石化け騒動
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
お、こーらくん、どうした? イチョウの化石が気になるのかい? 有名どころのアンモナイトとかと比べると、確かに珍しいものかもしれないね。
化石ははるか昔の命のあり方を知ることができる、貴重な形態のひとつだ。個人的に収集している人が、先生の知り合いにも何人かいるよ。
先生も一時期ははまっていたんだけど、今じゃ、とんとやっていないな。時間がとれなくなったというのもあるけど、ちょっと化石を巡る昔話を聞いてしまって、思うところがあってね。おのずと控えるようになってしまった。
こーらくんの興味をひけそうな話だよ。気に入ってもらえたらいいんだけど。
むかしむかし、ある村は次々に襲い来る地震と火山の噴火に苦しんでいた。収穫はおろか、自分たちの住まいを確保するので精一杯だったという。火山灰で埋まってしまった井戸に代わる水を求めて、力ある者たちによる水源探しが始まり、力のない者たちは地の怒りを鎮めてもらおうと、神に祈りを捧げた。
それが何年も何年も続いた時、村の巫女のひとりが天からの啓示を受ける。
「これより落とすは神の石。真に救いを欲するのであれば、その石を強く握り、更なる祈りを重ねよ。さすればお前達の苦労は報われるであろう」
その言葉が終わると、ひざまずく巫女の脇へ、小さく茶色い化石が落ちてきた。握り込めるほどの大きさのそれには、表面の左右を二分する、蛇のように湾曲した線が入っていたという。
巫女はそれを握りしめ、人々の救済を願った。あまりに力を込めたためか、石はその体を震わせつつ、端の一部がぽろぽろと砂になってこぼれていく。
一刻(約2時間)の間、片時も微動だにしなかった巫女の耳へ、新しく水源の発見が伝えられたらしい。
それから巫女が祈るたび、村と人々にとってありがたいことが次々に起こった。これ以上の災害を被ることなく、何年も不作だった野菜や穀物たちが、遅れを取り戻す勢いで獲れ始めたんだ。
重なる実績に、人々は巫女と石をあがめ奉った。巫女は人々の期待に応えようとしたものの、やがてその両目は少しずつ茶色く濁っていってしまったらしい。心配する者もいたが、本人曰く、しっかり見えているとのこと。そして村が復興をとげた数年後。彼女は突然、息を引き取ってしまったそうだ。
年若い彼女の死を人々は悼んだが、片時も離さずに持っていた神の石は、見つけることができなかったという。代わりに、倒れている彼女の体のすぐそばには、周囲の土とは異なる、小さな砂の原が広がっていたとか。
彼女は救いの巫女として、村人達が葬られる墓地の最奥。誰よりも大きい墓石が用意され、その偉業が刻み込まれて、多くの人がそこへ参ったという。
ところが一年が経った頃。彼女の墓へ献花しようと訪れた少女は、それに出くわした。墓場の入り口からでも見える巨大な墓石が、不意に下から盛り上がった大量の土に、押しのけられ転がったんだ。
そこから飛び出してきたのは、全身を黒く染めた、巨大なミミズ。少女が知る、いかなる樹木の幹より太く、また長かった。
距離はあったものの、思いもよらぬ事態に、少女は動けない。巨大なミミズはそのまま、身体をぐるりと回転させると、長い胴体で周囲の墓石をなぎ払った。
少女は見る。石はいずれも砕けず、尻尾が当たった瞬間、たちまち砂となって崩れ落ちてしまったんだ。彼女へ飛んできたのもまた石の破片ではなく、砂の一部だった。目を潰され痛みが走ったことで、思考がようやく動き出す。
入り込んだ砂を拭いながら、暴れるミミズを背にして、彼女は助けを呼びに走ったんだ。
武装した人々が向かったところ、ミミズはまだその場で暴れ続けていたらしい。
新旧の墓を問わず、執拗になぎ払い、のしかかり、粉々の砂へと変えていく。聞いていた通りの情報に、皆は自然。遠巻きに矢を射かけ出す。
大きい身体に当てること自体は難しくなかった。だが生半可な勢いでは、皮膚に当たった瞬間に砂となってしまい、効いている様子は見られなかったという。攻撃は弓威に優れた者にゆだねられた。
何度か射かけた後、ようやく一矢が、砂へと変わる前にミミズの胴体を貫いたんだ
身体の大きさの割に、ミミズはもろかった。その突き通った一矢を受けるや、苦しそうに長い身体をのたうち回らせたかと思うと、そのまま倒れ伏し動かなくなる。ほどなく、身体の端からじょじょに、自分が作り続けたものと同じ砂へと変わっていくが、村人たちは素直に喜べなかった。
矢に貫かれた際、ミミズが発した甲高い悲鳴。それは亡くなった巫女のものと、同じ声だったからだ。
その報告は、たちまち村中を騒がせる。
救いの巫女が、死したのちにミミズへ身をやつし、災いを振りまきに戻ってきた。接し続けてきた自分たちに、何か落ち度があったのではないかと、村人たちは思ったんだ。
更に、報告をした少女は、家に帰ってほどなく、砂の入った目に激しい痛みを感じたという。顔をいくら洗っても収まる気配はなく、一晩中、まぶたをまともに開くことがかなわなかった。
翌朝。痛みがようやく引いたものの、その目を見た家族は驚きを隠せない。彼女の両目は、ちょうどあの救いの巫女と同じく、茶色く濁ってしまっていたんだ。
少女曰く、視力そのものに問題はないとのこと。しかも、何となくだが周囲の人々の死期が分かると話し出し、向かいの家にいる寝たきりの老人が、今日の日暮れ時に亡くなることを告げたという。
そして実際に予言は的中した。
それからも彼女が告げる将来に対する予言は、ことごとく当たる。それはかつて救いの巫女がもたらしてきた姿にそっくりだったんだ。
村中で、少女の処遇が話し合われる。このまま村に置き、次代の巫女役を勤めさせるか、それとも即刻、命を奪ってしまうか。
ミミズの怪物は、救いの巫女が死後に成ったものだと皆は思っている。遅かれ早かれ、彼女が死んだら、同じものになってしまうだろう。殺すのは憚られる。
村外への追放も考えられた。遠方へと追いやり、戻れなくして、村を守るのだ。ただ、倒れた地にいた者には、多大な迷惑をかけることになってしまうが……。
議論が熱を増す中、ひとりがこっそり抜け出し、少女の家族へ経緯を伝えにいった。その場にいれば、必ず自分たちが情で場を乱してしまうと、父親の頼みで、彼らはあえて顔を出さず、彼に報告をしてくれるようお願いしていたんだ。
家族はもちろん、娘を手元に置いておきたいと切望し、彼女もまたそれを望んでいる。しかし、村の決定に逆らうわけにはいかない、とも考えていたとか。
会議は長引くが、定時の報告によると、追放派がじょじょに力を増しているらしい。家族と永久に別れる覚悟を決めなざるを得ないのかと、少女は母親の胸でさめざめと泣き出した。その目からこぼれるのは、涙ではなく湿った砂だったという。
それを見て父親は、何かひらめいたようだった。連絡役へ問う。「もし、娘が力を失ったならば、こたびの話し合いの結果はなかったことになるか?」と。
連絡役がそれを会議の場へ持ち込むと、村長をはじめとする数人が、父親の真意をただすべく、少女の家へと急行した。だが、その場を一瞥しただけで、彼らは固まってしまう。
向かい合って座る少女と父親。彼女の両目は、後ろに控える母親の指によって、上下に大きく見開かれている。瞳はいずれもほとんど茶色がかっていたが、まぶたに覆われ見えなかったところには、かすかな白が残っていた。
瞳は染まったのではない。砂がびっしりとこびりついているに過ぎなかったんだ。
対する父親は白装束に身を包み、村長たちがやってきても、娘の顔から視線を外さない。その手には抜き身の小刀が握られ、刃先は右目へ向けられている。
「砂だけだ」
父親がつぶやく。意図を皆へ聞かせるためか、自分に言い聞かせるためか。おそらくは両方だろう。
「砂さえなければ、娘は他の子と変わらぬのだ。かつての巫女も石を強く握り、結果、多くの砂を残してきたのだ。その石が残した砂さえなければ、力もなくなろう。
砂だけだ。目についた砂のみを落とす」
刃先がそっと、開いたままの娘の両目に近づいていく。
触れれば切れそうな空気。父親は死ぬ気だ。もし、娘の瞳に張り付く砂の切除に失敗したら、あの刃をそのまま自分の腹へ突き立てて、死ぬ気なのだ。
村長たちはただ、父の集中を乱さぬように控えるよりない。娘はぼろぼろと砂を流し続けている。まばたきを許さぬ姿勢のせいもあるのだろうが、内側からの涙でわずかにでも砂を押し上げ、父の作業をしやすくする意味もあるのだろう。
それでも紙一重の厚さに過ぎない。最後にものをいうのは、父の技のみだ。
長い時間が過ぎた。虫の音が囲う家の中、ついに瞳に残る最後の一粒が、父の小刀に乗り、落ちる。
砂は完全に剥がれ落ちた。眼は真っ赤ではあったが、これまでまともにまばたきを許されなかった以上、やむを得ないことだろう。垂れ落ちた砂は村の中央に集められて、焼かれることに。
一握りしかないにも関わらず、砂はよく燃えた。だいだい色の炎を天高く伸ばしていき、時々、不自然に身をくゆらせる。鞭のような動きをするそれは、手近な人や家屋の屋根を打ち据え始め、皆はあのミミズに対した時のように、距離を取らねばなかったという。
火は二日間も燃え続けたのち、ようやく消えた。娘はその後、何も分からなくなったと語り、事実、口にすることが的中することは圧倒的に少なくなる。
だが生涯、同じことが起こらないよう監視が続けられ、埋葬後も例のミミズの姿にならなかったことで、ようやく周囲を安心させることができたらしい。
ただ、救いの巫女が変じたミミズが荒らした墓地は、遺体がひとつもなくなってしまった。もれなく砂になったものと思われたが、いくつかの墓地からは、あのミミズのように長く太い何かが這いずり出て、去っていったような形跡が残されていたとか。