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2 だんまりさんの日常

 翌朝。


 いつものように、お母さんが作ってくれるおにぎり2個と、鎧代わりのマスクを持って家を出る。

 

「マスク苦しい……」


 9月半ばとはいえ、まだまだ暑い。じりじりと蒸し焼きにされるみたいだ。

 


 学校に着いたら、まず第一関門は朝の出席確認だ。担任が一人ずつ点呼をとる。

 あれ必要かな…。会社みたいに出席カードでピピッと出来ないの? と毎朝思っている。

 私にとって、人前で返事をするのがどれだけ勇気のいることかなんて、誰にも想像つかないだろう。


「長谷川……林……藤本……」


 自分の順番が近づいてくると、どんどん鼓動が早くなり、


「堀川……」


 ひとつ前の人が呼ばれる頃には、心臓が喉から飛び出すんじゃないかという程になる。


 そして、自分の番が来ると、


「本田」


 キュッと首輪をキツく絞められた感覚に襲われて、思うように声がでなくなってしまう。


「……ぃ」


 聞こえるか聞こえないか、という声で返事をすると、いつものように点呼のリズムが一瞬止まる。担任がちらっとこちらを見て、『あー本田いるな』と視認するのだ。


(ふぅ、これで朝の一仕事は終わった!あとは授業で当てられなければ、一言も話さず帰れるかも…)


 私はほっと胸を撫で下ろす。


 幸運にも1、2時間目は当てられることなく終わり、3時間目の前におにぎりを一個食べる。ワカメごはんに梅干しを入れた、私の大好きなやつ!

 もう一個はいつもお母さんの遊び心が詰まった面白おにぎりだ。なぜかうっすらピンクなんだけど……。


 ちょっと怖いので、次の休み時間にとっておこう。

 


 3時間目は数学だった。

 

 数学の先生は、決まって今日の日付にちなんだ出席番号の人を当てる。


 今日は9月14日、私の出席番号は24。


(うわー。……嫌な予感)


「じゃあ、この問題を14番の桐ヶ谷(きりがや)。次の問題を24番の本田。黒板に書いてくれ」

 

(やっぱり……)


 でも、書くだけなら全然いい。喋らなくていいなら楽勝だ。


 私はのそのそと前に出る。遅れて桐ヶ谷くんもやってきた。


 ――桐ヶ谷千明(ちあき)くんは、学年でも目を引くイケメンだ。

 すらりと背が高く、栗色の艶のある髪と切れ長の瞳。どこか人を寄せ付けないような、絶対的オーラを放っている。

 常に薄手の手袋をつけていて、ピアノをやっているから指を保護する為だという噂だ。

 それがまた『執事みたい!』と女子に大人気で……女子トークに混ざったことのない私でも知っている有名人である。

 

 ――もちろん、そんな人気者と私に接点などないけど。


 黒板の前に来て並んだ彼を横目にちらちら見ながら、私はチョークで答えを書いていく。

 近くで見るとやっぱりモデルか俳優みたいに整った横顔で、なんだか緊張してしまう…。


 彼は問題を見て少し考えてから、何故かズボンのポケットに手をやる。


 そして小さな革の小物入れのようなものをそっと取り出すと、


「!?」


 中から真新しい白いチョークを取り出した。


(え? もしかして、マイチョーク!?)


 角度からして、私以外に誰も気付いてないだろう。

 私はわざとゆっくり答えを書いて、彼が書き上げるまで見届けると、桐ヶ谷くんは使ったそのチョークを黒板にポイと置いて席に戻っていった。


(……しかも使い捨てなの?)

 

 私はモヤモヤと疑問を抱きながら席に戻る。

 桐ヶ谷くんは、もしかすると、ちょっと変わった人なのかもしれない。


 4時間目の前の休み時間。


 さて、残しておいたピンクのおにぎりを食べてみようかな。


「まさかの……紅しょうが」


 刻んだ紅しょうがを混ぜたご飯の中にベビーチーズが包まれたおにぎり。お母さんのおにぎりは今日も独創的だ。



 昼休みに一人でご飯を食べていると悪目立ちするので、大抵私は休み時間のうちにお昼を済ませている。


 そして昼休みは、図書室で静かに勉強タイム。

 図書室は、一人無言で過ごしていても不自然にならない、校内で唯一のオアシスだ。


 図書室の窓からは、中庭の花畑がよく見える。

 その周りにはベンチが幾つかあって、今日みたいな晴れた日には数人のグループやカップル達がお昼を食べながらワイワイと楽しそうにしている。


(私もたまには外で食べてみたいな……。あれ?)


 ぼーっと眺めていると、中庭の隅に桐ヶ谷くんの姿を見つけた。


 肩で息をしながらキョロキョロと辺りを見渡したかと思うと、何かを見つけて「げっ」と嫌そうな顔をし、走り去っていく。


 その数メートル後を、女子集団がキャーキャー言いながら追いかけていった。

 

(人気者もいろいろと大変なんだなぁ……)


 

 でも正直、今の私はそれどころじゃなかった。


 5時間目に音楽の授業を控えていたのだ。

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