精神魔法【支配】 四
俺はとりあえず王都から離れようと、西部へ続く道を走っていた。
なんでこんなことになってしまったのか、まったくわからなかった。
俺はただ、明日の生活費を稼ぐためにがんばってみただけだ。
それがまるで大罪人にように逃げなければならないとは、つくづく俺は集団で行動することに向いてないようだ。
なんてことを考えながら暗い気持ちで歩いていると、林からいきなり誰かが飛び出てきて俺の行く手をさえぎった。
追っ手か!? と思って身構えたが、よく見ると魔術師だった。
「なんだ、あんたか。とんでもないことになったな。今は少しでも王都から離れたほうがいい」
「……」
魔術師は黙っていた。
俺はその様子がおかしいことに気づいた。
明らかに魔術師は俺を警戒していた。
「昔、お師匠に聞いたことがある。太古には、今の私たちが知らない上位魔法が存在していたと」
女が口を開いた。
「魔術トークは後にしよう」
俺を無視して女は話を続けた。
「それらの存在を消された上位魔法。その中に、“他人を意のままに操る精神魔法”があった」
「……」
「その名を【支配】――――お師匠はそういってた。でも、それは古文書に記されているだけ。実際に【支配】を使える人間なんて存在しない。それが定説だった」
魔術師が俺を見る目、それは得体の知れない怪物を見るような目だった。
「あなた、いったい何者なの?」
「ただのコミュ障魔術師さ」
「なんの目的で私たちに近づいたの?」
「宿代と飯代のため」
「馬鹿にしないでよッ!」
いきなり魔術師の構えた掌から巨大な火球が俺に向かって放たれた。
俺は瞬時に【防壁】を発動して光のバリアを出現させた。
ずどんっ!
火球はバリアにぶち当たった。
おそらく魔術師の全魔力を込めていたのだろう。想定よりもはるかに強力な攻撃だった。しかし俺の【防壁】を破るには、まったく力不足だ。【防壁】はびくともせず、巨大な火球は雲のように消えた。
渾身の一撃をあっさりと無効化された魔術師は、信じられないという顔をしていた。
「今の一発は大目に見てやる。だが、次は開戦の合図だ。こちらも全力でお前を攻撃する。お前の肉体がこの世界から消えるまで、攻撃を止めない。覚悟があるなら、二発目を撃ってみろ」
俺は言葉で威嚇した。
しばらく、魔術師と俺はにらみあったまま、微動だにしなかった。
やがて魔術師は膝から崩れ落ち、すすり泣きはじめた。
「ううぅ……」
人間の心が折れた音が聞こえたような気がした。
俺は道の先へと歩き始めた。
逃避行の再開だ。
魔術師とすれ違う瞬間、小さな声で別れを告げた。
「じゃあな」
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ノエルは階段に座り、ケインの話を聞いていた。
「それから、あの4人と会うことは二度となかった。聞いた話だと、勇者、拳法家、僧侶の3人はそれから40年以上も牢獄に幽閉されたあと、特赦で解放されたそうだ。でも長い幽閉生活で能力は衰え、その後は浮浪者のような生活だったらしい」
「魔術師の人はどうなったんですか?」
「あいつはうまく隣国へ逃げおおせたよ。しかもどうやって取り入ったのか、宮廷の顧問魔術師の一人にまで昇りつめた。すごい出世だな。でも、内乱に巻き込まれて命を落とした」
「なんだか、かわいそう」
ノエルが同情する。
「べつにかわいそうじゃないって。日頃の行いがわるかったんじゃないの?」
「違いますよ。ケインさんが魔法を使って悪さしなければ、そんなことにはならなかったじゃないですか」
「俺は別に悪いことなんて何にもしてないからね。調子に乗ってた連中を、少しへこませてやっただけだし」
「……でも、結局ワイバーンは倒せず、困ってる人々を救えなかったわけじゃないですか。ケインさんが変なことしなかったら、たとえ時間がかかっても勇者さんたちが倒していたかもしれないですよ」
「ああ、ワイバーンの群れなら逃げる途中で俺が倒したよ」
「えぇ? どうやって?」
「いや、普通にでっかい竜巻を作って皆殺しだよ」
「……」
「もう話はいいだろ。久しぶりにたくさんしゃべったんでなんかすごい疲れたわ。じゃあ、俺は寝るから掃除とかよろしく」
そう言い捨てるとケインは階段を昇ってどこかへ消えた。
ノエルはうなだれた。
この男のもとでこれから働くのだと考えると、気が遠くなった。