第2話 燎原の辛苦
彼女は真っ暗な世界を彷徨っていた。
ここはどこだろう。早く、早くもとの世界にもどってこないと。
彼女は暗闇の奥底に潜む光を見つけ、そこに一直線に走り出した。
見つけた、あれが出口!
光が徐々に近づいてくる。そして―――――――――
「やっと目が覚めたか。」
目覚めて最初に飛び込んできたのは、自分を真っ暗な世界へと追いやった鳥羽高士とかいう風変わりな目つきの鋭い男であった。
鳥羽高士とか言ってたか・・・?さっきはもう勝てる寸前だったのにこの男のせいで・・・・!!
だがしかしその事よりもまず驚いたのは、鳥羽たちが自分達を殺さなかったことだ。自分達の命を狙ってきた美鈴たちを。
あたりは暗く何やら実験室なのか、色々な実験装置のようなものが至るところに設置されている。特に部屋の中央の透明なカプセルのような中が透けている実験装置は、中に人が2、3人くらいは入りそうな勢いである。
そして美鈴は鳥羽が視界に、目の前にいることをすぐに思い出し、目を見開かせてあわてて飛び退こうとする。しかし、下がれなかった。腕が機械のリング状の装置で縛られていたのだ。一体どんなもので出来ているのかはわからないが、その強い圧力で締め付けられるような感覚から、そう簡単にはとれるものではないと直感する。
そして、美鈴は自分の頬の部分などにも何やら装置のようなものが取り付けられていることに気がつく。だが何を目的にこの装置を装着されているかは今のところはわからない。
何よこれ!私達に一体何をするつもりなの・・・!?
美鈴の辺りには、横に他の縛られた仲間たち、そのすぐ傍にアースの軍兵士が5、6人ほど。そして目の前にはこの鳥羽高士。
「あ、あなたどういうつもり?ここはどこなの!?それに私達を生かしておくなんて何か企んでるの!?」
「おいおい、聞きたいこと山盛りって感じかよ。ま、どうせ知ることになるんだし、お前らに教えてやるよ。」
そう言うと鳥羽はなぜか楽しそうな表情を浮かべながら、部屋の中央にある巨大なカプセルのような実験道具のほうを向いて説明を始める。
「ここはアースの中にある人体実験場だ。ここでは色々な俺ら以外の種族の奴等で、俺らに抵抗してきた奴とか限定で感情とかが無くなっちまうように実験してる。つまり、俺等が言いなりにできる人型ロボットにしちまってるっつうわけだ!まぁ戦闘要員として戦ってもらうわけだが。そんでもって今回の実験対象はお前ら。どうだ、ちゃんと脳ミソ使って理解できたか?」
説明を簡潔にまとめてすると、鳥羽は再び美鈴のほうに向き直り、自分の脳の部分を指差して美鈴がちゃんと理解できたかどうかを確認する。しかし美鈴はまるで無反応だった。いや、実際のところ無反応だったのではなく、栄人の言っていることがほとんど理解できていなかったのだ。
この男は何を言っているの・・・?人体実験?感情がなくなる?一体どういうことなの・・・・?それに私達がその実験台って・・・・・―――――――――もしかしてあの大きな透明のカプセル状の実験装置とかで、あいつらの言いなりになってしまう何の感情も持たない人形みたいにされてしまうってこと!?
いやよ、そんなの!だったらまだ死んだほうがマシよ!・・・・・けど、冷静に考えると大体実際にそんなことできるわけないじゃない!
「何言っているのあなた?そんなことできるわけないに決まってるわ。どうやったらそんな事ができるか説明してみせなさいよ!」
「やれやれ、こりゃあまた随分と強気な女だねぇ。しょうがねぇ、だったら実際に試して見せてやるよ。お前の仲間を使ってな。」
囚われている身にも関わらず強気な態度の美鈴に対して、鳥羽は困ったように自分の黒髪の頭を掻きむしる。
そして他の軍人に、美鈴の仲間を1人立たせて無理やり透明なカプセル状の実験装置に押し込み、ロックをしたのか、中にいる美鈴の仲間がいくら暴れても、カプセルから抜け出すことは出来ない。
その行動を見て美鈴の表情が変わる。
「ちょっと私の仲間に何してんのよ!そこから出しなさいよ!」
「おいおい人聞きの悪いことを言うねぇ。説明してみせろっつたのはお前の方だぜ?だから俺は実際にその様子を見せた方が早いと思ってそうしたわけだ。ま、どうせ後でみんな同じめにあっちまうんだけどなぁ!」
鳥羽は他の軍人に指示をだして透明なカプセル状の実験装置の起動レバーをオンにさせる。そしてレバーがオンになった瞬間、カプセルの至る所から赤い電流のようなものが無数に流れ、カプセルの中にいる美鈴の仲間の身体を襲う。その電流は美鈴にも頭や腕に装着されている装置を伝って流れているように見えた。
痺れているわけではないようだったが、美鈴の仲間は気が狂うほど叫んでいた。それほどまでに苦しい何か痛みを感じているのか、それとも他の特殊な何かが蝕んでいるのか、あまりに惨い光景に驚愕している美鈴には想像する余裕も無かった。
な、何よこれ・・・!!一体何が起きてるっていうのよ!
カプセルが透明なだけに中の悲惨な光景が嫌でも目に飛び込んでくる。そして多少の時間が経過して、ついに中にいる美鈴の仲間が無反応になってきたところで軍陣がレバーをオフにしてようやく電流のようなものが止まる。
しかし、その時にはもう中にいた仲間は、美鈴の知っている人物では無くなっていた。
中で電流のようなものを受けた仲間は、無表情、無反応で、まるで魂だけを抜き取られたように抜け殻の状態だった。
どうしてこんな事に・・・!あんなに明るい人だったのに!!
一体カプセルの中で何が起こって自分の知っていた仲間が一瞬でこんな状態になってしまったのか、美鈴や他の仲間たちにしては想像もつかなかった。
「で、わかってもらえたと思うけどよぉ、さっき俺が言っていた実験ってのは本当の話だ。信じてもらえたか?」
鳥羽の問いかけに、さきほどのあまりにも衝撃的な光景、変わり果ててしまった仲間を見てしまった美鈴は声を出すことがまだできないようだった。
その美鈴の反応を見た鳥羽は、癖なのか、また困ったように黒髪の頭を掻きむしる。
「まだ何でこうなったかわかってないって顔してんのか?いや、単にショックが強すぎたか。まぁどうせだから一応詳しく説明してやるよ。まず俺たちやお前らの頭ん中には情報や記憶を取り入れる電脳空間、つまりはサイ・バースがあるってのはスレイブのお前らでもさすがに知ってるよなぁ?」
鳥羽の問いかけに美鈴が僅かながらに頷く。美鈴のさきほどの威勢のいい強気な態度はもはや消えうせてしまったようである。
「それでもってサイ・バースは自分の経験してきたあらゆるもの、まぁ人生ってわけだがその記憶を全て保管している。・・・もうここまで言えばわかると思うけどよぉ。つまりお前らに取り付けさせてもらった装置と連動して電脳破壊物質を流しこんで、お前らのサイ・バースにあるそれまでの経験、記憶をすべて破壊してるってわけだ。その後は簡単なもんだぜ?なんせサイ・バースが無くなった人間なんてロボット同然だからな。自分達で色々とやりたいことをさせられるように教え込むだけだ。・・・・まぁそんなところだ。どうだ、ようやく自分達に起きようとしていることが理解できたか?」
「な、何よそれ・・・・。一体誰がそんなものを・・・・。」
「レンズ博士っつう頭のキレたおっさんがいてなぁ。そいつにつくってもらったのさ。で、世間話はここまでだ。そろそろあんたらも自分の記憶とお別れの時間だ。」
他の軍人たちが、さきほどの実験を見て怯えていた美鈴の仲間1人を無理やり立たせてカプセル状の実験装置へと押し込む。その美鈴の仲間は、あまりの恐怖に狂ったかのように叫び、暴れている。しかし、カプセル状の実験装置が何でできているかは知らないが、美鈴の仲間が中でいくら暴れても、まったく微動だにしない。
美鈴は咄嗟の反応で止めさせようと動こうとするが、腕などに機械の装置で縛られているため、立つことができない。
目の前で今まさに苦しんで恐怖におぼれている仲間を助けることもできないなんて!!私はなんて無力なの・・・・!!
美鈴は仲間を助けることができない自分に腹が立ち、唇を強く噛みしめる。その噛みしめた唇の部分から血が出ていることから、よほど自分が許せないのだとわかる。
そして、やがて美鈴の他の仲間の2人もカプセル状の実験装置に入れられた。しかし、美鈴には何もできない。ただただ、仲間が違う人物へと変わっていってしまう光景を見ていることしかできない。
そして、この場所でまだ実験装置に入れられていないスレイブは、美鈴だけとなってしまった。怒りの表情で鳥羽たちを睨みつける美鈴に、鳥羽が笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄ってくる。その笑みはまるで生きた刃物のように鋭く凶悪だった。
「さてと、あんたで最後だ。自分の記憶とのお別れはすんだか?まぁ、すんでなくとも俺たちが無理にでも引き離しちまうけどなぁ!だが安心しな。今の記憶がなくなっても、俺たちが色々と丁寧に育ててやるからよ。」
「そんなのお断りよ!あなた達の言いなりになってしまうくらいだったら、ここですぐにでも舌を噛み切って死んでやるわよ!」
この絶望的でなす術がない状況でも、なお強気な姿勢でいる美鈴の言葉を聞いた鳥羽は、何がおかしいのか1人でせせら笑う。
「な、何がおかしいのよ!」
「おかしいねぇ!こんな状況であんたはよく強気でいられるな。普通の奴ってのは、自分が危機に陥ると怯えもするし不安にもなる。それでもって、時には残酷にもなる。それなのに、今のあんたはずっと強気な態度でそれを崩さねぇ。おもしろいねぇ。だがその強気さも嫌でもそろそろ消えうせるなぁ?」
さきほどとは違い、今度は鳥羽自らが美鈴を無理やり立たせようとする。美鈴はそれに抵抗するものの、さすがに身動きがとれない状態では1人の男性の力に勝つことなど不可能であった。無理やり立たせた美鈴を、鳥羽は引きずるようにカプセル状の実験装置へと移動させていく。
「な、何するのよ!私はいやよあんな人間じゃなくなるようなものになるのは!」
「おいおい、いくら抵抗したって無駄だ―――――――――――――っ!!?」
鳥羽の言葉を遮り一つの白いボールのようなものが鳥羽の前に転がってくる。そして刹那、何が起こったのかわからないほどの勢いで白いボールから一気に煙幕が噴出されて部屋中に広がる。
鳥羽は唐突すぎる出来事に、何が起こったのか理解できていなかった。そしてその瞬間、煙幕の中にわずかにこちらに近づいてくる人影があることに気がついた。そのために、美鈴を掴んでいた手を離し、懐にしまい込んでいた拳銃を急いで取り出す。
「クソッ、何だこれは!どこのヒーロー気取りか知らねぇが小賢しい真似しやがって!」
普通の頭がとくにまわらない悪党とかならば、その拳銃を使って白い煙幕をまいた人影を狙って撃とうとするが、鳥羽はする行為が違った。拳銃を天井に向けたのだ。鳥羽はそのまま拳銃の引き金をひいて何発か発砲する。すると、天井にいくつか備え付けられていたスプリンクラーの一つに銃弾が命中し、スプリンクラーが勢いよく作動する。
スプリンクラーから大量に放出される水により、煙幕は一瞬にして消えうせる。
しかし、煙幕が消えた時にはすでにその人影の姿はなかった。そればかりか、すぐ隣にいた雨宮美鈴の姿まで消えていたのだ。おそらくその人影とやらが美鈴を連れさらっていったのは違いないということくらいは、鳥羽にも簡単に予測できた。
「クソッ!どこの誰か知らねぇが余計なことをしやがって!!・・・・フン、まぁいい。とりあえず今はこのロボット同然のスレイブ4人を収容所に送らねぇとな。」
鳥羽は、ただ無意味にスプリンクラーから冷ややかな水が降ってくる部屋の中で、1人顔に鬼のような凶相を浮かべながら歯を強く噛みしめていた。
アース国、人体特別実験室より数百メートル離れた草地にて
一方その頃、鳥羽たちがいた実験室から数百メートル離れた人気のない狭い草地に、彼らはいた。
煙幕を投げて早急に身動きが取れない美鈴をここまで運んで連れてきた金髪の男、鷹王栄人は敵の追っ手がこないことを確認すると、安堵の息をついて美鈴をそっと草地に下ろす。そして美鈴の手などに装着されていた機械装置を、美鈴ではびくともしなかったが、栄人は魔法でもかかっているのではないかというくらいに得意げに軽々と取り外してみせる。
「こいつは外側からなら簡単に取り外せるやつなんでね、内側からだといくら取り外そうとしたって無駄だぞ。ま、無事にここまで来れたわけだし、とりあえずよかったってことでいいか。」
1人でなぜかわからないが地味に盛り上がっている目の前の目つきの鋭い男を見つつも、美鈴にはまだ疑問が色々と残りすぎて混乱していた。
「あ、あなた誰?一体目的は何?もしかしてあなたも私に対して実験とかをするつもりじゃ―――――――」
「いやいや、そんなことはしねぇって!俺はただあんたを連れて来いと未久留っつう奴に頼まれて連れにきただけだ。つまり、あんたの味方ってわけだ。」
「え・・・・?未久留が?じゃ、じゃああなたは私の味方・・・・なの?」
「だからそうだって言ってんだろ!」
警戒心しかないような様子で美鈴が栄人に問いかけるが、栄人はいかつい表情を崩さないまま敵に見つかるのではないかと疑うような大きな声で答える。実際に第一印象で栄人を見てしまうと、生まれつきの鋭い目つきのせいか悪人と間違えてしまってもおかしくはないだろう。それを聞いた美鈴は、大きく安堵したようで、息を数回つく。そして、その息をついた瞬間に、自分以外の先ほどまでいた仲間のことをふと思い出してしまう。
あ・・・・・。私以外の仲間は・・・全員・・・!もう私の知っている人達じゃなくなったんだ・・・・。
安堵感からか、堪えていた恐怖が突如蘇ったからか、涙が止まらない。恵みかのように、美鈴の涙が草地へとしたたり落ちる。
その様子を見た栄人は、戸惑いながらも心配そうに美鈴を見る。
「お、おい、どうした?」
「私・・・・仲間が苦しんでいたのに・・・何もしてあげられなくて・・・・!その悔しい気持ちと、自分もああなるんだっていう怖かった気持ちが混ざり合って・・・もうわけがわからなくなっちゃって・・・・!!」
泣いても何かが決してかわるわけではい。それでも涙は自然と出てしまう。どんな強い人間であろうと、恐怖などの気持ちは絶対に感じるのだ。そして、泣くことも当然ある。
今の泣きじゃくっている美鈴はさきほどの強気な態度の時とは違い、まるで弱虫な幼い女の子のようであった。
「泣きたければたくさん泣くといい。けど、泣いた後は引きずるんじゃねぇぞ?過去ってのは引きずるような、邪魔になるためにあるんじゃねぇ、未来へ良い方向へ導くためにあるんだ。だから、泣き止んだら俺と一緒に頑張ってフェデラチアで待ってる未久留のために行こうぜ、な?」
栄人が珍しく真剣な顔つきで美鈴を慰めるように手を肩に添える。栄人の言葉に、幼子のように泣いていた美鈴はわずかながら頷く。そして、悲しみが癒えるまで美鈴はその場で暫く泣き続けた。
どうも、何かと変なキャラしかのせていない鷹王です(ぇ。
合作ともなると、自分のつくる登場人物が少なく、どうしても印象深い人物をつくろうと思ってしまいます。
ではそろそろこのへんで。また3話でお会いすることができましたら、これ以上の喜びはありません。では!




