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天使と悪魔は紙一重  作者: HSI
2/2

銀色の髪と整った容姿は母とも父とも似つかなかった。母は父など愛していなかったのだ。


父も母を愛していなかった。

6歳の時に父に母とともに家を追い出された。

わずか1年後、母は自分を置いて去っていった。子供ながらにそうなると冷静に理解していたから、前々から目星をつけていた孤児院に自分で入った。


8歳の時に裕福そうな貴族の夫婦が現れて自分を引き取った。

頭の回転の良さが気に入ったらしい。


最初に出迎えたのは今年16にとなると言うこの家の跡取り。

短い黒髪に黒曜石のような瞳で

銀色の髪をもつ自分とは相対する相貌。


大きな屋敷に嫌な思い出が蘇った。6歳までいたあの屋敷は2度と思い出したくない思い出。

いつもは人の話を聞き逃すなどあり得ないのだがその記憶に気を取られて少年の紹介を聞き逃した。あり得ない失態だ。


殆ど笑わない自分とは逆に少年はよく笑って、そしてよく絡んできた。


「ハルトはいつも勉強ばかりしてるね?頭ぐちゃぐちゃになんない?」


「…いえ。お世話になっていますからやれる事をやらせて頂いてます。」


「やれる事じゃないよ、やりたい事は?」


「…?この家のお役に立つ事です。」


やりたい事はこの家の役に立つ事。

欲しいものはこの家の役に立つもの。


「それはハルトの意思じゃないだろ?ハルトが今やりたいことは?」


正直にいって面倒。

放って置いて欲しい。


だが変に彼の機嫌を損ねて捨てられるのはごめんだ。

孤児院で役に立てば重宝される事はわかった。

見た目も良いらしいから使えるものは使う。


「クリス様がして欲しいことがあれば何なりとお申し付け下さいね」


母と2人で過ごした1年間、大抵の薄汚い事はやったから貴族の少年が思いつくような事はやってのける自身があった。


評判のいい自慢の顔をで微笑みを返すと

少年がわずかに頬を赤くさせた。

そう言う趣味はないんだが、

まあおっさん相手よりマシか。


「ハルト、天使みたいだ…」


潤んだ瞳でポソリと呟いた言葉に危うく吹き出しかけた。予想以上にピュアだった。


「天使に見えますか?」


「あった時から見えてたけど、笑うとヤバイ。

もっとハルトが笑えるようになるといいなぁ」


そう言ってフワリと笑った少年は何か寂しげだった。


「クリス様はいつも笑っていて羨ましいです」


若干の嫌味を込めて言ったが多分伝わらないだろう。事実少年は気を悪くした風でもなく

だろー!と言って笑った。


「外じゃあんまり笑えないんだ。だから家では思いっきり笑い転げるようにしてる」




クリスの言っていた意味がわかるのは

それから数ヶ月後、騎士養成所の卒業式に連れて行かれてからだった。


「ハルト、わがクローディア家は代々優秀な騎士を多く輩出してきた。

今はクリスが女だてらによくやってくれている。アレは机で紙を相手にするのはからっきしだが実戦となると恐ろしいほどに頭が回る。

よく見て起きなさい。

君の姉が普段何をしているのかを」


「はい。」


その時の衝撃といったらない。

まともに返事も返さなかった。


男だと思っていたクリスがまさかの女だった。


髪を短く切り豪快に笑いそこら中平気で登り走り中庭でバク転して遊びまわるのが女!?


やがて闘技場の真ん中にクリスと見知らぬ青年が対峙する。

クリスは少年だと思っていたが確かに16にしては随分と小柄で華奢だ。

見比べる相手がいるとよくわかる。


ひと回り以上大きな相手と静かに始まる手合い。

クリスの表情は死んだように動かなかった。

いつもクルクルとよく動く黒い瞳は静かに一点を見つめている。


相手が先に動いた。

クリスは僅かに体を沈めたがそれ以上は動かない。相手の木刀がクリスの体に吸い込まれていく。クリスがそれを自身の木刀で受ける。

しかしやり返す事はせず防衛一方のまま。

ただひたすらに避けきることもなく的確に相手の力が一番加わりづらい角度をうまくとっている。


相手も気づかぬうちに一撃一撃に力がこもる。

少しずつクリスが沈み始めた。

体格差のある一撃の重さに耐えきれなくなり始めたのだ。

相手が追い打ちをかけて一撃を振りかぶった瞬間。

クリスの体が信じられないほどのスピードで横に滑る。力を入れすぎた青年が勢い余って前にぐらつく。


それを確認した瞬間、弾丸のごとく相手の背後に飛びついたクリスは前につんのめる青年の体をそのままの勢いで地面に叩きつける。


一切の無表情のまま、中腰で審判を仰ぐクリスの木刀は正確に青年の首元に突きつけられていた。


あまりの早業に会場からは拍手が漏れた。

だがその拍手にも一切反応せずに凍りついた表情のまま会場から去っていくクリスにハルトは目が離せなかった。



「クリス、見事だったぞ」


卒業演舞が終わった後、養成所のパーティでクローディア伯爵がクリスを褒めている。

クリスといえばかっちりとした制服に身を包み

「ありがとうございます」

と短く答えるとそれ以上は何も話さなかった。


「やあ、クローディア伯爵。先ほどの演舞、クリスティーナ殿の手腕に感服いたしましたよ」


知り合いだろうか、クローディア伯爵が相手を始めるが変わらずクリスの表情は凍ったままだ。


「いやぁ本当にクリスティーナ殿はいついかなる時も冷静沈着で

騎士のお手本のような所作をなさっている。」


成る程、クリス様はそもそもクリスティーナというのが本名らしい。

そしてクリスはクローディア家の長女であり騎士は冷静沈着でなければならない。


外じゃあまり笑えないと言っていたのはこの事だったのだ。


「…クリス様」

小さく呼びかけると初めてこちらを見たクリスが短くなんだ、と聞いてきた


目を合わせてはくれないらしい。


「演舞、お見事でした」


屋敷でのお節介が嘘のような豹変ぶりに狼狽して咄嗟に月並みな事しか言えなかった。


「ああ。ありがとう」


クリスもそれしか答えない。


いつも楽しげに揺れる瞳も、大きく開く口も、まるで全ての器官が静止しているように見えた。


ツンと澄ました横顔がまるで他人のよう





「ハルト、私カッコよかった!?!?」


「あ、はい…とても凄いと、思いました。」


「いよぉーーーしー!!」


帰りの場所の中、クリスはいつも通りだった。

驚くほど家で見るクリスに戻っていた。


「クリス様はいつも外では静かなのですか?」


「あーごめんなークリス。びっくりしたよな?その方が色々都合が良いんだよ。私は女だからあんまりヘラヘラしてると舐められるし、性格を知られない方が戦いの時に動きが読まれにくいからさぁ」


「養成所にいる間、ずっとそうなのですか?」


「まあそうだね。慣れればなんて事はないけど…ってかそれよりハルトはいつになったら私をお姉さんと呼んでくれるのかな!?あと敬語はいつになったら外してくれるのかな!?」


ガバリと抱きしめてくるクリスの体からは少しの汗の匂いといつものクリスの香りがした。


「…何故騎士の道を選ばれたのですか?」


「私がしたいからだよ!暴れるの大好き!は!ハルトもする?!」


「いえ、てっきり僕を引き取ったのは僕を騎士にする為だと思っていました。」


「んーまあ多分それはある。あくまで私が騎士の道を選ばなかった時の保険だろうけど」


私はあいにく騎士を辞める気は無いんだなぁとぼやきながら頭を撫でてくる。


家でアレだけ呑気に遊び呆けているのに

外ではまるで操り人形の様に動くクリスに何故だか胸が騒いだ。


クリスに対するイメージが根本的に変わった。


それからすぐにクリスの事を姉さんと呼び始めたのはただ遊び呆けているだけのお坊っちゃんだと思っていた罪悪感からだったが。


10歳の時、騎士養成所に行くか貴族学校に行くかを決める時がきた。


騎士養成所に行くなら将来はほぼ騎士になる。

逆に貴族学校に行くのであればそれ以外に色々と選択肢は広がる。

だがハルトの選択は決まっていた。


「ハルト、お前騎士養成所に決めたのか?」


「はい。クローディア家なら当然でしょう」


夜、ハルトの部屋に堂々と入り込んでくるのは我が姉ながら危機感がなさすぎて悲しい。


「いやいや、クローディア家じゃなくてお前が行きたいところにしろよ。」


「僕はこの家にお世話になっている身です。この家の意向を優先するべきです」


「かーーーー!!まだそんな事言ってるのか!」


大げさに天を仰いだクリスがハルトの体を抱き上げた。クリスは18歳。体の二次性徴も終えておりハルトの細い膝にクリスの控えめに主張する胸が当たっていた。


「え!?ちょ!姉さん下ろしてください!」


「いいか?ハルトよく聞くんだ」


人の狼狽なんで一切合切無視してそのまま話を続けようとするクリスにハルトも流石に声を荒げた。


「聞きます聞きます!なんでも聞きますからとにかく下ろしてください!!!」


「そ、そんなに抱き上げられるのが嫌か…ごめんな…」


明らかに傷ついてしょんぼりとハルトを下ろすクリスに申し訳ないとは思うが

こっちだってそれどころじゃない。


膝に当たった柔らかい女性の感触が驚くほどハルトの心臓に早鐘を打たせる。


「ちょっと驚いただけです…続きをどうぞ」


「あ、いや…いいんだ…。」


相当堪えたらしい、若干涙目になりながら部屋を去ろうとするクリスにハルトが慌てる。


「いやいやいや、聞きたいです!聞きたいです!気になります!」


「いや、いいんだ。そもそもハルトとまだ出会って2年ちょっと。それでスキンシップを無理強いする様な人間の意見なんか聞かなくていい。まだ敬語使わせてるくらいだしな…不快にさせてごめんな…」


慌てて扉の前に回り込んで通せんぼをする。自分でもなんでここまで焦っているかわからなかったがクリスに2度と触れてもらえなくなるのはどうにも我慢がならない。


だが今このままクリスを返したら、クリスは今後自分には騎士の時のあの氷の様な表情しか見せてくれなくなりそうな気がして怖かった。


「ちょっと待ってください!敬語やめます!辞めますから!スキンシップも取りましょう!大いに取りましょう!」


「いや、無理しなくていい。

ハルトがいつも無理にウチの家族に付き合ってくれてたのは何となく気づいてたからさ…。だからせめて将来の選択肢くらいハルトの自由に選んで欲しかったんだ。本当にそれだけだ。」


どいてくれ、と言って肩にかけられたクリスの手はいくつも剣蛸ができてはいるものの小さくて細い女の子の手だった。


その手を掴むとそのまま体を抱きしめる。


「…無理はしていない。ただ姉さんが騎士から解放される方がいいと思ったから騎士の道を選んだだけ。」


「なんで私が騎士から解放されなきゃならない?」


「こんな細い体で戦場を駆けるの?襲われたらどうするの?」


「やられる前にやる。」


「無理でしょ…俺は怖い。」


「怖くないよハルト。って言うか私のことが心配だから騎士になろうとしてくれてたんだ?」


クリスが優しく頭を撫で返してきた。


胸がもう思いっきり顔に当たってるけどどうせ顔見られないからもういいや、と開き直ったハルトは返事の代わりに体に回す腕に力を込めた。


「でも私はハルトが剣を振るっている時より本を読んだりよくわからん数式解いてる時の方が百万倍楽しそうに見えるからさぁ。」


「楽しいか楽しくないかだけで決めていい問題じゃないでしょ」


「いや、それで決めろよ」


「僕はこの家の役に立つ為に拾われた。

だからそういう基準じゃ選べない」


はあーーーと頭の上で盛大なため息がつかれる


そのままズルズルと引きずられると部屋の明かりを消してベッドに引きずり込まれた。


「そんな事言ったら私だって元々要らない子だったよ。

騎士の家系なのに女だし。でも暴れるのが好きで勉強が嫌いだから騎士の道に行ったんだ。お父様もお母様も反対したけど。」


「え?自分から?」


「そう。だから私はそもそも好きにやってんの。騎士の家系で女なんてただのお飾りじゃん?お飾りなら好きにやらせてよって言ったの。

だから騎士の道を生きてくつもりだし自分から辞める気なんて一切ない。」


「…結婚とかしたら流石に難しくない?」


「しなきゃいーじゃん」


「結婚しないの?」


「騎士の仕事やってれば免除されるでしょ。まあ騎士の仕事辞めざるを得なくなったらわかんないけど。」


2人で布団に潜り込んで静かに話す。

こうしているとお互いの顔も見えないから違う髪の色も、瞳の色もあまり気にならなくなった。


「怪我したり病気になったりってこと?」


「そうそう。それくらい強制力がなきゃ辞めないよ」


「…逆に言えば騎士を辞めたら姉さんは結婚しちゃうかもなんだね」


「まあ、そう言うことにはなるかな?」


クリスの体に擦り寄ると少し遠慮がちに細い手が伸ばされた。なんだか嬉しくなってもっと擦り寄るとクリスの匂いがする。


「俺が騎士になったらクリス騎士辞めさせられそうだね」


「あー…それは…あるのかな?」


「あるでしょ。」


「それは困るなぁ。えー…ハルト騎士になりたいの?」


「いや…どうしようかな…」


今日よくわかった。

自分はクリスが離れるのが嫌なんだ。


「あのさ、何度も言うけどハルトを引き取ったのは子供を増やす為だから。お母様はもう子供を作るのが難しそうだったからさ、わかる?」


「うん。そう言ってたね」


「そう。だから騎士になる人を雇ったんじゃないの。家族を増やしたの。」


「うん…」


「ハルトの事をお母様もお父様も家族だって言ってるよ。私もハルトは大事な家族だって思ってる。お願いだからハルト、私をハルトの家族にしてよ。ね?」


予想外のお願いにピクリと体が動く


「姉さんが俺の家族になるの?」


「うんそう。私がハルトの家族になりたい」


成る程その手があった。

兄弟という枠に当てはめてたから

ややこしかったんだ


「わかった姉さん。俺姉さんの家族になる。」


「ほんと!?」


「うん。必ずなる。」


そうだね姉さん。

一緒にずっといるなら家族になるのが1番いいね。


「ありがとうハルト!ああ嬉しいな!」


「俺も嬉しいな。姉さん、

俺が大きくなったら結婚してね?」


「ん?」


「家族になってくれるでしょ?」


「え?いや、え?」


「…なってくれないの?」


家族になってくれるって言ったのに…と声のトーンを切なげに落とす。


「いやいやなるなるなります!なるけど!ん!?え?!」


「じゃあ約束して?俺と結婚しよう?そしたら俺凄い幸せになれる気がするんだ」


「し、幸せになるの?ねね姉さんと結婚して?」


「うん!…やっぱり嫌?俺となんて無理?」


「あ、いや…えーー…」


「やっぱ嫌だよね…」


「ちゃう!あの、ほら、騎士の仕事辞めたくないなあって!」


「うん。騎士の仕事万が一辞めなきゃいけなくなったらでいいからさ」


そう言って体に腕を巻きつけると頭上から

結婚て意味絶対わかってないこれ

とブツブツ呟いている声が聞こえる。


ああこれから忙しくなりそう。

早く寝て明日に備えたいけど


多分一緒に寝たのバレたら怒られるから今夜は寝ないで一晩中姉さんの体堪能しとこう。


俺欲しいものもやりたい事も一気に決まったよ姉さん。


絶対手に入れるから、浮気しないで待っててね。





「え?結局どこで私に惚れたわけ?」


「最終的には匂いかなぁ」


「ただの匂いフェチじゃねーか!」


「まさかまさか。クリスの氷のような表情と普段のバク転姿とのギャップにまずやられたでしょ?

で、結婚してねっていう弟の間抜けな懇願に流されるチョロ…情の厚さに更に夢中になって。

何処の馬の骨とも知れぬ男と平気で布団に入って信頼しきって眠るマヌ…ピュアすぎる18歳の女の子に夢中にならない奴がいるなら見てみたいね。」


こいつ今絶対チョロいとマヌケって言おうとした。


「…お前因みにその夜ちゃんと寝たよな?」


「ええーー?それ聞かない方がいいと思うよ?」


にっこり笑ってふふふふと、上品に笑いをこぼす元弟、現婚約者に寒気が走る。


「クリスには少し刺激が強すぎるかなぁ」


「お前無抵抗の人間に何してんの?!」


「危機感が足りないっていつも言ってた意味がこれで少しはわかった?」


そういって体に巻きついてくる腕を振り払いながら言われてみればあの頃から確かにスキンシップが過剰に増えたなぁと思い出した。


「恐ろしい事をボロボロ零すな!」


「クリスが聞きたいって言ったんだけどな」


「今回の事の顛末を話せと言ったんだ!」


あの後、会場から出ると当然のごとくクローディア家に戻るクリスに籍変えたろうと言ったら結婚したらどうせこの家に戻ってくるから変わんなくない?と言われた。どうやら婿に入る気らしい。


シャワーを浴びてようやくひと心地ついたところで、クリスの尋問が開始されたのである。


「そもそもお父様もお母様も納得していた事がショックなんだが」


「将を射んと欲すればまず馬を射よ。

先にそっちから落とした方が安全かなぁと」


「よく説得できたなお前…」


「条件付きで何とかね。」


「条件?」


「クローディア家をより大きくする事と

両親の前でクリスから口づけさせる事」


良い加減腕の攻防に焦れたのか、含み笑いをこぼしながらハルトが隣から覆いかぶさってきた。

重くはないがソファのクッションに押し付けられて圧迫感が凄い。


「…クリアしてるのか?」


「俺がクラインベルク公爵の名を持ってクローディア家に嫁いだでしょ?

口づけは婚約発表の直前にクリア」


「待て待て前者はわかるとして後者はわからん。

してないだろ」


「してるよ?あそこの渡り廊下、夜になると中庭が解放されるから会場から丸見えになるんだよ。

クリスそこで俺に口づけしてくれたでしょ?」


「…頬にだろ?口づけって」


上に覆いかぶさるハルトがクリスの両ほほを優しく包んだ。ハルトの大きな手だと、まるで外から隔離されて閉じ込められたような錯覚になる。


「こうやって口元を隠すとね、外からは口づけしたみたいに見えるんだよ?」


「それクリアしたとは言わないんじゃないか?」


「そうだね。だからクリスが本当に俺と家族になるのが嫌なら今回の婚約は無効にできるよ」


「その言い方はずるくないか?」


「ずるくないよ。事実この婚約が破棄されれば俺たちは完全に他人じゃない」


透き通るようなアクアマリンが甘くとろける。


「王宮主催のパーティで結婚を前提に交わされた婚約をさ?強大なクラウンベルク公爵家から断るならまだしも27歳で足に大けがを負った未婚の娘しかいないクローディア伯爵家が断れるかな」


言われた言葉の意味を理解して体が固まる。


「クローディア家が築き上げてきた地位も名声も全て踏み潰すなんてクリスには出来ないねぇ」


「…そんなのわからない」


とろけていたアクアマリンが大きく見開かれた。


頬を包んでいた両手が顔の横に置かれ

四つん這いになったハルトの

大きな体の下に閉じ込められる。


「…そんなに俺が嫌なの?」


ハルトの顔から笑みが消えた。


「俺はずっと怖かったけど、クリスが戦場に行くのをおとなしく見送ってあげたよ?


城の兵舎暮らしでクリスが男に囲まれてるのを気が狂いそうになりながらも耐えたんだ。



ねえ、クリスの愛馬が血まみれになって帰ってきたときの俺の気持ちがわかる?



真っ赤に染まるクリスを見て第6部隊全員殺したかったけどクリスが守った奴らだから我慢したんだ。


クリスの足がもうだめかもって聞いた時

これでやっと俺の側にずっといてくれるって喜んだんだよ。なのに修道院って冗談じゃない。



クリスが大好きなお父様もお母様もこの国も、憧れのブライト総隊長も

皆んなこの婚約を祝福するように仕向けたのにそれでもクリスは俺のものになってくれないの?



断ったら破滅しかないのに、それでもクリスは俺を選んでくれないの?

ねえ嘘でしょ?」


洪水のように流し込まれる涙で掠れたテノールと

頰に次から次へと堕ちる冷たい雫。


なんかもう色々と衝撃が凄いんだが。


「お前…ひねくれすぎだろ…姉の足がダメになりかけてるのに喜んでたのかい…」


「俺が捻くれてるのは絶対クリスのせい」


「お前本当残念なやつだな…。ちょっともう退け。さっきからお前の涙が私の目に直撃しそうで怖いんだよ」


「やだ」


「投げ飛ばすぞ」


「クリスはそんな事しない」


コイツわかってやがる


起こしかけた上半身を諦めてクッションに投げ出すと追うようにハルトが抱きついてきた。

傷ついた足を庇うように横から抱きしめられて正直狭い。


「心配をかけたのは悪かったよ。ごめん。」


「謝るくらいなら俺を選んで」


「なんか酷い勘違いされてる気がするんだが、別にお前を選ばないとか言ってないよな?」


「臭わせるような発言しといてよく言うよ」


「だってなんかムカついたから」


「なにに?」


そこまで言うとクリスはコロンと寝返りを打ってハルトの体の上に乗り上げる。


背中に回された腕は、クリスが体を離そうとするのは拒絶していたが動き自体は咎めなかった。


「なんで私がそこまで追い詰められないとお前を選ばないと思ってるんだ?」


乱雑に前髪を払うと涙に乱反射するアクアマリンが言葉の先を促すように眇められた。


全くムカつく。

こいつはいつも人の事をなにも信用してない。


戦場で愛馬から落ちかけた時、とっさに思い浮かんだのは両親でも国王でも部下でも上司でもない


アクアマリンを揺らめかせながらいつも不安げに見送ってくれる天使


減らず口ばっか叩くくせにその瞳が何処までも優しく蕩けているのは私だってわかる


「コッチはようやく退役してこれからどうお前の側に残ろうかと考えていたところなのに」


「それ本当?」


「お前と違って嘘はつかない」


「俺は必要な嘘をついてるだけ。

クリスはつかなすぎ」


ああ言えばこう言う。

って言うか涙ももう引っ込んでるじゃないか


本当に疑り深い、女々しくて捻くれた奴


でもいいよ。


お前が笑うと私もつい笑っちゃうくらいには私もお前が好きだから


渋ってたのはお前の立場とかリリア嬢との噂とか


そもそもの年齢差とか諸々なんだけど


お前が大切だからこそ渋ってたんだけど


お前がそこまで言うんならもうそんなの

考えてやらないよ


「19にもなったんだ。

自分の言葉には責任を持てよ」


そう言って最後にひと睨みすると


目の前の形の良い唇に軽く口付けた。


完読ありがとうございました、

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