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端の槍  作者: 河合 奏
3/3

第二話「遊び人、村井恭也」

「うるさいですね。わかっているなら背中を押すような一言くらい

 くれたっていいと思うんですけど。」


「は!んなもんやるわけないだろ。甘えんなクソ坊主。」



目の前にはツイストパーマのオールバック、

太いストライプが入ったグレースーツで、

いかにもガラの悪いおじさんが

不動明王みたいなしかめっ面で仁王立ちしていた。



「じゃあ何しに来たんですか。遊びに来たんですか。」


「んなわけねーだろ。」



遊びにきたわけではないのは分かっているが、

対局でもないのにこの人がここへ来るわけがない。


村井恭也。A級8段位。

オールラウンダーで指し筋につかみどころがなく、

言葉通り相手と駒を手の平で転がして弄ぶように戦うスタイル。

指した相手が、いつの間にかミスをしていて気付いた時には詰んでいた、と

幻覚でも見ていたかのように呟いてしまうほどだ。


そして、ギャンブル通いと女性関係が激しいことから

プレイスタイルと掛けてついたあだ名は「遊び人」。


見た目からして棋士らしくない。

歓楽街で部下を連れて集金に回っている怖い人って言われた方がしっくりくる。



「残念ですけど、ここは雀荘じゃありませんよ。」


「お前っ!!」



魔法の呪文を唱えたら、励ましの言葉ではなく掌底が飛んできた。

口を押さえるだけのつもりなんだろうけど、

この人のは力が強すぎて、ただの暴力だ。

そして明王は手加減を知らないからマジで痛い。



「それやめろ!ジジイに聞かれたらどうすんだ!」


「禁止されてもやめない人が悪いんです。」


「いいじゃねーか麻雀くらい!

 棋士だからって麻雀打ったらいけねー決まりなんかねーだろーがよ!」


「対局前日に雀荘で徹マンして、負けてるからって試合すっぽかした上に、

 50万の負けをイカサマだって難癖つけて喧嘩して、

 警察のお世話になった人が麻雀くらいってよく言えましたね。」


「あれは相手が悪かったんだ!

 俺が親で高めの手牌の時ばっか親っかぶりしやがるから!

 ぜってぇイカサマだったんだよ!」



去年の春に行われた名人戦第一回戦。

いくら遊び歩いてても対局に遅刻したことはなかったのに、

その日は開始時間になっても来ていなかった。

電話は電源が入っていなくて繋がらない。

何かあったのかもしれないとみんな総出で探しに行こうとした時、

事務所の電話が鳴った。


その後会長が警察署へ迎えに行き、

将棋会館まで移動中の車内から帰ってきてからもずっと説教されて、

コッテリしぼられたらしいがこの言い訳の一点張りで

会長とはいまだ喧嘩中みたいだ。


三か月間対局料支払い無しのペナルティもあったっていうのに、

反省せずに意見を曲げないところは逆に感心してしまう。



「それ何回も聞きましたし、

 麻雀詳しくないんでわかりません。」


「ちっ。このクソ坊主。」


「あっ、そういえば本当に何しに来たんですか?」


と僕が言い終わる前に明王は喫煙所に向かっていってしまった。

なんとか怒りを鎮めてくれたらしい。



「ふぅ…」



顔の骨をハンマーで小突かれるような鈍い痛みが

まだ顔全体に響いている。


普段、喧嘩とか殴り合いとは縁のない生活を送って生きている。

だから、外側の痛みにはいつまでたっても慣れない。



入り口の自動ドアが甲高い声で鳴いている。

生温い風がエントランスの隅に座っている僕の頬を

拭うように優しく撫でながらまどろんだ。



ふと、スマホに目をやる。

ホーム画面の時計は、8時27分を表示している。

対局開始時刻は9時00分。


目をつむり、深く息を吸う。

大丈夫。落ち着いている。

僕を追いつめていた何かもどこかに消えていた。




対局室は静かだった。まだ誰も来ていない。

パタン、と引き戸を閉める音が部屋中に響き渡る。


対局席に座り、盤に向かう。

冷房で冷えた座布団が気持ちいい。


大丈夫、勝てる、言い聞かせながら

もう一度目をつむって深呼吸しようとした時、

かすかに聞こえてくる蝉の鳴き声に少し気が立った。


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