第4話 王都アルメニア
どこまでも広がる大平原と呼ぶのに相応しい平原の中央付近に2人はいた。
美鈴は生まれて大平原というものを初めて見た。
その壮大な広さは小耳にははさんではいたが、まさかこれほどとは思っていなかったようだ。どこまでも続く同じような平原の風景に、そろそろ美鈴も飽きてきた頃だった。
「ねぇ、いつまで続くのよこの平原。もう飽き飽きなんだけど。」
「もう少しだから我慢しろって。」
「もう少しって・・・・まだまだ先じゃない!」
「うるせぇ!文句ばっかり言ってんじゃねぇ!」
「な、何ですって!」
つい数時間前に出会ってから早々、音響がするほどの音量で口げんかを繰り広げている栄人と美鈴は、どこまでも続く大平原から抜け出そうとひたすらに歩き続けていた。
どうもこの美鈴の性格と、栄人の短気な性格は合わないようだ。そのためか、この平原についてからというものの、先刻から口喧嘩しかしていないように見て取れる。
歩きながらも栄人と美鈴の2人は常にらみ合っているような状況である。
「クソッ、こんな依頼さっさと終わらせてどっかでのんびりしてぇな。」
栄人は歩きながらだるそうにあくびをする。それを聞いた美鈴はむっとした表情になる。
「わ、私だってあんたなんか願い下げよ!」
「おいおい、それが命の恩人に向かって言う言葉か?」
「そんなの知らないわよ!誰があんたに助けてくれっていったのよ。」
「この恩知らずが。」
美鈴の強気な言葉を聞いた栄人は、やれやれと呟きながら呆れたように俯く。その栄人を見た美鈴は、少し言い過ぎたかと少量の罪悪感を感じてしまう。
けど、本当にあの時こいつが助けてくれなかったら私は今頃他の仲間たちと同じように、ロボット同然になっていたのね・・・・。少しは感謝しないといけないわね。
内心では栄人に助けてくれたことに感謝をしてはいるが、実際に口には出さない。理由は何となくこいつにお礼を言うのは嫌というのもあるし、若干恥ずかしいというのもある。
しかし、未久留の味方といってもまだまだ栄人に心を完全に許したわけではない。色々と栄人には謎が多すぎるからだ。
未久留から頼まれたって言ってたけれど、私を助けてくれた時のあの手際の良さ、この男は一体何者なの?
ある程度歩いていると、同じ平原しか見えていなかった視界の奥の方に、わずかながら街のようなものが見えてきた。しかし、心成しか街にしてはどうも巨影すぎる違和感も感じたが。それを見つけた美鈴は、普通なら喜ぶところを、なぜか真剣な深刻な顔になる。
「やっと街が見えてきたわね。けど私、街に行ったらまた捕まってしまうと思うけど。」
いつも自分は人に見られるたびにスレイブという理由だけで蔑まされてきたという経験が、今でも美鈴を苦しめているのだろう。
自分の身の安否を心配している美鈴を横目に、栄人は気だるそうに頭をかきむしる。
「そんな心配すんな。お前が思っているよりも、種族の違いなんてたいしたことねぇからな。ちょっと身体についた泥を落としてちゃんとした服でも着てりゃバレねぇよ。」
奴隷として普段扱われているスレイブともなると、服や肌に泥がついているの場合がほとんどなのだろう。しかし、美鈴の見た目の容姿では泥がついていてもおそらく美しいという部類に入るだろう。
「え?そんな簡単なものなの・・・・?っていうか泥なんてどこでおとせば・・・・それに私お金なんて持ってないわよ。」
「街のすぐ傍に小さな湖があるから、泥や汚れはそこで落とせばいい。服は仕方ねぇから俺が買ってやる。」
「え?あなたのお金なのに本当にいいの?」
「お前のせいで同罪で俺まで捕まっちまったら最悪だからな。仕方ねぇだろ。」
栄人はまたしても気だるそうに頭をかきむしる。その言葉を聞いた美鈴はむっとした表情を見せながらも、すぐにもとの表情に戻る。そして、感情の高鳴りからか足取りを速くする。
「何よ。やっぱり結局は自分が一番大事なのね。」
「そんなもん当たり前に決まってんだろうが。誰かを守ろうとしたって自分が死んじまったらそれでおしまいだ。誰がそんな無駄な行為するかよ。」
栄人の言葉が癇に障ったのか、美鈴は栄人を横から睨みつけるようにして見る。
「あなたって最低な人ね!」
「あぁ!?うるせぇ、そんなのは俺の勝手だろうが!」
2人の険悪なムードが続いたまま気がつけば、気が長くなるような平原を抜けて、巨大な街のすぐ傍の澄んだ湖まできていた。その湖のまわりには木がたくさん生い茂っており、湖というよりは砂漠に佇む緑のオアシスと称する方が正しいといえるだろうか。
美鈴はその湖に着くと、まるで活気をとりもどしたように湖へと走っていった。そしてすぐにでも身体についた泥を落とそうと、ボロボロの服を脱ごうとするが、栄人の存在に気がついて頬を赤らめながら慌てて服をもどす。
「ちょ、ちょっと見ないでよ!変態!あっち行ってて!」
「誰が見るかよ。ったく。」
慌てて叫ぶ美鈴にどやされた栄人は、しょうがなく平原の心地よい風に吹かれにいくことにした――――――――――――――
水浴びを終えた美鈴は、ただでさえ泥がついても美しいといえる部類に入る容姿であるのに、その邪魔であった泥を落としたために言いようのないほど整った容姿になっていた。そのため、おそらくこの状態で街に入ったとしても、彼女をスレイブと疑う者はいないだろう。むしろ、彼女とすれ違って振り向くような者もいるのではないだろうか。
とりあえず服を買うまでは栄人の着ていた上着を借りることにした。しかし、ボロボロの服の上から上着だけを着るというのは、どうも不自然な感じがするように思えるが。
だが何とか街の前に立っていた門番の目を盗んで街に入ることに成功した。
そしてその街の中あまりにも巨大で、美鈴にとってはまるで未知の世界であった。美鈴は驚きを隠せない様子で、あたりをキョロキョロとしていて落ち着かない。
辺りでは至る場所に商店が立ち並び、地面が埋まるほどに人がたくさん賑わっている。
「す、すごい大きな街ね。ここって何か特別な場所なの?」
歩いて服屋を目指しながら、美鈴は興味津々の輝かせた目で栄人に質問する。栄人はそんなことも知らないのかといった反応を見せつつも答える。
「ここは王都アルメニアといってな。アースの王と王女が自ら治めているアース国の中心とも言える巨大な街だ。ここでは特に商売関係が盛んでな、多種族との交流も多々行っているそうだ。ただ、最近ちょっとな・・・・。」
「最近ちょっとって、何か歯切れが悪くなるようなことでもあるわけ?」
どうも歯切れが悪い栄人に対して、疑問を持った美鈴が質問する。
「最近どうも物騒な事件が続いていてな。王の血を引く一族が次々に暗殺されている。そのせいもあってか、経済面でも不景気が続いているらしい。まぁ消費者側の俺の意見としては食い物とかが安くて助かるけどな。んでもってその経済面が悪くなって機嫌を損ねたお偉いさんたちが、最近では他の種族を使って悪どい人体実験をしているらしい。ま、その被害者ってのがお前とかなんだがな。」
「・・・・・・っ!!」
そんな自分勝手な理由で私の仲間はあんな目に・・・!許せない・・・!
あまりにも腹立たしい現実に、美鈴は歯を強く噛みしめる。そして憎しみを感じさせるような憤怒の表情を浮かべている。
「おい、今のを聞いて妙な騒ぎを起こすんじゃねぇぞ。」
その美鈴の表情から何かを読み取ったのか、栄人が静止の仕草をする。
「あなたの事情なんて知ったことじゃないわよ。」
「俺さえ捕まらなけりゃ、お前が敵に捕まろうが殺されようが俺は何の損もしねぇ。俺じゃなくて困るのは未久留だろうが。」
「・・・・!わ、わかったわよ。そういわれちゃしょうがないから、おとなしくしてるわよ。」
「それが当たり前だっての。」
服屋を探しつつ、色々と賑わっている店などを見てまわる。どこの店からも活気が良い声が響いている。サイ・バースを利用した人体実験をできるところから、アースも相当な機械的な技術などは進歩しているはずなのだが、このあたりの店はどちらかといえばテントのような、昔ながらな店が多い。その昔ながらな雰囲気が、何か街全体の活気や明るさを引き立てているようにも感じ取れる。これは馴染みや街の風習といったところだろうか。
その賑やかなたくさんの店を見てまわっているうちに、美鈴にある心境の変化が生まれてきていた。
「アースなんて残酷でただ私達だけを見下すような種族だと思っていたのに・・・・この人たちは全然違う気がする・・・・。」
まわりに聞こえないように小さな声で呟いた美鈴を、栄人が横目で鋭い目つきで見やる。
「あの自分が偉いと思いこんでやがる下劣な王国軍のカスどもと、この人たちを一緒にするんじゃねぇ。アースは一般的に善良な市民が多い。そりゃ少しは差別意識もあるだろうがな。お前らを見下してるような奴なんて王国軍の奴等や自分じゃ何もできない貴族くらいだ。そこを見誤ってんじゃねぇぞ。」
異様なまでにここの市民を味方する栄人に対して、美鈴は訝しげな表情を浮かべる。
「悪かったわね、わかったわよ。けど、何でそんなにここの人たちの味方をするの?何か特別な事情でもあるわけ?」
「うるせぇ。お前にもすぐわかる時が来る。」
「何それ?」
栄人の口癖は「うるせぇ」なのだろうか。最初は栄人の言っていた言葉の意味がよくわからなかったが、そのすぐ後に色々な店を見ながら歩いていて、栄人の言葉の意味を理解することとなった。
とにかくいい人たちだったのだ。というよりもいい人としか言いようのない人たちだった。
美鈴たちが一つの店を覗くたびに店員らが笑顔で話しかけてくれたり、道をゆく普通の市民からも度々挨拶をされた。
本当にこの人たちは王国軍兵士とかとは違っていい人たちなのね・・・・。
今になってその事に気がついたため、今までアースの人そのものが他種族への差別意識の大きい醜い奴等だと決め付けていた自分に対して嫌悪の感情を催す。
そして考えてみれば、今横にいる鷹王栄人もアースなようで、確かに口や性格は悪いが他種族への差別意識はまるでないようだった。それ以前に、もしも栄人に他種族への差別意識があったとしたら、未久留からの依頼そのものを承諾していなかっただろう。スレイブを救出する依頼など。
「おい、着いたぞ。」
色々と考えているうちに、一件のテントではなく立派な建物の服屋にようやく到着した。
中に入ると、その服屋は気品溢れる雰囲気を店内中から醸し出しており、どちらかと言えば服屋というよりもブティックと呼んだほうがこの店には相応しいといえるだろう。
そして並んでいるどれもこれも美鈴がまったく見たこともない綺麗な服の数々。美鈴はまた落ち着かない様子であたりをキョロキョロと見回している。
「おい、どれでもいいからさっさと好きな服選べ。」
「え?わ、私が決めていいの?」
「俺には女の服のセンスなんてまったくもってわからねぇからな。自分で選べ。」
「うん、わかったわ!」
栄人に自分で買っていいと言われると、美鈴は上機嫌になって目を輝かせながら並んでいる様々な服を見てまわる。幼い頃からずっとボロボロの服だけを着ていてまともな服を着ていられなかっただけに、その時の美鈴の澄んだ瞳は、まるで無邪気にはしゃいでいる幼い子供のようだった。
どれにしようかな・・・・何かどの服も綺麗で決められないわね・・・・。
一着だけ決めるのが惜しいと思いながら選んでいると、途中である服が目にとまる。オレンジ色の柔らかい感じをした服に、藍色の靡くようなスカート。美鈴はその服とスカートにどうも惹かれたようだった。
「ねぇねぇ栄人、決めた!これにするわ!」
「いつから呼び捨てになった。」
美鈴はその服とスカートをぎゅっと掴んで、栄人に押し付けるように差し出す。服とスカートを渡された栄人は、特に反応は見せずにただ面倒くさそうにそれを奥のレジへと持っていく。美鈴も後から栄人の横へ歩いてきた。
「えー、合計で19000円になります。」
「ごふっ!!」
レジの若い女性の店員が服とスカートの合計の値段を栄人に伝えると、栄人はなぜか驚愕の表情を見せながらまるで血でも吐くかのような声を大きく漏らした。その声に店員は勿論、横にいた気分上々だった美鈴も驚いて、美鈴はそーっと栄人の顔を覗き込む。
「ど、どうしたの?」
「お、おま、お前な・・・・俺の財産を消して俺を飢え死にさせることでも目論んでいるのか!?」
「え?だって自分で選べって言ったじゃない!」
「確かにそれは言ったけどよ、少しは値段ってものを考えろよ!」
「それならそうと最初から言いなさいよ!それに、ちょっと高かったくらいで文句言わないでよ!」
さきほどまで無邪気にはしゃぐような明るい顔をしていた美鈴だったが、栄人との口論で険しい表情へと移り変わっていく。そして口論をしていた場所がレジの前という事もあって、店にいた客からの視線も集めてしまい、引き下がれない栄人はその場でため息をつきながら渋々服とスカートを購入した。
そして購入をするやいなや、美鈴は服とスカートをぎゅっと掴んで軽やかな様子で試着室へと入っていった。
「また変態扱いされたらたまったもんじゃねぇからな。外にでも出てるか。」
栄人はつい先刻の湖の時のように変態扱いされるのを防ぐため、一旦外へと出ることにした。しかし、20はいっているであろう男性が女性ものの服とスカートをレジへ持っていったと言う時点で変態の域に入るような気がするのだが。
そして数分後――――――――――――
思っていたよりも早く着替え終わった美鈴は、ついさきほどまで着ていたボロボロの服と栄人の上着を手に持って試着室からでてきた。そしてその姿により、美鈴がどれだけ美しくなったかということは、嫌でもまわりにいた客などが教えてくれた。試着室を出た途端、その羽衣のようにゆるやかな長い黒髪と整った顔立ちに、それをさらに際立てる明るい色をしたオレンジの服に藍色のスカートをはいた美鈴に誰もが視線を釘付けにした。
あれ・・・・?
しかし、美鈴はさきほどまでこの上なく楽しみにしていた服やスカートを着ていてもうれしそうな表情をしていなかった。あたりを何度もキョロキョロ見わたしながら、むしろ徐々に不安そうな表情を浮かべてきていた。それはまわりの客にじろじろと自分の姿を見られていたからではない。
栄人が店内にいなかったからだ。
「栄人・・・・?隠れてるの?い、いるなら出てきなさいよ。」
今までの強気な態度であった時の美鈴とはまるで違い、今の美鈴はまるで親離れできない子供のような様子だった。途端に栄人がいなくなった瞬間、美鈴の中では不安などの感情が催されていた。
確かに今の美鈴の状況では栄人だけが頼りになる存在で唯一信頼できる相手なのだろう。その栄人がいなくなったと思えば、不安などの感情が湧き出てくるのは当然である。しかし、当の本人である栄人は、ただ単純に美鈴に変態扱いをされるのが嫌で一時的に店から出ているだけなのだが。
「栄人・・・どこにいるの・・・・?」
美鈴は泣き出しそうな声で小さく呟いた。
何かご感想などがありましたら、どうぞお聞かせください。




