いや9割はアレなのだが、まぁ、そんな事言えるわけもなく、ただガマンしてその日を待っていた。
そんな幸せなある日、例の少女行方不明事件の調査でアニス総督が本国に帰ってきた。
わたしはすぐにアニス総督に連絡をとり、お話しするお時間を頂くことができた。
本来ならわたしがアニス総督の所へお伺いするべきなのだが、アニス総督は
「イノンドの屋敷も見たいし、何よりニーナ皇女にもお会いしたいからな」
と、言ってわたしの屋敷に来てくれる事になった。
(なんと腰の低いお方だ…)
約束の日、わたしは最高の酒を用意してアニス総督をお迎えした。




