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だんまりさんとケッペキ君 ☆書籍化準備中☆  作者: 綿谷ユーリ


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32 憧れの中庭ランチ

 それから私達は、珈琲を飲み干すまで他愛もない昔話をたくさんした。


 すっかり遅くなっちゃったけど……蛍ちゃんからお母さんに「まーちゃん、疲れてたみたいでうたた寝しちゃって。いえ、おれが起こさなかったのが悪いんです。はい、はい、送っていくので心配しないで下さい。では」と手際よく電話してくれたので、私達は気兼ねなくのんびりと夜の街を歩き始めた。


「まーちゃん、あのさ」

 ふいに蛍ちゃんが脚を止める。


 先程まで吹っ切れたように晴れやかに喋っていたのに、急に思い詰めた表情になる。私は思わず身構えた。


「……手繋いでもいい?」


 一世一代の大勝負に出たみたいな顔をして言うので、つい「ぷっ」と吹き出してしまった。


「あははっ。もー何言うのかと思ったよ」

「まーちゃん笑いすぎ……」

「手を繋ぐなんて、何か小学生に戻ったみたい。別にいいよ」

「!」


 私はためらいなく彼の手をぎゅっと握った。蛍ちゃんは顔を赤らめたけれど、私は懐かしいようなくすぐったい気持ちになるばかりで……。千明くんと握手したときのようなドキドキが無いことに、罪悪感すら感じた。

 

「まーちゃん、さっきは怖い思いさせて本当にごめんね」

 手を繋いで歩きながら、蛍ちゃんが申し訳無さそうに言う。


「本当はこの前も、キスどころか告白するつもりすらなかったんだ。でも、呑気な顔した千明見てたら無性に腹が立って……。本当に、何であんなことしちゃったんだろ。しかもまーちゃん、キスしても全然ときめいてくれないしさぁ」

 不満そうに私を見下ろして口を尖らせる。


「どうせフラれるなら、一欠片も未練が残らないほど粉々に砕け散ろうと思ったのに……これじゃあ諦めきれないや」


 蛍ちゃんは冗談っぽく笑う。思えば二人で話す時はいつも自然と彼が聞き役に回っていたので、こんな風に蛍ちゃんが取り留めもなく喋っているのは、ちょっぴり新鮮で嬉しかった。


 私は彼の手を握る力を強めて言う。

「あのね。友達が言ってたんだけど、思ってることその場で言わないと損するんだって。私は蛍ちゃんの本音が聞けて嬉しかったよ」

「友達? まーちゃん、千明以外にも友達出来たの! すごいね!」


 うーん……微妙に噛み合ってない。


 でも、そんな行き当たりばったりな会話が出来ることも、私にとっては特別な相手のだ。


「お友達の言う通りかも。事故みたいな告白だったけど、言って良かった。こんな良い思い出も出来たしね」

 蛍ちゃんが遠足みたいにぶんぶんと私の手を振って楽しげに言う。思い出、という言い種が少し胸にひっかかった。


「……大袈裟だなぁ。手を繋ぐくらい、いつだって出来るでしょ」

 作り笑いをして言ったけど、蛍ちゃんは私を見ずに斜め上の方に視線を泳がせる。彼が何か思案しているときの癖だ。


「――そうだね」


 そう言いながら、突然名残惜しそうに私の手を離す。ふと辺りを見れば、もう私の家の前だった。


「それじゃあ、おやすみ」


 胸の前でひらひらと手を振る彼が――何故かこれきり遠くに行ってしまうような気がしたのは何でだろう。


「……またお店行くね!」

 変に焦って叫んだので、声が裏返った。


 蛍ちゃんはパチパチと瞬きしてから、ふふっと優しく微笑む。


「今度はちゃんとスイーツ用意しておくよ」


 煌々と灯りのついたマンションのエントランスに私を残し、一人夜の街へと引き返していった。




 翌日。


「茉莉花!」「だんまり!」


 昼休みになった途端、バタバタと千明くんと愛実ちゃんが私の席にやってきて叫んだ。二人の音圧で私の前髪がふわっと持ち上がる。


「お?」「はうっ!」


 思いがけず千明くんと大接近した愛実ちゃんが、聞いたこともない愛らしい声を上げて飛び退いた。


 千明くんが彼女と私を見比べて言う。


「茉莉花、昼休み高橋さんと予定あんの?」

「へ? ……あ!」


 今思い出したのが愛実ちゃんにバレないよう、マスクの下でうんうんと大袈裟に頷くと、千明くんは「そっかぁ」とあからさまにしょんぼりした。尻尾を下げる仔犬みたいでうっかりキュンとしてしまう。


「千明様ごめんなさい。だん……本田さんはめぐ達と中庭でダンスの練習する約束してたの」


 愛実ちゃんが別人のようにもじもじしながら言う。“本田さん”なんて呼ばれことないし!


「茉莉花ちゃん行こー」

「練習の前にみんなでお昼食べようや」


 茜ちゃんと小森くんがお昼ごはんをぶら下げてやってきた。

 私はすぐに「うん」と返事して、意気揚々と立ち上がる。


(私が中庭で友達とお昼を食べる日が来るなんて……!)


 毎日一言も発さずに過ごすことだけを考えていた頃には、想像も出来なかった。


 それに昨日レベル5を勢いで乗りきっちゃったので、もう一度きちんと挑戦してみたい。千明くんや蛍ちゃんと仲直り出来たからか、今の私は妙にやる気に満ち溢れていた。


 私達は千明くんを一人ポツンとその場に残し、ぞろぞろと歩きだした。

 憧れの中庭ランチに浮き足だった私が、にっこり振り向いて「またね」と手を振ると、


「お……俺も行く!」

 何故か千明くんも、小走りで私達の後を追いかけてきた。



 外は風も弱く爽やかな秋晴れだ。


 私達はテーブルを挟んで向かい合わせになった二つのベンチを陣取った。向こう側に愛実ちゃんと小森くん、こちら側に私と茜ちゃんがまず座る。


「翼もっとそっち詰めなさいよ。千明様っ、ここ座ってください!」


 愛実ちゃんはお尻で小森くんを押し退けると、ベンチの空いたスペースをぺしぺしと叩いた。


「あー、ありがと。ちょっと待って」

 千明くんは雨風に吹きさらしのベンチを一瞥すると、少し考えてからブレザーの胸ポケットに手を突っ込む。


 そして、バサッ、と真っ白い布を華麗に取り出した。


「きゃぁ♪」

 マジシャンみたいな仕草に愛実ちゃんが黄色い声を上げる。千明くんはひらりと布をベンチに広げてからその上に腰掛けた。全くもって格好いい場面ではないんだけど、彼がやるといちいち様になるから不思議だ。


「千明様あの……良かったら、めぐのお弁当食べてください!」

 愛実ちゃんが、巨大なお弁当箱を広げながら目の中に星を瞬かせて言った。


 千明くんは「げっ」と小さく声を上げて目を泳がせる。こうなることが目に見えてただろうに……本当に何でついて来たんだろう。


 私はやれやれと小さくため息をついて言う。

「千明くんは朝しっかり食べるから、お昼は食べない派なんだよね?」

「ん? 茉莉花よく知ってるな」

「え」

 彼をフォローする為の適当な嘘だったんだけど、案外事実だったようだ。


「そっか、だから誰がお弁当作ってきても食べなかったんですね。なぁ~んだ!」

 私の雑な演技に騙されてくれた愛実ちゃんは、謎が解けた!とばかりに爽快な顔になる。残念ながらそれは逆で、『誰かが作ってきたお弁当を食べたくないから、朝ごはんをたくさん食べてきてる』の間違いなんだろうけど……言わないでおこう。


 それより。


(あれ……さっき私、普通に話せてた!?)


 無意識のうちに、自然と会話に混ざって喋れていた。

 多少気の知れた人達となら、という条件付きだけど、これはレベル5達成でいいんじゃない……?


 私が人知れず歓喜に震えていると、


「みんな食べ終わった? さっさと始めよ!」

 巨大なお弁当をペロリと平らげた愛実ちゃんが、パンパンと手を叩いた。怪我しているとは思えない機敏な動きで鞄から小型スピーカーを取り出し、せっせと音楽の準備を始める。


「まずはお手本ね。茜と茉莉花ペアで踊ってみて」

「ラジャー!」「え?」


 茜ちゃんはピシッと敬礼して前に出たけど、事前に何も聞いてなかった私はその場で硬直した。


 しかし、すぐに音楽が流れ始める。

 ポニーテールを揺らして戻ってきた茜ちゃんに「行こう!」と手を引かれ……あれよあれよという間に前に引きずり出された。


 こうなった以上、もうやるしかない。


 キレッキレに踊り始める茜ちゃんの隣で、私は赤面しながら手足をバタつかせた。


(は、恥ずかしい……!)


 中庭には他の生徒達もいる。何より千明くんに見られていると思うと、全身が沸騰したように毛穴からぷつぷつと汗が滲み出てきた。とてもじゃないけど彼の顔は見られない。


 私は代わりに小森くんの様子を見た。

 ふんふんとリズムをとるように顎を揺らし、穏やかな顔でこちらを見ている。お茶の間で紅白を見ているみたいなのほほんっぷりだ。

 男子役は動きが激しく、女子役より遥かに難しい。果たして彼がこれを数日で踊れるようになるんだろうか?


 私は茜ちゃんの首に手を回して上体をぐいっと反らす。片足を振り上げると同時に全体重を彼女に預け――青春ラブストーリーのハッピーエンドらしいラブラブな決めポーズでようやく踊りきった。


「すごい!!」「ほんまやねぇ」

 音楽が止まると、千明くんと小森くんが目を輝かせて拍手し始めた。


「じゃ、今度は翼と茉莉花ね」

「え、いきなり?」

 私はひぃふぅと息を整えながら、驚いて愛実ちゃんを見上げる。


 さぞかし小森くんも焦ってるだろうと見てみれば、彼は顔色一つ変えずそっと眼鏡をケースにしまっていた。


「僕はええけど、本田さんは疲れてない? あれやったら休憩挟んでも……うわっ!」

 眼鏡を外したまま前に出てこようとして、雑草に躓きスッテーンとずっこける。


「私は大丈夫だけど……大丈夫?」

「あはは、悪いなぁ」

 彼の手を取って引き起こしながら、私は激しく不安になる。


 小森くんが立ち上がるや否や、スパルタ教官愛実ちゃんは慈悲もなくスピーカーのスイッチを押した。


 ズンズン……♪とイントロが流れ始め、私達は慌てて位置につく。


「!」


 踊り始めると、急に小森くんの表情が変わった。


 確か日本舞踊をやっていると言ってたけど……流し目で優美に舞う姿は舞妓さんのように妖艶で、荒々しく踊る場面はさながら歌舞伎役者。よく見れば所々振り付けが違うんだけど、それを感じさせない完成度の高さだ。

 気づけば私の方が彼にリードされる格好になり、最後の決めポーズまで息ぴったりで踊りきった。


「どやった?」

 決めポーズの体勢、つまり小森くんは私の体重を腰に回した腕一本で支えつつ言う。


(どやったも何も……上手すぎでしょ!)


 と心の中で叫んでベンチを見れば、拍手しているのは何故か茜ちゃんだけだった。


 愛実ちゃんと千明くんは……何故か揃って眉根を寄せ、複雑な表情を浮かべている。


「まぁ翼にしては上出来じゃない? でも……」

「いや、マジですごかった。すごかったんだけど……」


 そう言って、ラブラブな決めポーズのまま硬直している私達をじろりと見ると、


「「何かムカつく!」」


 言葉を選ばない二人が、同時に叫んだ。



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