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だんまりさんとケッペキ君 ☆書籍化準備中☆  作者: 綿谷ユーリ


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30 レベル5のお見舞い

 愛実ちゃん、そして私や小森くんの最寄り駅である雀台駅に着いた私達は、そこからさらにバスに乗り換えた。


 幸いあまり混雑しておらず、一番後ろの長い席に三人並んで腰かける。


「小森くんも高橋さんも、電車とバスで通学なんて大変ね」

「僕はもう慣れましたねぇ。まあ、怪我した愛実にはしんどいかもしれんけど」


 朝比奈先輩と小森くんが、淀みなく会話している一方で。


「…………」

 窓際の隅に座る私は、一人静かに脳みそをフル回転させていた。


 そして計りに計ったここぞというタイミングで、

「そうですねー」

「確かに」

「うんうん!」

 相応しいであろう相槌を打つことに専念していた。


 それだけでも、ちゃんと会話に混ざっている雰囲気にはなる……はずだ。


 二人ともまだ千明くんや蛍ちゃんほど気兼ねなく話せる仲ではないから、他の乗客もちらほらいる中での会話はこれが限界なのだ。


 閉じかけていく声帯に抗いながら、会話についていくこと15分程。


“次は、雀ノ森公園です。お降りの方は――”

「次、降りますね」


 ピンポーン、と小森くんが降車ボタンを押す。

 バスは住宅街の中をのそのそと進み、木々の生い茂る広々とした公園の前で停まった。


「大変!」

 バスを降りると同時に、先輩がハッと目を丸くして立ち止まった。


「私ったら、手ぶらで来てしまったわ。小森くん、この辺りに何か良いお店はない?」

「気にせんでええと思いますけど……。あそこに愛実のお気に入りのケーキ屋さんなら」


 小森くんは苦笑いしながら公園の方を指差す。ちょうど敷地を突き抜けた先に、可愛らしい外装の小さなお店が見えた。


「すぐ戻るわ!」

 先輩は私達をその場に残し、驚くべきフットワークの軽さで駆けていく。


「行ってしもたねぇ」

「うん」


 私と小森くんは、仕方なく降り立ったばかりのバス停のベンチに腰掛けた。


 さわさわと木々が揺れ、子供達の騒ぐ声が遠く聞こえる。


 一対一になった途端、自然と体の力が抜けて胸が開いた気がした。私はすうっと静かに深呼吸する。


「本田さん、バス大丈夫やった?」

「え?」

 突然小森くんが心配そうに訊いてきた。私は驚いて首を傾げる。


「口数少なかったから、気分悪いんか思ぅて。酔ってへん?」

「あっ、違うの! その……私、人前で話すのが苦手で」


 そんな純粋な瞳で心配されたら、何だか申し訳ない気分になる。私はおろおろと余計なことを口走った。

「一対一はいいんだけど、グループで話すと駄目なの。自分が発言するタイミングが分からないし、会話の流れを止めちゃうんじゃないか不安で……」


 こんなことを言ったって、困らせるだけなのに……。


 後悔しながら恐る恐る彼の反応を見ると、小森くんは意外にも「うんうん」と深く頷いていた。


「気持ちわかるわぁ」

「ほ、本当に?」

「うん。要するに自信が無いんよね」

「そうそう!」


 同志を見つけた気分になり、思わず嬉しくなってしまった。私は身を乗り出して言う。

「私、自分に胸を張って言えるようなことが何もなくて……。つい周りの反応ばっかり気にしちゃうの」

「あー、僕も中学ん時そやった。でも……」


 彼は縁側に座るお爺さんみたいに、とびきり穏やかに微笑んで遠くを見る。


「自信ゆうても、何も自分の中から見つける必要はないんやない? ほら、あそこの子供らなんて、人前で遠慮なくわんわん泣いとるやろ。きっと父さん母さんに愛されとるんやなぁ」

 そう言って、公園で遊ぶ子供達を指差す。ちょうど小さな子がぺしゃんと転んで「ママぁ~」と大泣きし始めた。


「あの頃僕、いつも真っ暗な部屋に独りぼっちな気分やった。どこかに扉があるはずなのに、自分では気づけへん。やけど愛実がそれを開けてくれた時、ぱぁっと光が差し込んで……昨日までの自分とは細胞から全部生まれ変わったみたいに、見える景色が変わったんや。僕の自信の源はずっとあの瞬間にある。……あぁ僕、また自分のことばっか喋ってるわ。ごめんな」


 ……何故だろう。


 彼の言葉がすっと胸に染み込んで、自然と思い浮かべたのは――蛍ちゃんの顔だった。


「せやけどまずは、内側から鍵をかけんことやね」

「?」


 彼はにっこり微笑み、ちょんちょんと口元を指差す。


 すぐに私はその意味するところに気づき、

「……うん」

 そっとマスクを外した。


 その時。

「お待たせー!」

 パタパタという足音と共に、良く通る先輩の声が遠くから聞こえてきた。


「ほな行こか。もうすぐそこや」


 女の子と見間違うほど華奢なのに。

 立ち上がりすっと背筋を伸ばした彼の背中は、とても大きく見えた。



 愛実ちゃん家は本当にすぐそこだった。

 おとぎ話に出てきそうなレンガ造り風の可愛らしい一軒家だ。そして、その隣の純和風なお宅が小森くんの家らしい。随分両極端だなぁと思わず見比べてしまう。


 小森くんがインターホン越しに「あのぅ」と一声かけると、


「ハイハーイ!」


 すぐさまドアが開き、エプロン姿の男の人が満面の笑みで明るく出迎えてくれた。


「いらっしゃい! お、今日は友達連れかい? 両手に花だねぇ」

 愛実ちゃんの父親らしきその人に肘で小突かれ、小森くんは困ったようにへへへと笑う。

「おじさん、僕ら愛実のお見舞いに来たんやけど……中、ええですか?」

「もちろん! さぁ入った、入った」


 何だろう、この感じ。

 小学校から幼馴染みの私と蛍ちゃんより、よっぽど幼馴染みっぽい。本人達の気持ちはともかく、既に“親公認”な雰囲気だ。


 先輩がつまらないものですが、と先ほどのケーキを手渡し、私達は二階の愛実ちゃんの部屋に促された。


 小森くんがドアをノックすると、「はぁーい」と愛実ちゃんの不貞腐れたような甘ったるい返事が返ってくる。


「愛実、僕や。中入るで」

 ガチャ、と小森くんがドアを開けると。


「もぅ、お見舞いなんて要らないって言ったじゃん……え、だんまり? ヒナ先輩も!?」

 愛実ちゃんは包帯でぐるぐる巻きになった右脚を投げ出して、ベッドの上に座っていた。下はグレーのショートパンツ、上は目の覚めるような蛍光色のスポーツブラ一枚である。

 しかもトレーニング用のゴムチューブのようなものを背中に回し、ぐいーっと胸を張っている。


「ヒナ先輩、めぐのためにわざわざ来てくれたんですか! 嬉しい~。適当に座ってください! ほら、だんまりもその辺座って」

 大胆にも露わになっている綺麗な谷間と、程よく引き締まった腹筋に、思わず女の私でも見惚れてしまう。


「ちょっと翼、突っ立ってないで先輩に座布団出しなさいよ」


(翼……? あ、小森くん!)


 ようやく彼の下の名前を思い出すと同時に、私は愛実ちゃんの刺激的過ぎる格好を見てハッとした。


「め、愛実ちゃん、そんな薄着で寒くない?」

「別に」


 ダメだ。全然意図が通じなかった。


 オロオロと彼を見れば、先頭で入ったはずの小森くんはいつしか入口近くでピタリと足を止めていた。

 眼鏡が反射して顔色がよくわからない。


「……大丈夫や、本田さん」

 小森くんはカチャ、と静かに眼鏡を外す。


「これで何もかも靄にしか見えへんから……あだっ!」

 一歩踏み出したと思ったら、床に散乱していたレシピ本に足を滑らせて尻餅をついた。


「相変わらずドジなんだから」

 呆れたように言うと、愛実ちゃんはようやくゴムチューブを手離し枕元のジャージを羽織る。私はそっと胸を撫で下ろした。



 改めて部屋を見渡す。

 カラフルなマカロンクッションがころころと転がり、本棚には料理とトレーニングに関する本がずらりと並んでいる。彼女らしい部屋だなぁと眺めていると、おじさんがお茶とケーキを持ってきてくれて、私達はそれをつつきながら喋ることにした。


(いよいよだ……)


 端から見たら、至極ほのぼのとした光景だろうけど……。


 私にはみんな揃って言った「いただきまーす」が、開戦を知らせる法螺貝の響きに聞こえた。


「足の具合はどう?」

 先輩が心配そうに尋ねると、愛実ちゃんはショートケーキを頬張りながら明るく言う。


「全然大丈夫ですよ! 痛みも腫れもひいたし、サポーターつけて明日から登校するつもり! むしろ動かさないと、筋力落ちて治り悪くなるんだって」

「それは良かったわ!」


 先輩は嬉しそうに手を叩き、同じくショートケーキを食べ始めた。


 幸い、まだひどい発作は起きていない。

 事情を知る小森くんが隣にいることで、少し緊張が和らいでいるのかもしれない。


(よし。私も愛実ちゃんにお見舞いの言葉をかけよう……!)


「ぁ」

「でも体育祭は残念だったわねぇ」


 勇気を出して口を開いたが、先輩と被ってしまった。私の掠れ声は先輩のハキハキとした声に掻き消される。


 今のは運が悪かっただけ。もう一度……!


「ぉ」

「そうなんですよー! せっかく実行委員なんて面倒臭いこと引き受けたのに。ダンスも出られなくなっちゃったしぃ」


 またダメだった……。


 ガクッと人知れず肩を落とすと、小森くんが「ナイストライや」とひそひそ声で励ましてくれる。私達は仕切り直しとばかりに、揃ってモンブランを頬張った。


 ショートケーキ組二人は、くるくるとフォークを宙で踊らせて軽やかに女子トークに花を咲かせる。

「あーあ。せっかくヒナ先輩と考えた作戦が台無しだよ。マジ萎えるー」

「そうね。高橋さん、実行委員もダンスもあんなに頑張ってたのに……千明のために」


「「え?」」


 モンブラン組が同時に声を上げる。


「作戦? 千明くん……?」

 いきなり彼の名前が出てきて驚き、私はためらいもなく声を出していた。


「どういうことや?」

 小森くんも、フォークにマロングラッセを乗せたまま眉を潜めた。


 愛実ちゃんは苺を齧りながら、自慢げに鼻を高くして言う。

「実行委員になって、借り物競争の札に“手袋をつけた人”ってのを作るでしょ。それを自分が走るときに置かれるようにすれば……千明様と手を繋いでゴールイン! ダンスはあえて男子役を選んで、千明様に制服を貸してもらうつもりだったの。先輩の作戦、めっちゃ冴えてる!」


 なるほど、手が込んでる。

 まぁ、千明くんはそう簡単に制服を貸さないと思うけど……。


「あ」

 そんなことを考えていたら、隣の彼のことを忘れていた。


 慌てて振り向いた時には、ポロン、と小森くんのフォークからマロンが落ちていた。


「あ、あはは……。おかしいと思ってたんや」

 小森くんは素手でそれを拾いながら力なく笑う。


「愛実、委員会とか嫌がるのに、やけに積極的やったから。僕はてっきり……。あぁほんま阿呆やわ僕」

 少し声が陰ったと思ったら、掴んだマロンをポイっと口に放り込み、下を向いたまま咀嚼し始めた。


 ごくん、と飲み込んで顔を上げた時には、


「愛実、桐ケ谷くんの大ファンやもんなぁ」


 いつもと変わらない穏やかな笑顔に戻っていた。


 私はズキっと突然胸が苦しくなって、思わずみぞおちに手を当てる。


(あぁ、この顔、見たことある……)


 正面から見ると、とろけそうに優しくて。

 横から見たら――深い諦めと憂いを帯びているような。

 

 ……そっか。

 私、いつもこんな顔をさせてたんだ。


 大事な、大事な、幼馴染みに。



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