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皇弟指導中な女伯爵⑵

また長いです。

 ニコニコと笑うフォボスの片手には彼の得物(タガー)が握られている。彼は双剣使いであるので、もう片方の手にも得物(タガー)が握られていなければならない。しかし、得物(タガー)を握っていない方の手は、軍服と同化して見える紺色の外跳ね髪の横でヒラヒラと振られていた。


「だめっスよ~。アクリュスさんが庇ったら意味ないじゃないっスかー」


 ヘラヘラしたもの言いにアクリュスは盛大に眉をひそめる。自分がしでかしたことの重大さが分かっていないのだろうか。

 アクリュスはテーブルから飛び降りると、彼女が払い落としたために足元に突き刺さったタガーを抜く。


「皇弟を殺すつもりか?」


 殺気立った彼女の声は魔導具を通しても低かった。底冷えするような殺気を向けられるが、フォボスは躊躇(ためら)いなくアクリュスの元へ歩いてきた。


「まっさかー! 皇族殺害なんてさすがにしないっスよ。お昼なんで呼びに来ただけっス」


 アクリュスから得物(タガー)を受け取ったフォボスは二本のそれらをジャグリングしながら答える。その答えに殺気を引っ込めたアクリュスはわざとらしくため息をついた。


「物騒な声かけだな。二度としないでくれ」


 呆れたような彼女の声を聞き、カウンターの方にいたルグランジュは複雑な思いになる。彼自身としては、ここで傷付こうが殺されようが自己責任だと思っていた。自分の警戒心や実力が足りないならばそれまでだと。しかし、アクリュスたちが言うように自分は皇弟であり、皇族だ。帝国軍に入隊したことをまだ公にしていない中でそのようなことが起きれば大惨事になる。いい迷惑だ。

 ルグランジュは自嘲ぎみな笑みを浮かべた。


「んじゃ、ちゃんと伝えたっスからオレは先に戻るっス」


「そうか。私たちはルグランジュに少し辺りを案内してから行く」


 了解っス、と答えたフォボスは得物(タガー)を腰にかけると上へ上がっていった。

 彼を見届けた後、アクリュスは突き飛ばしたルグランジュを振り返る。彼は腰の痛みを魔法で和らげて立っていた。


「急に突き飛ばしてすまなかった。痛かっただろう」


 大鎌を小さくしてホルダーにかけたアクリュスはルグランジュの元へ近寄る。先程まであんなに大きな鎌を振るっていた人物と同じ人物には見えなかった。


「いえ、守っていただいてありがとうこざいました。まだ自分ではどうしようもないですから」


 己の無力さを痛感したルグランジュは寂しそうに目を伏せる。さらりと揺れたインディアンレッドがその表情を隠した。彼の感情を感じとったアクリュスはどうしたものかと考えるが、すぐに顔を上げた彼にその考えは消え失せた。


「けれどこれから努力すればいいだけの話です。案内、してくださるのですよね? 皆さん待っていますでしょうから早速行きませんか?」


 柔らかい笑みをたたえたルグランジュにアクリュスは小さく笑う。


「では行こうか」


 彼女はスカーフを外してポケットにしまい、詰襟のボタンを閉めた。




「知っていると思うがこの回廊は一階、三階、五階にあり、宮殿と繋がっている。他の隊の塔との連絡通路でもあるから、他の隊員とすれ違うことも多いだろう。特に十三番隊の塔の前は宮殿に向かう者ならほぼ必ず通るからな」


 取り敢えず三階の回廊を一周しておくことにした二人は、アクリュスの説明付きで歩いている。途中で数名の兵とすれ違ったが、皇弟がいることに驚かれ、二度見されるぐらいで他には特に何もなかった。

 第三番隊の塔に近づいてきたとき、アクリュスは回廊の先に会いたくなかった人影を見つけた。すぐに自分より背の高いルグランジュの影に隠れるが、それもむなしく相手に見つかってしまう。


「これはこれは。ご機嫌よう皇弟殿下。ところで後ろにアクリュスがいますね」


 軽い口調でルグランジュに挨拶を済ませるのはドルフレイ辺境侯令息。ことあるごとにアクリュスに絡んでくるお調子者だ。桃色の猫毛に浅木色の垂れ目という甘いマスクが女性隊員に人気らしいが、アクリュスからしてみれば胡散臭いだけだ。


「今日こそ俺とランチをとる気になった? やっと素直になったんだね仮面の姫君」


 ルグランジュの存在をまるっきり無視してアクリュスの肩を抱き連れていこうとするドルフレイ辺境侯令息。その不敬極まりない態度に痺れを切らしたアクリュスは仮面の奥から垂れ目を睨み上げた。


「皇弟殿下の御前だ。控えろ」


 ルグランジュの威光を借りて言い放つと、肩にかかった手を乱暴に押し退けた。おお、怖いと笑う令息は態度を変えることなく口を開く。


「軍服を着ているじゃないか。皇弟だろうがなんだろうが後輩は後輩でしょ」


 確かに後輩だ。彼が言っていることに間違いはない。しかし、それは第十三番隊に関してだけ例外となる。第十三番隊は他の部隊よりも権限を持っているため、上司という扱いになる。そこを提示すればこの態度はなくなくるだろうが、いかんせん。ルグランジュの入隊はまだ公表されていないため迂闊に口にできない。


「視察にいらしているのだ。軍服を召しておられるのは私たちが萎縮せぬよう心遣いをなさっているからだ。分かったら失せろ」


 咄嗟の思いつきをそれらしく口にすると、強い口調で視界から消えるように告げる。しかし、それでもなお令息は引かない。


「視察ならば、今は昼休憩の時間でございます。次の訓練が始まるまではお暇でしょう。殿下も共にいかがです?」


 どうしてもアクリュスを誘いたいらしい令息は、ついにルグランジュまで誘ってきた。その甘いマスクを石壁にめり込ませてやりたい衝動に駆られるが、アクリュスはルグランジュの前ということですんでのところで我慢した。


「嬉しいお誘いだけれど遠慮させてもらおう。この後第十三番隊の者たちとの約束が入っている。もちろん、彼女もね。()()()彼女に近づかないでくれる?」


 完璧皇弟モードに入ったルグランジュは見せつけるようにして軽くアクリュスの腰に手を回す。美しい微笑みをたたえた(かんばせ)には、有無を言わせない圧が込められていた。


「そうでしたか。それではここは引かねばなりませんね。では失礼いたします」


 たじたじになった令息は何とか言葉を紡ぎ終えるとそそくさと去っていった。


「……助かった。恩に着るよ、ルグランジュ。これで二度とあの(つら)を見ないですむ」


 アクリュスがルグランジュを見上げると、思ったよりもその端正な顔が近くにあり一瞬言葉を失った。しかし、それを表情に出すほど彼女はやわでわない。余裕を見せるように微笑んで礼を言うと、ルグランジュも柔らかく微笑んで彼女の腰に回していた手を外す。


「お役にたてたなら光栄ですよ。急に引き寄せてしまい申し訳ありませんでした。……それにしても、次期辺境侯がこんなところで油を売っているとは思いもしませんでした」


 次期ドルフレイ辺境侯爵であるあの令息は、社交界ではかなりの美青年として有名である。しかし、ここ数年社交界かは姿を消していた。そのことを彼の父である現ドルフレイ辺境侯が嘆いていたのだが、まさかこの回廊で出会うことになろうとは、ルグランジュには考えつかなかった。


「辺境侯からしてみれば、とんだ放蕩息子だろうな。表向きは位を弁えているが、女兵に次々手を出している」


 苦虫を潰すようなアクリュスに、ルグランジュは微妙な顔になった。


 第十三番隊の詰所に戻ると、中には昼食のいい香りが漂っていた。塔には水回りが完備されており、第十三番隊ではデイモスがよく台所を利用する。今日の昼食もそのデイモスの手料理である。彼がここで初めて料理を披露したとき、彼のあだ名が一時期『お母さん』になったのは余談である。


「今日のボンボンはどうだったの?」


 ある程度食が進んだところで、レージュがアクリュスに尋ねた。


「フォークを人に向けるな。……今日はルグランジュが撃退してくれた。お陰でもう二度とあれは近づいてこないだろう」


 嬉しそうに話すアクリュスを見て、デイモスはでかした、とルグランジュの背を叩いた。第十三番隊ではアクリュスに付きまとうあの青年を煩わしく思っていたが、相手の身分を考慮た上であまり強く出られなかったのだ。


「ところでアクリュス。()()終わったらしいですね」


 何気ないようにグレーの瞳がアクリュスを見る。デイモスに問いかけられ、食事を終えたアクリュスはカトラリーを置いてナフキンで軽く口を拭った。


「ああ」


「復讐?」


 短く答えたアクリュスに、会話が理解できないルグランジュが尋ねる。遅かれ早かれ彼にも知られるだろう話なので、アクリュスは話すことにした。


「昔世話になった人たちが目の前で殺されたんだ。殺人犯は心中したせいでこの世にはいなかった。だからそいつに繋がっていた組織を壊滅させただけだ」


「その人たちは望んでいたのでしょうか……」


 一番聞きたくなかった言葉でルグランジュは核心をついてくる。


「望んでいないだろう。神の庭で私に失望しているのではないか? 仇討ちではなく復讐。ただの自己満足に過ぎん」


 アクリュスの口にほの暗い自嘲が浮かんだが、それほ一瞬の出来事だった。


「じゃあこれからどうするつもりです。辞職ですか?」


 話を進めるデイモス。情緒がないようだが、アクリュスには助け船だった。


「いや、続ける。辞めたらあなたたちの誰かが殺しにくるに決まってるだろう? ……まあ、強いて言うなら近々仮面を外す日が来るかもな」


 冗談っぽく言うアクリュスだったが、実際に第十三番隊を辞めるとなると、国家機密を持つ人間を野放しにするわけはないので、刺客が放たれるだろう。


「あら、仮面の下がブッサイクでも私何も言わないわよ」


 レージュのあまりにも失礼な物言いに、アクリュスは無言で小首を傾げた。ルグランジュは仮面の奥で筋が浮き出ているのを感じる。口は弧を描いているが、殺気が凄まじい。


(コエ)ー」


 身震いするフォボスの横でデイモスがレージュの頭を(はた)く。パコン、といい音が部屋に響いた。

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