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23 返事

「わぁーん!!」


 しばらくして。

 高橋さんが涙腺の限界を迎え、泣き叫びながら一目散に部屋を飛び出した。


「高橋さん待って! 違うの、そんなつもりじゃなかったのよぉー!」

 朝比奈先輩が慌てた様子で彼女の後を追いかける。相当責任を感じているみたいだ。


 必然的に室内には、私と千明くんの二人が取り残された。


(言っちゃった、言っちゃった、いっちゃった、イッチャッタ……)


 頭の中では、警報のように同じ言葉がエンドレスで鳴り響いている。

 私の身体は危機対応のため、外部からのインプットを完全に遮断し、筋肉を動かすエネルギーも全て司令塔である脳へと送られていた。


 簡単に言うと、石化していた。


「あのさ、茉莉花…………茉莉花?」




 その頃、私の脳内では。


『『大変だあああー!!』』


 突然の天変地異に、()()()たちが大パニックになっていた。


『誰か早く“言っちゃった警報”止めてよ!』

『さっきドカンッって聞こえたの何!?』

『もうおしまいだぁー』

『みんな落ち着いて! まずは彼が本当に聞いてたかどうか確かめないと』


『『どうやって!?』』


『もうおしまいだぁー』


 強気な私、臆病な私、弱虫な私、冷静な私……色んな私が好き勝手に喚き散らして天地がひっくり返るような大騒動である(※というイメージ)。


『大変、私たちの意見がバラバラ過ぎて()()()がフリーズしてる!』

『まずい、彼が心配そうに近づいてきたよ』

『早く何か言わないと!』


『『司令官、指示を!』』


“本日の司令官”と書かれた三角のパーティーハットを被っているのは、事なかれ主義の私。立派なデスクに腰かけて両肘をつき、おでこの前で拳を握っている。


『むむぅ』


『早くしてよ!』『もうだめだぁ』『みんな同時に喋らないで。ほら、何か言うみたいだよ!』


 冷静な私が指差した先で、事なかれ主義の私がそろりと顔をあげ、司令官らしからぬ青ざめた顔で言う。


『……「なーんちゃって♪」って言ってみたらどう?』


『『もうおしまいだぁー!』』


 その他大勢の私達が大合唱した。


 すると、

『ちょっとそれ貸してくれる?』

 恋愛体質の私が突然しゃしゃり出てきた。


 彼女は戦意を喪失した事なかれ主義の私から、あっさりと司令官ハットを奪う。


『みんな聞いて! 今さらごまかしても不自然なだけ。彼のことが好きって気持ちのどこが恥ずかしいの? もっと自分に正直になろうよ!』


 夢見がちな乙女みたいな目で力説する恋愛体質の私に、その他大勢の私達が『おおー!』と謎の感心の声を上げる。


『これはピンチじゃない。チャンスだよ! 今こそ彼の気持ちを確かめなきゃ!!』――




「か……りか…………茉莉花!」

「へ! にゃに?」


 脳内で意見がまとまった途端、パッと石化がとけた。

 気付けば千明くんが心配そうな顔で、必死に私の肩を揺すっていた。


「にゃに?、じゃないだろ。何度呼んでも無反応だから、立ったまま気絶してんのかと思ったよ」

「あ、ごめん。何かちょっと変な夢見てたみたい…………で」

「あ」


 彼の吐息で、私の前髪がふわっと浮く。


 両肩をつかまれ顔を覗き込まれているこの体勢、よく考えたら、かなりの至近距離だ。


「ごめん!」

「う、うん」


 千明くんが急に謝り手を離すと同時に、私達は赤面してダダダッと互いに距離を取った。


 なんとも言えぬ気まずい沈黙が流れる。


 カチコチカチ……という時計の音が余計に気持ちを焦らせる。


 脳内では恋愛体質の私が『チャンス、チャンス!』と騒いでいる。

 いつもは隅っこで影を潜めているはずなのに、司令官ハットを被ってしまったものだから、その発言力は百人力だ。


 ドキドキドキ……と激しい鼓動ですら、まるで応援団の大太鼓みたいに私を鼓舞しているように聞こえる。


「千明くん」

「お、おう……」


 突然目が据わった私に千明くんはビクッとたじろいだ。


「さっきの聞いてたよね?」

「……う……」


 彼は鼻に糸屑みたいな床のゴミをひっつけたまま、あからさまに目を泳がせた。


 そして少しためらってから、気まずそうに頷いた。


「ごめん……。何話してんのか気になって、ドアの隙間から覗いてたんだ。途中まで全然聞きとれなかったんだけど、最後の叫んでたところだけは……ハッキリ聞こえた」

 そこまで言って目を反らし、ますますりんごみたいに頬を赤らめる。


「返事」

「え」


 私が呟くと、千明くんはぽかんと口を開けてこちらを見た。そんな間抜け面ですら最高に格好よくて、私は身体がガァーッと熱くなり、喉が焼けただれたみたいにヒリヒリしてくる。


「返事……聞かせて?」


 彼は今どんな顔をしてるんだろう。気になるけど、怖くて頭を上げられない。千明くんは顔に全部出ちゃうタイプだから。


「…………」


 私はぎゅっと目をつぶり、彼の言葉を待つ。けれど、千明くんの声はなかなか聞こえてこない。

 時間が経つほどに、昂っていた気持ちはみるみる萎んで絶望へと変わっていく。


 あと3秒、彼が喋るのが遅かったら、たぶん返事を聞く前に逃げ出してしまってたと思う。


「ごめん」


 彼の口からその言葉を聞いた途端、鼓膜が“キーン”と異音を立てた。


「俺のこと、そういう風に想ってくれてたのは本当に嬉しいんだ。茉莉花はすごいかわいいって思うし、俺にとって無くてはならない大事な人だよ」


 言葉が頭上を滑って通り過ぎていく。


 彼が返事を考えあぐねている時点でこうなるってわかってたはずなのに、いざ突きつけられると頭が真っ白だった。


「でも、大事だからこそ嘘はつきたくない。だから正直に言うよ――俺は茉莉花に恋愛感情を持ったことはない」


 一切含みのない清々しい言葉がいかにも彼らしく、太く真っ直ぐな鋼鉄の槍となって胸にぐさりと突き刺さる。

 

「ごめんな」


 その一言が、とどめだった。


 千明くんが今にも泣き出しそうな顔で苦しげに私を見ている。フラれたのは私なのに、まるで自分のことみたいに。


 そういうところが、本当に好きだった。


 でも、これで私の初恋はおしまい。


 火照っていた頬がすぅっと冷め、胸の辺りが何故か肌寒い。身体の中心に大きな風穴が空いて、悲しいとか恥ずかしいとか、そういうのを感じる器官が吹き飛んでしまったみたいだ。


 私は再びフリーズしていた。


 脳内では、恋愛体質の私が外の私と同じく放心状態で立ち尽くしている。その頭からぽとりと司令官ハットが落ちて、行き場を失いコロコロと転がっていく。


 それをそっと拾い上げたのは、司令官率ナンバーワンの、事なかれ主義の私だ。


『いつも通り私に任せておけばよかったのに……。そしたら、こんなに傷つかないで済んだはずだよ』


 やれやれ、と肩をすくめてハットを被り直す。

『今からできる最善策は、彼と気まずくならないことぐらいかな』――




「ありがとう」

「?」


 しばしの沈黙の末、私が急に呟いた感謝の言葉に千明くんは少し驚いた様子だった。


 私は前髪で目元を隠しながら言う。

「ありがとう、正直に言ってくれて。おかげでスッキリしたよ」


 前髪の隙間から垣間見える千明くんが、キツく唇を噛み締めて辛そうな顔になる。その顔にぎゅっと胸が締め付けられる。


 私は無理やり笑顔を作り、慌てて言葉を紡いだ。

「そ、それよりさ! 千明くん何か大事なこと忘れてない?」

「え?」

「私さっき、人前で大声出せてたでしょ。私のレベル表、見てみてよ」


 千明くんはきょとんとしながらも、スマホを取り出し私のレベル表を確認する。


「本当だ! しかもレベル7!」

 途端に彼の表情がパッと明るくなった。


「超すごいじゃん、茉莉花!」

「でしょー」


 ふふん、と私は鼻高々に胸を張ってみせる。

「だから、今度とびっきりのごほうびお願いね!」

「おう! ていうか、レベル3のごほうび演奏もまだだったな。テストも終わったし、明日にでも蛍太のとこ行くか」

「やった! 曲はジャズじゃなくていいから、千明くんが得意なやつが聞きたいな」

「任せとけ」


 私達はお互いに少しぎこちないながらも、いつもの調子で微笑み合った。


「ていうか千明くん、顔洗ってきた方が良くない?」

「ん?……ああっ!」


 千明くんは血相を変えて生徒会室を飛び出していった。


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