2.次代の聖女に選ばれました。
「なるほど」
ディアナ・ブランシェ、10歳。
次代の聖女候補選定のためやってきた北神殿の祭壇に跪いて女神の天啓を受けたわたしは、それとともに余計なことを思い出して思わず呟いてしまった。
前世の記憶。
その惨憺たる有様と終わり方に茫然とする。
幸いなことに、女神の天啓が現れたことで周囲は騒然として呟きはかき消え、また天啓を受けたことで動揺していると受け取られているのか、わたしの挙動を不審がる者もない。
周囲はこの吉事に、これから上を下への大騒ぎになるだろう。
そして、これから起こることを、私は全て知っている。
(これが所謂異世界転生……)
私が前世でプレイした乙女ゲームや、好んで読んだ少女小説の王道の導入として、異世界召喚がよくあったが、わたしのこれは、転生、だ。
前世の記憶を持って、異世界に生まれ変わってしまうやつ。
(しかもここは、私の推しゲームの世界観)
『聖棺のクラヴィス』は、前世で私がプレイした中で、いちばん好きだった乙女ゲームだ。
女神『エル=ディル=マーレ』の溢れる力から産まれ落ちたこの世界は、女神信仰の下、女神の代理人となる『聖女王』を擁する聖都『シンシア』によって統一されている。
エンダンテ大陸の中心に聖都『シンシア』は位置し、その四方を取り巻く四大国がゲームの舞台である。
世界観は、よくある中世西洋風。魔法と呪いと魔獣に溢れたファンタジーで、聖女の力を持ったヒロインが、魔獣を倒し、王子様にかけられた悪い呪いを解くことで、やがては聖女王となり、または王子様と結ばれるというのが大筋。
メインキャラとなる四大国の王子様四人と、そのサブキャラが一人ずつの計八名が攻略対象。
一日に決められた行動回数から、ヒロインのステータスを上げたり、街で情報収集したり、魔獣を倒したり、呪いを解くアイテムを作ったり、アイテム作成に必要な材料を採取したり、ギルドでクエストを受注したりと、とにかくやることが多すぎて、その合間にイベントシナリオが挟まるようなそんな仕様だった。
呪いを解くクエストも、解呪に必要なアイテムは補助アイテムになるだけで、ミニゲームをクリアしないといけない鬼仕様。
乙女ゲームとしてはかなりゲーム性の高い部類だったけど、私にはそれが良かった。
やることが多すぎて飽きるどころか、発売日からはじめて一週間ほとんど寝ずにプレイして、ノーマルエンドから八名の攻略キャラのベストエンド、グッドエンド全てクリアした。
シナリオもすごく良かった……。
特に四王子の聖女王エンドは、ベストエンドにも関わらず結ばれない結末で、あまりにも切なく美麗なスチルが話題になった。
ヒロインは、聖都で生まれた聖女候補。後に聖女王となる18歳の『ディアナ・ブランシェ』。
そう、八年後のわたしである。
(なるほど〜〜)
次世代聖女候補に担ぎあげられながら、わたしの脳内は情報整理に励んでいた。
ここは、北の大国『ガルガリシア皇国』に接する聖都北地区の主神殿である。
聖都はほぼ真円の形をしており、その中心にあるのが女神の神殿で、聖女王の居宮となる。そこは男子禁制であり、許された女官と女性騎士しか立ち入ることはできず、また聖女王はそこから外界に出ることはない。
聖女王の居宮を中心に東西南北に主神殿が置かれ、その神殿を一人ずつ聖女が治めており、実質この四聖女が聖都を執り仕切っていた。
わたしは本来、その聖女の候補として北の神殿にあがったのだ。
北の聖女は最長老で、数年のうちに次代に引き継がれる必要がある。
聖女は、世界中から選ばれた候補者の中から最も女神の力に近い者が天啓を受けて決められることになっている。
その逸材を探すのはとても難しく、何年もかかると言われ、ようやく選定を終えるのだ。
しかしわたしの場合は、幼少期からすでにその片鱗を見せていた。父は聖都北西地区の警備兵、母は北西地区にある小さな神殿の神官をしているごくごく平凡な一般家庭だが、わたしは近所でも評判になるくらい、聖女の力に長けていた。
聖女の力とは、所謂呪いの解呪や、魔力で負った「魔傷」と呼ばれる怪我や病を癒す力のことだ。
この女神の力と信仰に満ちた世界は、ヒトと精霊が治める比較的平和な世界だが、わりと頻繁にヒトを呪ったり呪われたりが取り沙汰される物騒なところでもある。
また、女神の力の負の余剰から魔獣と呼ばれるモンスターが産まれることもあり、呪いやその魔獣の浄化を行なえるのが聖女であり、五歳にも満たない頃から、軽度の呪いくらいならわたしはいとも簡単に祓っていたという。試しに小さな魔獣の浄化もさせてみたら、手で払うくらいの瞬殺だったらしく、天啓を確かめる儀式を受けられる年齢である10歳になるのを待ちわびられていたのだ。
儀式は簡単、主神殿にある御神体である巨大なクリスタルに触れることで、光の色と強さで力を測る。
白に近いほど女神の力に近く、また光の強さで魔力量を測れるのだが、前評判以上に、わたしの天啓ははっきりとしていた。
鮮烈な純白。曙光であり、眩い光線。
間違えようもない、女神の天啓。
冷たく尖鋭な手触りのクリスタルに触れた途端、御神体を納める祭壇の間を力強く満たした光は、世界の希望となり、わたしには雷光のような衝撃とともに、絶望的な記憶をもたらしたのだ。