5.女性騎士を仲間にしました。
そういえば、わたしの今世にはきちんと父親がいる。
女を作って出て行ったりしていない、多少のお酒は飲むけど暴力はふるわず、ギャンブルで借金を作ったりもしない、堅実に日々の勤めをこなし、家庭を大事にしてくれている父が。
ディアナとしての十年、愛しんでくれていた。
しかしこの記憶は、私が前世で培った男性不信を覆すには足りないようだった。
最低限、父は家族として信用しているが、それ以外の異性への不信感は、記憶を取り戻した瞬間から既に振り切れている。
これからの生活を、実家ではなく神殿で過ごせることに少しの安堵が生まれていた。
儀式のために、母を伴い神殿に出立する際、父は今生の別れのように泣いていた。
母は神官の端くれでいろいろと事情を把握していたし、なにぶん幼少期からわたしがいろいろ突出していたので、両親はすでに覚悟を決めていたらしい。
前世の記憶のせいで、そんな父親すら嫌悪するようになってしまうことにならなくて、本当に良かった。
天啓を受けた聖女候補は、そのまま神殿で暮らすことになり、数年は家族との面会も制限される。
東西南北の主神殿自体は男子禁制ではないが、女神信仰は女性優位の風土が強く、神殿に務める神官のほとんどが女性、聖女を頂点に聖都の執務に従事できる役職も女性が主体だ。
その中に、例え家族であろうと男性が入り込める余地はほとんどない。
警護の兵士や神殿の聖騎士も、男性と女性で権限が異なる。
さすが乙女ゲームの世界というか、女性に都合の良いようにできていた。
聖女候補として過ごす分には、しばらく男性に煩わしい思いをさせられることはないだろう。
10歳の少女らしからぬ枯れっぷりではあるが、わたしの目標は男子禁制、女の園である。
ゲームの時間軸に至るまでの猶予期間、相応しい人材も揃えなければならない。
まずゲームに登場する女性キャラを見つけなくては。
一人は、わたしの護衛となる聖騎士、アレクシア。彼女こそノーマルエンドの真なる攻略キャラと言っていい。圧倒的歌劇団感。女子校で必ず一人はいる憧れの先輩ポジション。バレンタインで本命のチョコレートをわんさかもらえるタイプだ。
ゲーム中では、《鍛錬》と《森の探索》に欠かせない人物。
この乙女ゲーム、聖女もののわりに戦闘もあるのである。魔獣の浄化がクエストにあるので、《鍛錬》でレベルを上げ、《森の探索》でエンカウントする魔獣を倒さなければならない。そのサポートを請け負うのが護衛の聖騎士アレクシアなのである。ゲーム中盤になると、そのサポートを攻略キャラにお願いして、親密度を上げるのに勤しんだりしたのだが、今はその事実には目を瞑ろう。
《森の探索》は、呪いの解呪に必要なアイテムの作成に必要な材料を集めるために行い、魔獣の発生はランダム。魔獣からドロップする素材が必要だったりもする。
最終的には、クエストで強い魔獣を討伐しないといけなくなるため、レベル上げを疎かにすることもできないのだ。
ゲーム開始時点ですでにいるのが当たり前の彼女だが、果たしてどこで会えるのだろう。
できれば早めに親交を深めたいと願っていたわたしに、思いのほか早く出会いは訪れた。
「本日より護衛の任に就くことになりました。アレクシア・デノクです」
聖女候補として神殿で迎えたはじめての朝、ゲームの立ち絵より若い彼女が、他四名の騎士を伴い挨拶に訪れた。
ゲームの時点では26歳の設定だったから、わたしより8歳上、今は18歳だ。
26歳の時には短く切り揃えられていた銀髪だが、今は後頭部から長い一本の三つ編みが綱のように下がっている。
(アレク様だ〜〜っ、まだ若いっ、実物めっちゃ肌キレイ、まだちょっと女性っぽさも残ってるけどこれはアレク様だ〜〜っっ)
内心で、わたしは狂喜乱舞していた。
まさかサポートキャラの中でも断トツ人気のアレクシアの少女期に出会えるとは。
18歳にしてすでに伍長クラス、聖女候補の護衛に任じられるほど腕はたつのだろうが、まだ十代の勝気さが眼差しから伺える。
八年後の彼女は怜悧な容貌と動じない安定感、それでいて気さくな空気でヒロインを支えてくれているキャラなので、これはこれで得難い瞬間かもしれない。
(はじめて転生して良かったと思った……)
妙な感動に打ち震えていると、さすがにアレクシアが訝しむような表情になってきた。
「ディアナ・ブランシェです。ごめんなさい、護衛が付くなんてちょっとビックリしてしまって」
それ以上にビックリすることがあったのだが、そこは適当にごまかそう。
「聖女候補の方に護衛がつくのは異例ではありますが、ディアナ様は、すでに、類稀なお力を顕現されているとのこと。
北の御方様より、御身の安全を申し遣っております」
なるほど。これはもう当確の待遇というわけだ。いや、コーリング女史が出てきたあたりでそんな気もしていたけれど、わたしの天啓、そんなに圧倒的だったでしょうか……。
いやあ、でもこの角張った感じ、困ったなあ。たかだか10歳の平民娘に、突然こんな畏まった感じ出されちゃっても、対応に困るというか。あの気さくなお姉様はどこへ。
お仕事なのも理解できてしまう前世の社会人経験があるけれど、それでもここは、少し力を抜いてもらうことにしよう。
「ええと、あの、アレク、シア、さまとお呼びすれば?」
途方に暮れた感じで、物のわからない少女の振りだ。
突然神殿に召し上げられ、寄る方なく頼りない風であれば、責任感の強い彼女はきっと手を差し伸べてくれる。
完全に思考は攻略対象を落としにかかる手管のそれだが、彼女は、わたしの、一縷の希望である。
全力で落とす!
案の定、気後れして戸惑う年下の少女に、アレクシアの勝気な眼差しが親しみを帯びて和らぐ。
「気軽にアレクと。何かお困り事があればいつでもお側におりますので、ご信任ください」
口調は相変わらず堅いけれど、柔らかくなった雰囲気にわたしははにかんで応える。
「アレク様とお呼びしますね。これからよろしくお願いします」
あくまで控えめに、おずおずと差し出した右手に、軽く目を見開いたアレクシアだったが、いっとう柔らかな笑みを浮かべて、そっと握り返してくれた。
よし、出会いイベントは成功である。