表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
端の槍  作者: 河合 奏
2/3

第一話「西の生業」

「次は、近江塩津。お出口は、右側です。

 電車の切り離しの為、この電車は10分程度停車いたします。」


蝉がジージー鳴いている。

9月も下旬になればそろそろ少なくなると思っていた蝉が

未だに夏を感じさせる。


僕は夏が嫌いだ。


特に、目覚ましをかけずに昼までぐっすり寝ようとしていても

大合唱で無理やり起こされてしまうから

蝉の鳴き声は大っ嫌いだ。


今も座席で寝ていたところを

見事に鳴き始めた蝉たちに起こされてしまった。


昨夜は熟睡できず、

その上始発電車に乗るために午前4時前に起きて

寝不足だってのに。くそ。



「無理すんなよ。ダセえな。」



無意識にヘイトが口からこぼれてしまったことに、

言ってから気付いた。


イヤホンをしていてどのくらいの大きさで言ったかがわからない。


周りに聞かれたかもしれないと考えたら恥ずかしくなって、

そそくさと隣の車両に移動した。





湖西線と東海本線へ分かれる車両の切り離しが終わり、

電車が動き始めて駅から離れていく。


窓からは太陽を照り返す爽やかな青の琵琶湖が広がっていた。


地図だとそんなに大きく見えないけど、

実際目の前で見てみると向こう岸が見えない。


初めてこの電車に乗ってこの景色を見たときは

感動さえ覚えた記憶がある。


そして目をこらすと、

そんなに綺麗じゃなくて感動が一瞬で冷めたのも覚えている。


でも、この左側の車窓から見る朝日と湖の景色が

妙に好きで、気に入っている。


「あと2時間か…」


上がり始めた日の光を浴びていると

少しずつ頭が冴えてくる。


余計なことを考えたくなくて

電車では寝ようとしていたのに、

蝉のせいで目が覚めてしまった。


まだ到着まで少し時間がある。


お気に入りのジャズを聴いて、頭の中を空っぽにする。


これから嫌という程、脳を絞り、気を擦り切らせられるように。

ただ勝つために、全神経を研ぎ澄ませられるように。


いつもやっていることだ。

そうだ、今日もやれる。

上手くいくはずだ。






「大阪、大阪。終点です。お出口は左側です。」



大阪駅を桜橋口から出て、

梅田の雑踏を避けるように宝塚線に沿って西へ歩いていく。


時代が生んだコンクリートに囲まれるこの街並みは

僕の住んでいる田舎とは違いすぎて

携帯のマップを使っても何回も迷ったもんだ。


それも毎週のように通っていたら慣れるもので、

今となっては消えかけの道路の白線や

高架の壁についた傷やコンクリート独特のシミさえ

こちらの生活の一部みたいに自分の中で馴染んでしまっている。


もうすぐ5年になるなぁと

少し前のことみたいに考えていたら目的地に着いていた。



関西将棋会館。



ここの関西奨励会に僕は席を置いている。

段位は、奨励会二段位。


そして今日は、奨励会三段リーグ編入試験の3日目。


2日目までの試合結果は、三勝一敗。


昇格条件は、八局中六勝。

残りの四局で三勝すれば、見事三段位に昇格できる。


二敗すれば今と同じ二段位のまま。

そして、また今年一年でアマ6棋戦のうち

一タイトルを優勝しなければ次の編入試験すら受けられない。


1度しか負けが許されない状況に

昨日の夜は見えない大きな何かに追い詰められてる気がして

まともに眠れなかった。


大阪に向かっている電車の中から

雑念を払って緊張を紛らわしていたのに

会場に着いた途端、

また何かが僕を追い詰め始めた。


空気が薄くなっていくような気がして

エントランスの椅子で背中を丸めていると、


「よぉ。」


目の前から聞き慣れた乱暴な声が聞こえて、顔を上げた。



「いつもどおり苦しんでんな。」



いくら若く見えるとしても

とうてい還暦を迎えたとは思えない

おじさんが仁王立ちしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ