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だんまりさんとケッペキ君 ☆書籍化準備中☆  作者: 綿谷ユーリ


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22 レベル7の宣誓

 それから数日経った、放課後のことである。


「ふん!」

「……」


 紅茶がふわりと香る生徒会室で、私は高橋愛実と面と向かい合って座っていた。


 彼女は不本意さを全面に出し、椅子にふんぞり返って腕と脚を組んだまま、ずっとそっぽを向いている。

 対する私は、死を宣告されたみたいに青ざめて、手に汗握りながら身を縮めていた。


 逃げも隠れも出来ない状況に、さっきから私の脳内はてんやわんやの大混乱だ。くらくらするような急展開である。


 そして、私達の他にもう一人。


「さあ二人とも。思う存分語り合いましょ」


 ちょうど二人の真ん中、オフィスで言えば課長や専務が座るであろうお誕生日席に、一際目を引く美女――朝比奈先輩が威風堂々と座っていた。



 遡ること数時間前。

 今日の昼休み、私は生徒会室にいた。


 蛍ちゃんと話し合った結果、これ以上ない適任者である朝比奈先輩に相談することにした私は、ここ数日、毎日生徒会室を訪れていた。

 しかし、10月から晴れて新生徒会長に就任した先輩はかなり多忙のようで、なかなか会うことが出来ず……。ようやく今日、体育祭の運営会議を終えて出てきたところを捕まえることが出来たのだ。


 先輩は私が『二人きりで話したい』と言うと、恋の相談とでも思ったのか、ルンルンで人払いをし紅茶を入れてくれた。

 けれど、いざ私が例の件を話し始めると、顔色をがらりと変えた。


「Wow、なんてことなの……」


 ハリウッド女優ばりに悲嘆し、ぽろりと涙を一粒溢したと思ったら、急に美しい顔を憤怒に歪めてぎりぎりと歯を食い縛る。

「本田さんがこんなときに……。千明ったら相変わらず鈍すぎて腹が立つわ」


 さらに今度はキリッと意を決した表情になったかと思うと、


「もう大丈夫よ。私に任せて!」


 両手で私の手を包みこむように握りしめて、選挙活動のような熱血さで宣言した。


 そのとき、なんとなーく不安がよぎったのだが……その予感は程なくして的中することになる。



 ピンポンパンポーン。


 帰りのホームルームが終わる頃、臨時の校内放送が流れた。


“1年A組本田茉莉花さん、高橋愛実さん、桐ヶ谷千明。ホームルーム終了後、速やかに生徒会室に来るように。いいえ、やっぱり迎えに行くからそこで待ってなさい!”


 明らかに台本のないアナウンス。

 よく通る声と毅然たる口調は、間違いなく朝比奈先輩だった(うっかりかわざとか知らないけど、千明くんだけ呼び捨てだった)。


 全校放送で呼び出しなんて……さすが先輩、スケールが大きすぎる。

 おかげでただでも目立つことが苦手な私は、ザッと周囲の視線が集まった瞬間、まるで生きた心地がしなかった。


 でもよく考えたら、これは私を攻撃していた不特定多数の生徒達への宣戦布告なのかもしれない。

 あなた達を率いていた高橋さんをこれから糾弾しますよ、という。


 そしてホームルームが終わると同時に、ガラガラピシャンッ!、と戸を壊す勢いで乗り込んできた先輩に導かれ――。


「さあさあ二人とも。黙っていても何も解決しないわ」


 現在に至る。


 ちなみに、千明くんはと言うと「何なんだよ!?」と訳もわからず連れてこられた挙げ句、先輩に「話がつくまでここで反省してなさい!」と叱られ、生徒会室の廊下に立たされている。何故か先輩には頭が上がらないみたいだ。


「ねえ、めぐもう帰りたいんだけど?」

 高橋さんは組んだ脚の爪先をイライラと揺する。


「別に話すことなんてないもん」

 そう言って彼女は制服のポケットから爪磨きを取り出し、せっせと指先のお手入れを始めた。既につやつやのぴかぴかなのに、飽くなき美容への執念だ。こんなときだけど、ちょっと感心してしまう。


「本田さんは……無理そうね。じゃあ、私から質問させてもらいます」

 先輩は青ざめて黙りこむ私を見ると、そう言って、ごくりと紅茶で喉を潤した。


「まず高橋さん。あなたは何で本田さんにあんなことをしたのかしら?」


 高橋さんは爪を磨く手を止めずに、さも面倒臭そうに言う。

「だからさぁ……。あんたが千明様と手を繋いでたのがムカついたの。ていうかこれ、直接本人に言ったし」


 先輩は「そうなの?」と私を見て首を傾げる。私はこくりと頷いた。


 高橋さんはとにかく早く話を終わらせたいようで、イライラと早口で言う。

「言ってるじゃん。めぐはただ、あんたが何の努力もせず彼の隣にいるのが許せないの! 別に千明様が幸せで、相手が先輩みたいな超美人か、めぐみたいな超努力家だったらいいよ? でも、あんたは大して可愛くもなければ性格も暗いし、いつも何考えてるかわかんない。そんなの納得出来ないじゃん!」


 一言一言がボディーブローのように私のメンタルを削っていく。血反吐を吐きそうな気分だ。


「めぐの方がずっと前から……こんなにいっぱい努力してるのに、何で……!」

 次第に高橋さんは怒りから悲しみへと声色を変え、綺麗な指先が真っ白になるほど拳を強く握り締めた。


 私はじっと黙りこむ。

 この前トイレで同じことを言われたときは、単に人前で話すことが出来なかったのだが、今は違う。頑張れば声も出せそうなのに返す言葉が見つからないのだ。


 だって彼女の言うことは正しい。


 私がこれまで千明くんと一緒にいられたのは、単に私が彼の治療に必要だからだ。私には彼に見合うような美貌も器量もなければ、彼女のような努力もしていない。

 私なんかより、よっぽどここにいる二人の方が彼の隣にふさわしい。


 だから本当は。

 いつも本当は……。


「高橋さんの言う通りだよ」


 彼に潔癖症を克服して欲しいと願うのと同じくらい、彼が誰とでも触れ合えるようになってしまうのがすごく恐い。


「私は最低な人間だから」

 彼はいつだって私を全力で応援し、一緒になって喜んでくれるのに……私は彼がレベルアップする度に嬉しさと不安がせめぎ合う。


 こんなに最低なこと思ってるって知ったら、千明くんはきっと幻滅するんだろうな。


 私はじわじわと込み上げてくるものを堪えて、ぐっと唇を噛み締める。

 先輩と高橋さんは、私がようやく発した一言目が意外だったのか、揃ってぽかんと口を開けていた。


「ちょっといいかしら」

 しばらくして、先輩がコホンと咳払いした。


「本田さん。卑下は時に美徳だけれど、今のはただの自虐よ。自分を貶めるだけで何も生まないわ」

 朝比奈先輩が珍しく私に対して厳しい目を向けたので、私はそわそわと落ち着かない気持ちで言う。

「で、でも私、何の取り柄もなければ努力もしてないし……」

「本当に?」

 星が煌めくような大きな瞳で、先輩はじっと私を見つめる。その目は謎の自信に満ち溢れている。

「前に話したとき、本田さんは千明を『ぶち壊してみせる!』って言ってたじゃない。そのために何もして来なかったの?」

「それは……」


 私は、あの雨の日のことを思い出す。


 彼と大喧嘩して、先輩と話すことになって、自分の気持ちに気付いた日――。


 思い返してみれば、あれから私は毎日レベルアップのことばかり考えていた。自分を変えたいという思いもあるけど、それ以上に、懸命に頑張る彼の視界に入り続けたかった。


「私、あれからずっと必死でした。やったことと言えば、クラスメイトに落とし物を届けたり、授業で源氏物語の音読をしたくらいですけど……」

 高橋さんは「はぁ?」と言いながら眉をひきつらせたが、先輩がすかさずシッと人差し指を立てて彼女の口を封じた。


「……私にとってはすごく、すごく、大変なことなんです。けど、私に頑張れることはそれしかないし、純粋に応援してくれる千明くんの期待に応えたくて。そのためだったら、普段出来ないようなことも頑張ろうって思えるんです」


 私が消え入りそうな声で何とか最後まで言うと、何故か先輩はパアァッとひまわりが咲いたみたいに突然明るい表情になる。


 そして突然、バシン、バシン!と私と高橋さんの肩を同時にひっぱたいた。

 私達は座禅中に棒で打たれた修行僧の如く、揃ってびくぅっと身を縮める。


「ALRIGHT! 全てわかったわ!」


 先輩は私達の肩に手を置いたまま、いきなりとびきりのハイテンションで話し始める。


「蓋を開けてみれば話は単純。あなたたちはただの敵同士じゃない、恋の好敵手(ライバル)なのよ!」


 私と高橋さんはここにきて初めて目を合わせる。先輩という難解な生き物を前に、たぶん間違いなく同じ気持ちだった。


((何言ってるんだ、この人……?))


 先輩は私達などお構い無しに、思わず引き込まれる程のオーバーアクションを交えて話し始める。

「高橋さん、あなたがしたことは決して許されることではないわ。生徒会の力で証言や証拠を集めて、あなたを停学処分にすることはおそらく容易にできる……」

 大仰な身ぶり手振りで話す先輩は、まるで戦争に心を痛めた少女のミュージカルでも見ているかのようだ。高橋さんはギクッと焦ったような顔をしたが、私達が口を挟む隙は全くない。


「でも、もし心優しい本田さんが『良い』と言うのなら、私はそんなことはしたくないの。禍根を残さないためには、平和的解決が一番だわ。どうかしら本田さん?」

「へ? あ、それで良いです……」


 私はすっかり“朝比奈ワールド”に飲み込まれ、訳もわからず返事した。すると先輩は「素敵!」と女神のようにキラキラと微笑む。


「さあ二人とも、ここに手を出して」


 先輩はそう言ってテーブルをとんとんと指差す。私達が戸惑って首を捻っていると、「さあさあ!」と問答無用で私達の手を取りテーブルの上に重ねて置いた。さらにその上に先輩が手の平を乗せるので、さながら円陣を組んでるみたいな格好になる。


「私、朝比奈優菜が証人となります。二人とも仲直りの誓いを述べて頂戴」

「はぁ?」

「え?」


 私と高橋さんは息ぴったりで聞き返した。先輩は仕方ないわね、とでも言いたげにふぅと小さいため息をつく。


「誓いよ、誓い。あなたたちは、これから正々堂々と千明を取り合う恋敵になるの。戦い方はただ一つ、千明にアプローチすることよ。ライバルに嫌がらせをするのはレッドカード、私が即停学にします。ほら、選手宣誓と思って千明への想いの丈を言ってみて!」


 キラキラと先輩が期待に目を輝かせる。私達を和解させてくれる役割のはずが、何故かバチバチに戦わせるよう仕向けているけど……本人は至って真剣そのものだ。きっと先輩は単純に、恋バナが大好物なんだろうなと思う。


「千明様への想い……」

 知らぬ間に高橋さんも“朝比奈ワールド”に飲み込まれた様子で、気付けば完全に目が据わっている。

「それなら負けない。めぐから言わせて」

 私の手の甲の上にある高橋さんの手の平が、きゅっと力んだ。


「めぐは、ひと目見たときからずっと……千明様のことを愛してまーーす!!!」


 本当に運動場で選手宣誓するみたいに、彼女は全身全霊の大声で言い放った。私はあまりの声量に思わずのけ反り、目を見開く。


「GOOD JOB! さ、本田さんも」

 先輩は曇りない瞳で私を見て、空いてる方の手でぐっと親指を突き立てる。


 ここまで来たら……もうやるしかない。

 しかも高橋さんが何故かあんな大声で言ったものだから、私もそのテンションで言わざるを得ない雰囲気だ。


 そういえば、レベル7か8あたりに『人前で大声を出す』と書いた気がする。それくらい無茶なことなんだけど……。


 きっと私も“朝比奈ワールド”の魔法にかかっていたんだろう。



「私は千明くんが好き……大好き……! いつか絶対に抱き締めるからねーー!!」



 そのとき。


「おわっ!」

 ガタガタ、バターン!


 いきなり生徒会室のドアが開いて、千明くんが勢いよく床に転がった。

 私達は三人揃って顔を見合わせ、ぱちぱちと瞬きしてから、サァーと青ざめる。


 話に集中しすぎて、全員廊下に立たされていた彼の存在をすっかり忘れていたのだ。


「いっ……ててて……」


 うつ伏せに伸びていた彼は、鼻を擦りながら立ち上がると「うわ、汚っ」と言いながら、あたふたと制服についた床のゴミをパンパンと払い始める。


 でも、よく考えたら、それ以前に彼は地べたに顔面を擦り付けたわけで……。いつもの千明くんだったら、既に発狂しているくらいの大惨事なんじゃないのかな?


「あの、千明……もしかして私達の話、聞こえてた?」

 無自覚のうちに私達に大暴露大会をさせてしまったかもしれない張本人の先輩が、恐る恐る彼に尋ねた。


「ん?」

 千明くんは鼻に何かのゴミをつけたまま、ひょいと顔を上げる。

「あー……」

 そして何か言おうと開きかけた口をパッと手で覆うと、カァーッとみるみる耳の先まで真っ赤になる。


 そして気を取り直したように作り笑いをすると、激しく目を泳がせながら言った。

「は、話? いやぁ、なーんにも聞こえなかったなあ!」


 皆が一斉に言葉を失くす。


 カチコチカチ……と生徒会室の時計の音だけが、やけに大きく響いていた。


「千明……」

 数秒の沈黙の後、先輩がため息混じりに口を開いた。

「小学生でももっとマシな誤魔化しかた出来るわよ」

「え? 何言って……いや本当だって!」


 私は呆然と高橋さんを見る。

 彼女はシューッと湯気が出ているんじゃないかと思うほど真っ赤になって、唇をわなわなと震わせながら涙ぐんでいる。


 私も遅れてゴゴゴゴ……とマグマが沸き立つような恥ずかしさに襲われ、呼吸が荒くなる。


 そして千明くんとチラッと目があった瞬間――ドカンッと脳天から噴火した。


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