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7.サポートキャラの攻略は順調です。


「このままのあなたで、大丈夫よ」

 ビビの一言に、わたしはとても悲愴な顔をしたのだろう。

「ディアナ様、どうかされたのですか」

 少し離れた位置にいたアレクシアが、気にかけて側に来てくれた。

「あの、ごめんなさい。私がうまく相談にのってあげられなくて……」

 安心させるつもりで言った言葉に動揺を見せたわたしに、代わってビビが説明をする。

「何かお悩み事が?」

 先ほどまで大量の本にはしゃいでいるとばかり思って、気に病むことがあったことに気が付けなかったとは。アレクシアがそう顔に書いて伺ってくる。

「悩み、というか、自分のうかつさに将来の不安が増したといいますか……」

 そんなしなくてもいい後悔を打ち消す余裕もなく、説明しづらいこの動揺の理由を、ポツポツと足りない言葉で洩らしてしまった。

「不安、ですか」

 よくわからない、そんな表情のアレクシアに、ビビがさらに付け加える。

「聖女になるには何かが足りないと、ディアは思っているみたいで」

 そうだけど違う。

 わたしの質問を、ビビはそう捉えていたのか。

 いや、確かに悩み事を聞いてほしいと言ってああ訊けば、そういう意味になるのかもしれないけれど、本当はその逆で、聖女王にならないために足りないことが何か確かめたかったなんて、思いもしないだろう。

 わたしは当確一強の聖女候補なわけだし。それがプレッシャーになっていると、周りは思うのかもしれない。

「今のディアナ様に、何か不足があるとはとても思えませんが」

 真顔でアレクシアが追い討ちをかけてきた。

「千年に一人の逸材と、神官も騎士仲間も、皆そう申しておりますよ」

 そのディアナ様の護衛の任につけ、大変誇らしい。

 アレクシアが冴え渡るような笑顔で、騎士然とした所作で恭しく告げる。

 オーバーキル。

 嬉しいはずの言葉に、わたしの絶望はいや増すばかり。

 青い顔で赤らむ、という器用なことまでできてしまう。

「今日はもう、部屋に戻ります……」

 悄然としたわたしは、これから読破するつもりだった貴重な本を諦めることで、その場しのぎだろうが心の平安を図るのだった。


***


「ディアナ様、本日は私と外出をいたしませんか」

 翌日、アレクシアがそう切り出した。

「外出、ですか」

「はい、コーリング様には許可を得ております。根を詰めすぎてお疲れも出てきているようですので、一日お休みをいただいて参りました」

 昨日のわたしの様子を、アレクシアなりに気遣ってくれたのだろう。

 きっとこれは護衛の仕事の範疇にはないことなのだろうが、アレクシアの心遣いに友好度の高さが見えて嬉しくなる。

 本来ならスパルタで有名なコーリング女史から休日の許可を貰えたのは、ひとえにわたしのこれまでのやりすぎてしまった成果なような気がして心が重くなるが……。

「でも、どちらへ?」

 突然外出と言われても、行ける範囲は限られている。

 まだ主神殿の敷地から外へ出ることは許されていないはずだが。

「さすがに聖都の街中へとは参りませんが、神殿の敷地でも、まだディアナ様が赴いていない場所があるんですよ」

 アレクシアは、わたしが神殿に来た翌日から護衛についてくれているから、当然わたしの行動範囲を把握している。

 警護の関係や、わたしの権限で、動き回れる箇所はあまり多くない。

 聖女候補とは言っても、主神殿の中枢、執政に関わる施設や、もちろん現聖女様の居所、機密の多い場所には入れない。

「あまり気軽に入っていい場所でもありませんが、今時季、花の盛りになっているんですよ」

 そう言ってアレクシアに連れられたのは、神殿の敷地の外れ、街とは反対方向だった。

 主神殿から街の反対方向に向かってあるのは、女神の神殿のみである。

 女神の神殿に向かう道は各主神殿から一本道で、周囲を高く厚い壁と深い森が覆っている。出入りできるのは一本道にある大門のみで、そこから先は、許可なき者は立ち入れない。

「こちらです」

 その大門の手前で道を外れ、アレクシアが小径に入っていく。

 そこに道があることは、知っていなければ気づかないような、隠された入口だ。

 細く鬱蒼としているが、人の手が入っている舗装された途だった。

 砂利道に、目立たないような白い小さな敷石が、人一人の一歩ずつ分、ぽつりぽつりと置かれ、その奥へと導いてくれている。

 アレクシアが先に歩きながら、エスコートするようにわたしの手を引いてくれた。

(これは、面映い……)

 前世からも、こんな丁寧な扱いを受けたことがない。

 ディアナとして生きた年数も、ちょっと聖女の力が強めなだけの平民で、一般市民だ。気軽にその辺を駆け回っていた。

 それを、身のこなしの清廉な騎士様に、貴族のお姫様もかくやという扱いを受けて、平然としてはいられない。

 普段は護衛として、側に控える、という距離感が当たり前だし、鍛錬の時は、なんなら体育会系のノリに近いのだが。

 今のアレクシアは、少し改まった空気でわたしの手をとっている。

(心臓が痛い……)

 こんなの、普通にときめいてしまう。

 例え男性不信だろうと、乙女ゲームに勤しむくらいにはオトメゴコロは死んでいない。

 現実の男性にはクタバレ一択だが、アレクシアは女性だし、騎士だし、キレイだし……。

 古今東西、男装の麗人がもてはやされる理由に納得してしまった。

 疑似恋愛だと分かっていても、このトキメキを止められない。

 静かな小径を、ゆっくりと歩く。

 鳥の声が、時おり降ってくる。

 アレクシアは黙ったまま、それでも穏やかで清かな空気を纏っている。

 緑の濃い匂いに、震えるような吐息をそっとこぼしてなんとかついて行くと、小径が途切れ、明るい庭に出た。

「ここは……?」

「代々聖女様の、聖廟が並んでいます。参拝客とは別に、聖女様が参じるための廟です」

 緑に囲まれた広くはない敷地に、白い小さな祠堂が整然と建てられていた。

 堂の間には花壇や植栽、東屋が置かれていて、さながら秘密の花園めいた、厳かだが居心地のいい不思議な空間を作っていた。

「こちらは、先先代の北の聖女様に、在位中、従った聖騎士から贈られたそうです」

 その中の一画に連れられ、見上げれば、立派な藤棚が重い花弁を垂らしていた。

 甘い香りが、陽の匂いに混じって鼻腔をくすぐる。

「花言葉をご存知ですか?」

 何も言えず、黙って藤棚を見上げるわたしに、アレクシアが続けた。

「『決して離れない』。

 死して後も、貴女に忠誠を捧げ、決して離れない」

 真摯な声色に、思わずアレクシアを見つめてしまう。

「そういう意味が、込められているんです。

 聖女と聖騎士は、強い絆で結ばれる。その習わしに、私も殉じたいと思っております。

 まだ貴女は候補で、私も護衛という立場ではありますが、貴女とであれば、その夢を叶えることも吝かではないと、僭越ながら願っております」

 真っ直ぐな言葉だけれど、決して押しつけない柔らかさで、アレクシアは自らの願いを語った。

「貴女が迷うときも、共に進んでいる私がいることを、どうか頼みにはしていただけませんか」

 聖女になることに不安を感じているように見えたわたしへの、これはアレクシアの精一杯の励ましだ。

 これで跪いて傅かれていたりしたら、立派なイベントスチルになるのに。

アレクシアの切実さに胸を打たれながら、不謹慎にもそんな考えが過ってしまった。

 でも、こんなイベントはゲームにはなかった。

 もう、このまま、アレクシアエンドにならないかな。

 目指すノーマルエンドにアレクシアは不可欠だが、これだけ心を砕かれているとわかって、尚更わたしの気持ちは固まってしまった。

 アレクシアエンドを目指そう。

 聖女になって、アレクシアを聖騎士に。

 何がなんでもこれだけは叶えなければ。

 そうして、アレクシアに誇りに思ってもらえるような聖女になる。

「ありがとう、アレク様。わたし、これからもがんばりますね」

 ようやく答えたわたしの言葉に、アレクシアが笑みを深める。

「私の聖女が、貴女で良かった」

 この期待に応えなければ女が廃る。

 まだ候補であるわたしに、不遜ですらあるアレクシアの呟きだったが、わたしの胸にはしっかりと響いて、まかり間違って聖女王になろうとも、少しは報われるような、そんな気持ちになっていた。



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