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6.ステータスを上げすぎました。

 聖女候補としての神殿での生活は、概ね順調に滑りだした。

 コーリング女史による聖女教育は多岐に渡る。

 もっとも欠かせないこの世界の成り立ちから、女神『エル=ディル=マーレ』が遺した数々の奇跡、そして聖都の歴史と歴代聖女の御業、それから聖都統治に必要な法令、現在の大陸の勢力図、各国の重要人物から細かな文化まで、おそらくこの世界のことで知らないことはないというくらいのレベルを求められているのだが、なにぶん、前世の私はこの世界観が大好きだった。

 ゲームシナリオは隅から隅まで熟読し、設定集はもちろん買った。派生の小説やドラマCD、制作裏話の載った雑誌だってバックナンバーから漁ってでも手に入れていたくらいだ。

 正直コーリング先生の授業だけでは足りなくて、神殿に併設されている図書庫の目ぼしいものも進んで読み耽った。

 そもそも大陸の勢力図から文化、特色は端から頭に入っていたし、重要人物は、重要人物には攻略キャラがいる……、う、頭が……。

 とにかく、新しく知れることが多ければ多いほどわたしは喜んで、笑わない女傑としても有名なコーリング女史が微笑みかけてくれる程の熱心さと優秀さを見せているのだ。

 なるべくしてなった聖女候補だと、早くも囁かれている。

(アレ……?これでいいんだっけ……?)

 図書庫で新しい本を五冊ほど見繕って、備えつけの机に積みあげる。

 これは初代聖女王であり、聖都の名前にもなった「シンシア」様が遺した手記や、当時の文化、風俗をまとめた文献だが、だいぶ古く、貴重なため本来貸出はされないものだ。けれどわたしが興味を示すと、持ち出しは許可出来ないが、閲覧は自由にしていいと特別に采配してもらえたので、喜んでアレもこれもと出してもらったのだ。

 神殿の、わたしに対する信用度は抜群だ。

 これ以外にも十冊くらいアレクシアが持ってきてくれて、呆れるような、感心するような面持ちを残しながら、何も言わずに護衛のための位置に下がっていった。

 そこでふと、思いいたってしまった。

 わたしのステータス、高すぎじゃない……?

 エンディングで聖女王になるには、聖女候補時のステータスアップが絶対だ。

 信仰、知識、知恵、教養、品性、そして勇気。

 ヒロインの上げなければならないステータスはこの六つ。

 《図書庫で勉強》は知識アップ、《鍛錬》をすれば勇気アップなど、毎日の行動を効率よく割り当て、満遍なくステータスを上げ、聖女としての名声を上げることで一日に行動できる回数、範囲が広がっていく。

 そしてわたしは、今まんまとこの生活が楽しくて、ステータスを爆上げしている……。

 明確な数値は現実となってしまった今見ることが出来ないが、体感として、知識レベルは聖女王エンドに必要なラインを軽々と突破している。

 これは、いけない……。

 知識の他のステータスは、《神官のお仕事》をすれば知恵と教養が、《聖堂でお祈り》をすれば信仰と品性が上がる。

 神官の仕事はまだ雑務だけだが、コーリング女史による座学が思った以上に進んでいることから、これから本格的になると言われている。

 そして聖堂でのお祈りは、毎朝の日課である。

 ……なんということだ。

 残りの《鍛錬》なんて、アレクシアとの友好度を上げるために積極的にやっているに決まっている。アレクシアとの鍛錬は楽しくて、筋がいいと褒められれば余計にやる気も上がって、なんだかメキメキと強くなっている。勇気とか上品な表記にしてあるが、すなわち魔獣討伐の際のレベルのことなので、謂わば戦闘能力だ。

 魔獣討伐は、聖女の仕事では必須。

 神殿に仕える神官は須らく戦う術を身につけている。

 今代の南の聖女様は武闘派で名を馳せている。

 乙女ゲームの世界、とは。

 わりといろんなことがお膳立てされたように容易に身についているような気がするが、ヒロイン補正なんて信じない。

 けれど数値が目に見えないと、うっかり聖女王になってしまいかねない。

「詰んだ……?」

 思わず唸っていると、コツリと、軽い布靴の足音がすぐ側で響いた。

「ディア、具合が悪いの?」

 心配そうに顔を覗いてきたのは、神官として同じ時期に神殿に上がったビビだ。

 本来なら彼女も聖女候補の一人だったのが、何せわたしは聖女当確にして一強、同じ歳の彼女は将来の補佐役として、学友のような存在となっている。

 彼女もまた、ゲーム作中に出てくるサポートキャラである。

 図書庫で会える、ヒロインの現在を占ってくれる友人キャラだ。

 控えめでおとなしい、小麦のような髪をおさげにして、今は神官見習いの灰色のローブを纏っている。

 わたしのローブは光沢のある、どちらかというと銀色に近いもので、これは聖女候補の身分を表すものだとか。正式な神官は麻色に近い白のローブとなり、階級によって、裾に金の線が増えていく。ちなみに聖女のローブは金色に近い白。

 このローブの色の差に、彼女との立場の差が出ていて嫌なのだが、ビビはそんなこと気にした様子のない心根の優しい少女だ。

 現在を占うと言っても、彼女が教えてくれるのは、ヒロインがベストエンドを迎えるために必要な情報だ。例えば、東のギルドで魔獣討伐の依頼があるみたい、とか、今のあなたには知識と教養が足りないみたい、とか、そういう攻略に必要な道筋を教えてくれるのだ。

 現実となったビビが、その役目を果たしてくれるとは思っていない。思っていないけど、ちょっと縋るような気持ちで言ってみる。

「具合は悪くないのだけど、悩みを聞いてくれる?」

「もちろんよ」

「わたしが聖女になるには、何が足りないと思う?」

 もう、単刀直入に聞くしかない。

 ビビに占ってもらう、はい、いいえ。

 ゲームでならこれだけだが、そんな選択肢は今は出ない。

「あなたはよくやっていると思うけど……」

 悩みを聞いて欲しいと言われた矢先、突然向けられた問いにビビは戸惑ったようだけれど、考えるように首を傾げ、そうして安心させるように微笑んで続けた。

「このままのあなたで、大丈夫よ」

 ステータスが足りている時、必ず返ってくる答えだった。




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