幻惑魔法【複製】 二
あれはたしか、俺が14体の魔王を倒し、342種のモンスターを絶滅させ、33の国を救い5つの国を滅ぼした後の話だ。
俺は相変わらず貧乏だったが、やみくもにモンスターを狩るのではなく、懸賞金がかかったモンスターを狙って狩るように活動方針を変更していたので、経済的には多少安定して、以前のように所持金がゼロになるというようなことは少なくなっていた。
しかし、懸賞金のかかったモンスターを狩るというのも楽な話ではない。
もちろん、単純な戦闘力ならば、どんな危険な相手であっても大して苦戦もせず倒せてしまう力が俺にはある。
だが、賞金稼ぎにとって真に重要なのは情報網だ。
まず第一に、どのモンスターに懸賞金がかけらているかの情報。
つまり、どんなモンスターにどれほどの懸賞金がかかっているのかをいち早く把握すること。これができていなければ、競争のスタートラインにも立てていないことになる。
第二には、どこに行けばそのモンスターに会えるのかの情報だ。
これに関しては、やり方はいろいろで、学者肌の者はモンスターの生態系や行動パターンを研究し、先回りして罠を仕掛けたりする。あるいは何十人という集団を組んで人海戦術でモンスターを探す連中もいる。
俺はとにかくこの情報戦が苦手だった。魔法のいくつかはモンスターを探すのに役立てることはできたが、それでも情報戦に長けたライバルは異常な速さで賞金首をゲットするので、出し抜かれることが多かった。
当時、俺が生活していたのは、ガベット王国のティニック自治領だった。ここは軍隊が少数しか常駐していないので、モンスターが出現した時の対処は、高額な賞金をかけてあとは放置という感じだった。なので賞金首は多かったがライバルである賞金稼ぎも多くて楽な生活ではなかった。
ある日、俺は町の掲示板にただならぬ人だかりができているのを見つけた。人の群れをかき分けて掲示板を見てみると、超大物が賞金首として告知されていた。
レッド・ドラゴン
戦闘力はあらゆるモンスターの中でも頂点に君臨し、吐息ひとつで一軍を壊滅させ、その強固な鱗はどんな刃物をも通さない。加え高度な知性を持ち、人間よりはるかに狡猾で、罠などの小細工が通用する相手ではない。個体によっては上位の魔術まで使いこなすという、およそ人間が立ち向かえる相手ではない。
それがこのティニック自治領に出現したというのだ。
町の住人たちは騒然としていた。
しかしそれ以上に興奮していたのが、賞金稼ぎどもだった。なんでかというと、その賞金の莫大な金額である。今までの小物とはけたが違う、もし手に入れば100年以上遊んで暮らせるような額だった。
「こいつはやべえやつがきたぞ!」
「兄弟、マジでやるつもりかよ……でも、ドラゴンだぞ? かないっこねえ」
「バカヤロー! 見ろ、この賞金の数字を! こいつを見て逃げ出すような奴は男じゃねえ! ちんこちょんぎって、かつらかぶって、今晩から客をとりやがれ!」
なんて感じの会話がそこいらじゅうから聞こえてきた。
俺はあせった。
ドラゴンがこんな寄せ集め集団に負けるとは考えにくいが、怖いのはこの連中が無駄にドラゴンを刺激して、逃げられてしまうことだ。また、万一ということもある。欲に目がくらんだ人間というのは、時に思わぬ力を発揮するものだ。
俺は精神魔法【催眠誘導】を発動した。
周囲の賞金稼ぎはすぐに大騒ぎをやめ、大きなあくびをして、ひなたぼっこをしてる猫のようなとろけるような目をしてばたばたと倒れていった。
これで2日は眠り続けるだろう。
「すまんね。ふだんはこんなことしないんだが、今回は負けるわけにはいかないんでね」
なんとしてもドラゴンをこの手で仕留めて大金を手にしたかった。その金さえあれば生活に困窮せず、自由に生きていけるはずだった。俺はその金で百年のニート生活を満喫したかったのだ。
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さて、どこから探そうか。
手掛かりはない。
しかし、ドラゴンほど目立つモンスターともなれば、うわさが立つはずだ。最も堅実な手としては、酒場に行って情報収集することだが、それは俺の大の苦手分野だ。アルコールは飲めないし、知らない人に次から次へと話しかけて情報を聞き出すなんて、あまりにも難易度が高すぎる。ストレスで死んでしまう。
「ちょっと、ねえ、あんた」
町をうろうろしていると、変な女に声をかけられた。
狩人のような服装にマントを羽織って、短剣と弓を装備している。一目見て賞金稼ぎだとわかった。
「なんだ?」
「あんたも狙ってるんだろ? あの大物を」
「ドラゴンなんかに手を出す馬鹿がどこにいるんだ?」
「ここにいるね」
女はまず自分自身を指さし、次に俺を指さした。
「そしてここにも」
「買いかぶられたもんだな。俺は命が惜しい。ドラゴンなんぞとはかかわりたくない」
「あらら、じゃあさっきの広場で、ライバルどもを眠らせたのはなぜかしらね」
「……」
「【睡眠誘導】、それもあれだけの人数を一度にまとめて眠らせるだなんて、あんた、とんでもない使い手だよね。隠そうとしてもあたしには通用しない」
「何の用だ? 不眠で悩んでるってことなら助けてやるぞ。いま、ここで」
すごんで見せてみる。が、全く動じない。肝の据わった女のようだ。
「まあまあ、落ち着きなさいって。単刀直入に言うと、あたしと組まないかって提案をしたかったのさ。あたしの得意分野は“情報”。あたしがドラゴンの居場所を見つけてやるから、あんたが倒す。賞金は山分けってわけ」
なるほど、この女が俺に近づいてきた目的は理解できた。
だがこれは悩みどころだった。
正直言うと、俺は誰かと組むのはもうたくさんだった。【支配】を使った時の話を最初にしたが、あんな感じで失敗したことは1度や2度ではなかった。パーティーを組んで行動すれば、必ず俺は何かやらかす。1人がよかった。
しかし、俺とこの女の2人編成パーティーなら、どうにかなるのではないか。
3人以上になるとまずい。しかし2人なら……という期待もあった。
また、“情報”が得意分野であるという女の言葉も魅力的であった。もしそれが事実で女が情報収集のスペシャリストなら、俺の致命的に苦手な部分を補ってくれる理想的なパートナーといえる。今回の件がうまくいけば、長期的に協力関係を結んで、賞金を稼ぎまくることもできるかもしれない。
「いいだろう。ただし、抜け駆けはなしだ」
「うん、決断の早い男、好きよ。あたしはラピア。よろしくね」
女は握手を求めてきた。
俺が手を握ると、女は子供のような純真な笑顔を見せた。
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ラピアと組んでからは、事は驚くほど順調に進んだ。
俺が1か月かかってもできないようなことを、ラピアは1時間もかからずにやってのけた。酒場での情報収集なんてお手の物。町の有力者たちに取り入って極秘の情報を入手したり、競争相手であるはずの別の賞金稼ぎから情報を根掘り葉掘り聞きだすという離れ業まで軽くこなした。
信じられないことだったが、ラピアと出会った翌日には賞金首のドラゴンと出会えた。
まあ出会えたといっても、はるか遠くの空を飛行しているのを目撃できたというだけだが、それでも目標に近づけたということには違いない。
しかしそれから俺たちは、ドラゴンの狡猾さを嫌というほど思い知らされることとなった。
そのドラゴンは、明らかに俺たちの追跡に気づいていた。
日ごとに行動パターンを変えたり、フェイントで俺たちの追跡をまいたりするんだ。俺たちは遠目にドラゴンの姿を見ることはできても、一定の距離以上に接近することはできなかった。
しかも厄介なことに、そのドラゴンもなかなかの魔法の使い手であるようで、【消失】を使って姿を消したりなんてこともした。
あの巨体が一瞬にして消えたときは、さすがのラピアも言葉を失っていた。
厄介極まりない相手だ。
なにかうまい作戦はないかと、俺とラピアはいつもああでもないこうでもないと話し合っていた。