3.次代の聖女に選ばれました。②
次代の聖女候補として選ばれたわたしは、これから神殿に身柄を預けられ、相応しい教育を受けることになる。
女神の天啓を受けたとしても、確実に聖女となれるわけではない。
素質があるというだけで、相応しい人格や教養を求められるのだ。
本来であれば同程度の力を持った候補数人が選ばれ、切磋琢磨し、最終的に聖女として認められたものが正式な後継となるのである。
しかしちょっと、わたしのあれは圧倒的過ぎたようだ。
「ディアナ・ブランシェ、私が貴女の教育係を勤めます。サラ・コーリングと申します」
祭壇の間からそのまま数名の神官に連れてこられた応接室は、主神殿の中でもずいぶん奥のほうに設えられたものだった。
ディアナとして生きた十年はおろか、前世でも見たことがないような豪奢な調度の数々に、気後れして座るのも躊躇われるソファーにおそるおそる沈んでいると、少しも待たないうちに現れたのがコーリング女史。
ゲームには一切出てきていないが、ディアナの人生で知り得ている、北地区では知らない人はいない有名人が出てきてしまった。
現北の聖女様と候補時代に肩を並べ、最終的には今の聖女様に席は譲ったものの、その能力を高く買われ、北地区の神官をまとめあげる神官長を長く務めていた人物だ。
最近は、年齢もあり後身に譲って助言役という形で神殿の実務からは遠ざかっていたはずだが(神官の母情報である)、まさかそんな大物がいきなり出てくるとは。
コーリング女史は、年齢のわりにぴんと伸びた背筋でわたしの前に座り、厳しめな顔立ちをにこりともさせず、軽い会釈で挨拶をした。
「よろしくお願いします!」
10歳プラス前世の記憶年数といえど、さすがに緊張を隠せないこの空気。
勢いよく頭を下げたわたしに、何百人もの神官を指導してきた女傑が見定めるような視線を向ける。
無言の圧にさらなる緊張を強いられていると、ふと、コーリング女史の口から嘆息が漏れた。
「貴女はもう、聖女になることに覚悟を持っておいでのようですね」
そう言われて、はじめて女史の表情に厳めしさ以外のものが浮かんでいることに気がついた。
圧倒的な力を見せてしまった齢十の少女が今のわたしであるけれど、「天啓により聖女候補に選定された」という説明しか受けずにこの応接室へ連れてこられたのである。
しかし相対した少女は緊張を見せこそすれ、これから先のことを全て見透し、すでに「受け容れている」状態であることを女史は見抜いたのだ。
感心のような、憐憫のような、どちらともつかないため息。
これから先に起こる全て。
もちろん、わたしが知る細かなことは、八年後からはじまっている。
けれどそこへ至る経緯も、それから先に起こる神殿の事情も、本来なら10歳の少女が知り得ないことをわたしはすでに知っている。そして、前世の記憶、ゲームのシナリオを思い出した今、その運命から逃げ果せるとは少しも思っていない。
八年後に聖女になるのはわたしだ。
そして、聖女王になる。
いや、ならなければいけないのだ。
それが、この世界を救うことになるのだから。
聖女王になること、それはすなわち、世界の安定のために聖棺に入ることーーーー
玉依姫、人身御供、いろんな言葉があるけれど、それほど酷いことだとは思わない。
女神の力の均衡を欠いた時、大陸中に魔獣が溢れ、世界が綻ぶ。
それを防ぐのが聖女王だ。
百年から長ければ三百年程の間隔でその時は訪れ、女神の力に近い性質を持った聖女が、聖女王となり、女神の力の安定の楔となるよう、聖なる棺で永い眠りにつくのだ。
それがこの世界の中心、女神の神殿、聖女王の居宮の全てだ。
死ぬわけではないのだという。
ゆっくりと、その身に宿る力を女神に返していく。
そして力の消えるまで、聖棺に入った時の姿のまま聖女は眠り続け、ある日、棺は空になる。
それが、次の聖女王を選ぶ時期が来たという合図だ。
もしかしたら、すでに女神の神殿の棺は空になっているのかもしれない。
コーリング女史の表情に、そんなものが読み取れてしまった。
これはきっと神殿の中枢でも、ごく一部の限られた役職の者しか知らない機密だ。
そこまでわたしが知っているとは思っていないかもしれないが、コーリング女史の眼差しには、突然の事態に戸惑う少女ではなく、あらゆることを呑み込んだ聖女への敬意が、すでに浮かんでいた。