緊急事態
本当ならシオンと楽しく、騒がしい空の旅になるはずだった初めての飛行船…
なんとか命を繋げてくれた仲間達の意識は戻らず、いつも騒がしく隣にいるシオンの姿がない…
不意に「ルビアさまぁ」とシオンが呼ぶ声が聞こえ、振り向くけど… シオンはどこにもいなかった。
(あたしはこんなにもシオンと大切に思っていたんだ…)
姉妹のように育ち、ずっと隣にいるのが当たり前だったから気がつかなかった…
あたしはコーナスさん達の隣に座り、ただただ俯いていた。
「ルビアさん、お食事です。少しは食べてください」
フォセラさんが軽食を持って、あたしの隣に座る。
「ごめんなさい。食欲がなくて…」
俯いたまま首を横に振る。
「もう丸一日なにも食べてませんよ。いくらルビアさんでも体が持ちません。少しでいいですから、食べてください」
「……はい」
もそもそと軽食を食べるが、半分も食べる事ができなかった。
「ルビアさん、少しだけお話をしましょう」
フォセラさんはコーナスさん達を見ながら話し出した。
「わたしがコーナスさん達にヒールをかけた時、不思議に思った事があるのです。みなさんは、普通なら生きていられない状態でした。しかし、体内にはオドが満ちていたのです。まるで健康体の人のように。ただ、そのオドの流れは滞っていたので、なんとか命を繋ぐくらいにしか働いていなかったのです」
「…そうなんですか」
「ルビアさん、コーナスさん達に何かしたのですか?」
「え? あ、あたしは夢中であたしのオドを集めた手を、コーナスさん達の胸に当てていただけです…」
「なるほど。だからコーナスさん達の中にあったオドはルビアさんの香りがしたのですね」
「あたしの香り?」
「はい、白魔導は自分の周りにあるオドを集めて、相手の体内に送り込み、ケガを治すようにオドの流れを整えるのです。ですから送り込まれるオドには匂いはありません。でも、コーナスさん達の中にあったオドはルビアさんの香りがしたのです。わたしは、そのルビアさんの香りがするオドを整えただけなのです」
「そうだったんですね…」
「はい、もしルビアさんのオドがみなさんの中に無ければ、わたしのヒールではみなさんを助ける事は出来なかったと思います。わたしは白魔導が苦手で、本当に軽いケガくらいしか治せないのです。だから、コーナスさん達の命が助かったのはルビアさんのおかげなのですよ」
「あ…あたしは何も… あたしは、何もできませんでした。コーナスさん達を守る事も、シオンを助ける事も… なにも…」
あたしの手は握り締め過ぎ、爪が刺さり血が流れる。
「ヒール…」
フォセラさんは優しくあたしの手を取り、キズを治してくれた。
「フォセラさん…」
あたしは涙目でフォセラさんを見つめる。
「ルビアさん、あなたはコーナスさん達の命を助けました。いま、みなさんが生きているのは間違いなくルビアさんの力です。そして、これからシオンさんも助けるのです。だから、今はご自分の体を大切にしてください。そうしないと、シオンさんに怒られてしまいますよ?」
フォセラさんはあたしの手を握り、優しく微笑む。
「……そうですね。シオンはこの飛行船に乗りたがっていました。あたしは一緒に乗ろうって約束したのです。あたし、シオンとの約束を守らなきゃ!」
「それじゃその飛行船の旅は、わたしがプロデュースしますね。素晴らしい飛行船の旅を期待しててください」
ふふ、とフォセラさんは微笑んでいた。
「はい!お願いします!」
「「あははははは」」
あたしとフォセラさんは、お互いの手を握り笑っていた。なんだか、すごく久しぶりに笑ったような、そんな気がした。
数日後、飛行船は首都リリウムに到着した。
マヴロの廃コロニーにいた住人達は、首都リリウムの近くに作られた居住区に住む事になっていた。
この居住区には、先に到着していた住人達や、近くの森などに隠れていた人たちが住んでいた。
コーナスさん達は未だに意識が戻らず、リリウムさまの屋敷にある大部屋に並べられたベットに運んでもらった。
「フォセラ、ゲンゲに連絡をとり白魔導を使える者を連れてくるのです。ティモルは貴族さまに連絡し、大至急ここに集めなさい。マルスはわたしが呼び戻します。ルビアさんは少しやすみなさい。後で状況の説明をお願いします」
リリウムさまはテキパキと指示していた。
「「はい!」」
フォセラさんとティモルさんはすぐに行動を始める。
「マルス…」
リリウムさまは目を閉じ、意識を集中している。
「マルスそちらの作業は誰かに任せ、すぐに戻りなさい。 …… そう、緊急事態よ。 ……わかったわ」
リリウムさまは目を開け、あの力を解放した。
背中から黒く歪な羽が広がり、金色の髪は赤く変化し、代わりに赤い目が金色になる。
縦長の瞳孔はその目を見るだけで、命を吸い取られてしまうような感覚に陥る。
リリウムさまは黒く歪な羽を一度だけ羽ばたかせて、体を身震いさせ調子を整える。
「はぁ…」
リリウムさまの赤く小さな唇から、少しだけ牙が覗き妖艶な吐息を吐き出す。
「マルス、来なさい」
小さくつぶやくと、リリウムさまの影から人影が現れやがて色を持つと、その影はマルスさんになる。
「リリウムさま、遅くなり申し訳ありませんでした」
マルスさんは片膝をつき、頭を下げる。
「かまわぬ」
「あぁ、なんとお美しい…」
マルスさんがリリウムさまに見惚れていると、
「なっ!! なんだ!」
フォセラさんに連れられて走ってきたゲンゲが叫び、一緒に来ていた白魔導士と思われるお姉さんが腰を抜かして座り込んでしまった。
「リリウムさま… お美しい…」
フォセラさんもリリウムさまに見惚れていた。
「フォセラ、そこの白魔導士を早く連れてゆけ」
リリウムさまは、腰を抜かしている白魔導士のお姉さんを指差し指示する。
「はっ」
フォセラさんは、白魔導士のお姉さんを軽く抱えると屋敷に入っていった。
「ゲンゲ、驚かしてしまったな。だが、いまはそんな事より緊急事態だ。ついて参れ」
そう言い、リリウムさまは貴族と話し合いをする建物に入っていった。
「は…ははぁ!」
ゲンゲも慌てて、走ってついて行ってしまった。
あたしは指示通り体を休めるために、自室に戻る事にした。




