プロローグ
全身が痛い。
燃え尽きそうな程熱く、至る所から血が流れる。翼には穴がいくつも空き、意識も朦朧としていた。
──どうして……こんな事をするの?
頭の中は、ずっとこの疑問で一杯だった。
大勢の冒険者が『竜を倒した』という賞賛欲しさに、寄って集って攻撃してきた。けれど、そんな事をしても意味は無い。
なぜなら、ドラゴンスレイヤーと言う称号は、災厄を齎す竜を倒した場合のみ与えられるモノだからだ。
今までの生を人畜無害に過ごして来た彼女にとって、それは酷すぎた仕打ちだった。
何処かの誰かが彼女を邪竜にでっち上げたのか、はたまた自分が知らず知らずのうちに何かしてしまったのか……彼女には分からない。
もしかしたら、本当に悪意はないのかもしれない。けれど、生死の狭間に彷徨っていたうえに、誰も信じられないこの状況。きっと、今の自分は目に写る生き物の全てを殺してしまう。
彼女はそれを確信していた。
正しく……邪竜のようだった─
『グォ……オォ……』
声を出そうとした。けれど、滑稽な呻き声しか出ない。
段々と、彼女の体から力が抜けて行き、瞼も重くなっていった。
ザッ、ザッ。
死を覚悟して瞼を閉じた彼女だったが、不意に聞こえて来た足音に目を見開く。
死にものぐるいで逃げて来た彼女がいる場所は、近くに小さな町が一つあるだけの田舎の土地。
そんな場所まで根気強く自分を追ってきた者がいるのかと、彼女は一周回って素直に感心した。
ただ、一つ気がかりだったのが、目の前の彼が軽装過ぎたこと。
「こんな所に竜がいるのか……珍しい」
冷静沈着に、彼はまじまじと彼女を見る。
麻布で作ったと思われる服、皮で出来た靴とベスト。お供はメタルスライム。
武器も何も見当たらない。こんなの、向こうから殺してくれと頼まれているようなものだった。
『グォ……オオオォオ!』
──なら、望み通りにしてくれる。
ビギナー冒険者の様な装備だが、きっと相当の手練なのだろう。
彼女を見て、少しの恐れも見せない人間は初めてだった。
ならば、今出せる最大の威力で対抗しよう。手加減は必要ない。
彼女はそう判断し、壊れそうな体を起こした。
目の前の青年は、彼女が動いただけで驚いた表情をしたあと…何故だか嬉しそうな顔をした。
『グオオオォォオ!』
「え、ちょっ……何!?」
腹の底から、炎が湧き上がってくる。
灼熱なんて言葉じゃ生温い。
この炎は、溶かすという概念の遥か先を行く。
直撃すれば、塵も残らず消滅するだろう。
そんな破壊の光が、少年を狙った。
彼女の……白銀竜の……最後の一撃。
「あ、やばいかも……メーさん!」
彼は慌てながら、メタルスライムの名前らしきものを叫ぶ。
瞬間、青年の中にメタルスライムが入っていき、髪の色が青黒い色から銀髪に変わる。
そこまで見えた所で、青年は光に飲まれた。
──……ごめんね。
正当防衛……にはきっとならないだろう。
けど、最後の最後まで生きたいという願いが尽きなかったから……。
それは、ワガママだったのだろうか。彼女が死から抗おうとするのは、間違っていたのだろうか。
彼女には分からない。けれど、人を殺めた罪は大きいだろう。
地獄に落ちても良い。だから、この残り少ない生を静かに過ごさせて──
「あっつ!?何これめっちゃあっつい!?」
『……っ…………』
彼女は衝撃を受けた。だが、それも仕方ない。
今まで、彼女のこの攻撃を直に浴びて生き残ったモノは一人もいないのだから。
しかし、彼は生きている。
手加減なんかしなかった。今出せる全力を出した。
死に際の竜はこれ程までに弱体化するのかと、彼女は自身を疑った。
──けど、良かった……。
その想いを最後に、彼女は倒れる。
最後の抵抗も終わり、体が光の粒に変わっていく。
目の前には、彼女の体を見て悲しそうな顔をする青年の姿。
彼は優しかった……そう確信し、彼女は青年を殺さずにすんだ事をひたすら歓喜した。
「まずい……このままだと死んじゃう。あ、そうだ薬……確か万能薬が……。メーさん、お願い」
今更何をしても遅いだろうと、彼女は諦めた目で青年を見る。
青年に頼まれたメタルスライムは、体を捻りながら無職透明の液体が入った小瓶を出した。
そして小瓶の蓋を開け、その中身を彼女に飲ませる。
すると驚く事に、みるみるうちに彼女の傷が癒え、意識も回復していった。
「良かった……ちゃんと竜にも薬が効いた……」
安心した様に言う青年。
そんな彼を、彼女はただ唖然とした様子で見つめていた。
ありえない…ありえない事だらけだ。
弱っていたとはいえ、竜のブレスを直に受けて無傷で生きていた事も、あと数分で死にたえる筈だった命を一気に蘇らせた事も。
一体この青年は何者なのだろうかと、彼女は気になって仕方がなかった。
「それじゃあ、元気でな」
そっと鼻先を撫でた後、青年は去っていく。
──待って……。
そう引き留めようとしたけれど、何故だか急に睡魔が襲ってきた。どうやら、最後に吐いた炎が思いのほか負担になっているようだ。
微睡む意識の中で、彼女は去っていく少年の姿を見つめる。
今度、ちゃんと見つけてお礼をしよう。彼女はそう決心し、重くなっていく瞼をそっと閉じた。
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