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傷心な皇帝

 世界屈指の大帝国、バスティーナ帝国。過去七代に渡りその領土を広げ、名声を馳せてきた。そのトップに君臨するのがルグドラシュ=バスティーナである。


 先帝は女遊びが激しく、その相手は令嬢や踊り子、娼婦に街娘と数えれば切りがない。どこにその血を引く子が産まれてもおかしくなかった先帝には、奇跡的に子供は二人しか産まれなかった。どこからも庶子が出てこなかったせいで、種無しと揶揄されていた先帝の正妃が子を孕んだ時は、否応なく不貞が疑われた。しかし、当時の二人の年は19と17。二人はまだ婚約状態であった。次期皇后として育てられてきた17の令嬢が、どうして不貞など働こうか。そう主張した令嬢の生家による取り調べの結果、不貞の証拠が出てくることはなく、出てきたのは先帝(当時は次期皇帝)との未成年不純異性交遊のみ。19で成人とされるこの国では婚約者であろうとそのような行為はタブーとされている。が、それに関わらず行ったのは先帝とその婚約者。

 これを受け、二人の婚姻は前倒しになり、初夜で妃は子をもうけたとされた。その子こそが現皇帝のルグドラシュ=バスティーナである。


 このような先帝が政治や軍治に長けているはずもなく、ルグドラシュが学院を卒業すると、(まつりごと)は全て彼が担うようになり、翌年には皇帝の座を明け渡された。ルグドラシュ20歳の時である。そしてそれと同時に先帝夫妻の間に子が生まれた。ルグドラシュの弟となるルグランジュである。20歳という年の差で産まれて弟を、ルグドラシュは全力で甘やかしていた。与えられるものは全て与え、出来る限りの時間を共に過ごしていくうちに、ルグドラシュは一つの考えに辿り着く。

 このままではルグランジュが愚弟になってしまう、と。ルグランジュを甘やかしていたのは何もルグドラシュだけではなかった。隠居生活を送る先帝夫妻も彼を甘やかしていた。それはもうデロッデロに。そのせいで典型的な我が儘に育ったルグランジュは、齢2歳で周りに高圧的な態度を取るようになる。これに危機感を覚えたルグドラシュは弟を両親の手から取り上げ、忠臣たちに託した。それが功を成し、ルグランジュは兄を敬愛する完璧な人間へと成長。弟の立派な姿に感動しうち震えていたルグドラシュを見て、セレスティナが白けた目をしていたのは余談である。


 こんなルグドラシュにも恋の一つや二つはあるもので。いや、実際は一つだけだ。相手は«社交界の花»ことセレスティナ=フラウデン。十二年前、帝国を震撼させた大事件により、セレスティナが両親を亡くしたのは彼女が五歳のとき。帝国内でも一、二を争う魔法師であった彼女の父親と親交の深かった彼は、彼女を妹のように思い接していた。皇帝でありながら、彼女には敬語を使わずに話すことを許し、家族のように接していた彼は、セレスティナが両親を亡くしてから二年たったある日、衝撃を受けることになる。


「ルグドラシュ様、わたくしをあなたの暗殺部隊に入れてくれませんこと?」


 両親を亡くし、弟を守るために努力し続け、社交界で«小さな淑女»と呼ばれるまでになっていた彼女から出た言葉に、ルグランジュは唖然とした。第十三番隊が皇帝直属の暗殺部隊であることは最重要国家機密であり、それを知るのは皇帝と隊員のみ。しかし、その情報をセレスティナは何かしらの方法で掴んできたのだ。


「あら、かまをかけてみただけですのに。本当にあったのですね。どうせ国家機密なのでしょう? わたくしがこのことを黙っている代わりに、わたくしを入れてくださいまし。わたくしはあれから二年、復讐のために努力してきましたのよ」


 透き通るようなオッドアイの奥には、激しい憎しみの炎が揺らめいていた。普段の、年相応のあどけない表情が抜け落ち、強い意志の秘められた迫力にルグドラシュは勝てなかった。暗殺部隊のことを知った人間は即始末するのが暗黙の了解であったが、彼にはセレスティナを殺すようにという命令を下すことはできなかった。

 齢七歳にして第十三番隊に所属することになった彼女に、ルグドラシュはアクリュスと名乗らせる。いつか復讐を終えて彼女が真っ当な人生を歩む日が来るときに、この復讐が妨げにならないようにと考えた行動だった。煌めく金髪を夜色に染めさせ、神秘的なオッドアイの色を変えさせる。その上で仮面をつけさせた。その仮面に百合の葉の意匠を施したのは、ルグドラシュの小さな望みからだ。できることなら、復讐などやめて、表の世界で生きてほしいという望み。

 だがその望みとは裏腹に、彼女は«仮面の死神»と名を博す。正体不明の死神を探ろうとする輩は後を絶たない。同じ頃、先代の«社交界の花»が籍を入れると発表し、その称号をセレスティナに贈った。そのせいでセレスティナとお近づきになろうとする輩も増える。

 せめてセレスティナだけでも守ろうと、近づく虫を払い続けた結果、社交界で皇帝はセレスティナに懸想していると噂が立つ。20以上も離れた相手にそれはないと否定し続けるルグドラシュだったが、周りから言われると意識してしまうもので、気付いたときには噂は真実となっていた。

 それからというもの、ルグドラシュはセレスティナに何度も求婚するが、全く相手にされたない。セレスティナからしてみれば、今まで兄のような存在だった相手からそんなことを言われても、何とも思えないのだ。だが、舞踏会では必ずファーストダンスをルグドラシュと踊る。この行為が何を意味するのか彼女自身がわかっていないはずもないが、恐らく家族枠で見ているだけだろう。このことはルグドラシュ自身も分かっているので、最近は諦めかけている。


(しかし、何度フラれても堪えるな……)


 アクリュスとして呼び出し、セレスティナに求婚したが、また断られたルグドラシュはかなりへこんでいた。セレスティナは決して受けてはくれないとわかっていながらも、淡い期待をしてしまう彼は明らかに初恋を拗らせている。ルグドラシュ=バスティーナ、齢39である。


「兄上、お疲れのようですね。どうかなさいましたか?」


 アクリュスが去った後、玉座で物思いに沈んでいたルグドラシュの前に現れたのは弟のルグランジュだった。成人を迎え、学院の卒業会を終えた彼は、セットしていた髪を崩している。


「いや、セレスティナのことをちょっと、ね。それより舞踏会はどうだった? 意中の女性とでも踊れたか?」


「兄上がいらっしゃらなかったので、セレスティナ嬢のファーストダンスをいただきましたよ」


 そう答える弟にルグドラシュは顔をしかめた。自分は今しがたフラれたばかりだと言うのに、弟は美しく着飾ったセレスティナと優雅にダンスをしてきたというのだ。


「それはずるいな。ところで、明日のことだが……」


 嫉妬を口にしたルグドラシュは話題を変える。成人し、学院を卒業したルグランジュの職務はすでに決まっていた。ルグランジュの希望は帝国軍の将軍を継ぐこと。タナトスももういい年なので、後継者が必要になってくる。しかし、国の要とも言える国軍の将軍に半端者をつけるわけにはいかない。そのため、兄を敬愛するルグランジュは自ら後継者になることを志願した。

 そこで一つの問題が生じる。皇帝直属の暗殺部隊こと第十三番隊は国軍に所属しているため、彼らが暗殺部隊であることを将軍は知っておかなければならない。そして裏切りを避けるため、将軍自身も第十三番隊所属、つまり暗殺者でなければないらないのだ。そうなると、ルグランジュも第十三番隊に所属し、暗殺者とならなければならない。

 ルグランジュの意志の固さを確認したルグドラシュはこのことを弟に打ち明けた。するとルグランジュは渋ることなくすんなりと受け入れた。曰く、兄のためなら、だそうだ。


「第十三番隊隊員との顔合わせですね。問題ありませんよ」


 その言葉にルグドラシュは立ち上がった。兄の突然の行動にルグランジュは驚く。


「そうか、ならいい。あいつらは、なんだ、個性が強い者が多いからな。……覚悟しておけよ」


「はい」


 ルグランジュに曖昧な忠告をしたルグドラシュは、用事があるからとその場を後にし、私室へと急いだ。歩いているのに速い。途中でタナトスとすれ違ったが、それにも気づかずに通りすぎる。


(大変だ! セレスティナにルグランジュのことを伝え忘れていた! 急いで伝えねば!!)


 私室に飛び込んだ皇帝は手紙を取り出し、セレスティナ親展でルグランジュのことを書く。急いで書き終えると魔導具を使ってフラウデン家のセレスティナの執務室に送った。一仕事終え、息をついたルグドラシュはキングサイズのベッドに腰をおろす。

 考えるのはセレスティナとの先程のやり取り。復讐という過去に囚われ続ける彼女に、前を向いてほしいとルグドラシュは思っていた。過去に囚われ続け、自分の幸せを見つけようとしない彼女は、このまま人殺しだと自分を戒めながら生きていくのだろうか。自分と結婚せずとも、彼女が幸せを、未来を掴む方法はいくらでもある。

 幸せを望まない女伯爵に幸せになってほしいと考える皇帝が、自分の幸せについて考えるようになるのはまた別の話。

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