精神魔法【支配】 三
部屋にひとり残された俺は自問した。
俺がおかしいのだろうか。
あいつらのように、人を困らせるモンスターと戦いもせずに金を集めて回ることが、このパーティーのやることなのか。
たしかに、リスクはある危険な仕事だ。
だから相応の対価を求めるのはわかる。
でも討伐に成功すれば、成功報酬という形で対価は手に入るはずだ。
もしかすると、あいつらは本当は自分たちでワイバーンを討伐するつもりなどなく、金を集めるだけ集めて、どこかの軍隊だか他の種族のモンスターだかがワイバーンを倒してくれるのを待ってるだけなんじゃないだろうか。
というか、ここが一番重要なのだが、俺は“黄金の短剣”をもらえるのだろうか。
いや“黄金の短剣”は、式典で王より直接手渡しされるもの。
ということは、式典に参加できない俺はもらえるはずもない。
となると、一文無しの俺は今日からどこで寝ればいいんだろう。
晩飯は何を食えばいいのだろう。
というかそれ以前に昼飯は何を食えば……。
頼めばあいつらは金を貸してくれるかもしれない。しかし、さっきの口論で気まずい雰囲気になってしまったのであいつらの世話にはなりたくない。
いろいろ考えているうちに、俺は猛烈に腹がたってきた。
俺は普通にワイバーンを討伐して賞金をいただこうと思っただけだ。
どうして俺がこんな思いをしなくてはならないのか。
この怒りは、ちょっとやそっとでは収まらない。
あいつらのせいで今日から俺はホームレスだ。
そしてあいつらはというと、営業で金をしこたま集めて私腹を肥やしている。毎晩酒場で飲み会を開いて、干し肉つまみながら高い酒飲んだりしてる。ほんとはワイバーンを討伐する気なんてないのに。
許せん、と俺は激怒した。
もう、この式典をぶち壊しにするしか俺の怒りを鎮める方法はない。
俺は部屋を飛び出て、【消失】の魔法を使って自分の姿を消し、衛兵に見つからないようにして式典会場の大広間へと急いだ。
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式典はすでに始まっていた。
大広間にはたくさんの人々がひしめいていた。
だだっ広い空間に、荘厳な装飾が施された柱や彫像や螺旋階段などがある。集まった群衆はみな、いわゆる上級国民的ないでたちで、貴族、軍人、学者、どこかのお偉いさんの子供たちもいる。玉座には王、そして隣に奥方と思われる中年女性が座っていた。うわさどおり、怒らせたら手の付けられないたちの悪い妖怪のような顔をしていた。
執政官が王を賛美する言葉をながながと述べていたが、やがてそれが終わるとワイバーン討伐隊の任命式へと移行した。
音楽隊が高らかにファンファーレを鳴らすと、勇者を先頭に4人が背筋を伸ばして入場し、玉座の前にひれ伏した。
ふだんは自信満々なこの4人が冷や汗だらだらに緊張してておかしかった。
執政官が叫ぶように言う。
「今ここに、真の勇気をもつ4人を王国の騎士とするっ! その者たち、未来永劫にわたり、コーンネール王とその民に仕える心構えはあるか!?」
それに対して勇者が即答する。
「はっ! この身が砂へと還るまで!」
「その者たち、王国とその民を脅かす凶悪な敵が眼前に現れたとき、それをうち滅ぼす心構えはあるか!?」
「はっ! 猛き心をもって」
「ならば王より短剣を授かり、騎士となるが良い」
ひざまづいていた勇者が立ち上がり、王の前に進み出た。
勇者と俺との間には群衆がおり、距離はかなり離れていたが、射程距離の範囲内だった。
俺はそのタイミングで精神魔法【支配】を発動し、勇者の体を乗っ取った。
自分のものだった視界がいきなり勇者のものに移り、目の前には短剣を差し出した王が立っていた。
勇者の手をグーパーグーハー握ったり開いたりしてみた。
よし、ここからだ。
どうやってこのばかばかしい式典を台無しなものにしてやろうか。
「アエェェ―イイッヒィ―ッッ!!!!」
まずは白目をむいて口を大きく開け、勇者ののどから謎の奇声を出してみた。
広間に緊張が走った。だれもが勇者の身に何が起こったのか理解できないようだ。
次に王の手の上にある黄金の短剣を荒々しく奪い取ると、地面にたたきつけ、思いっきり踏みつけてやった。
群衆はざわざわと騒ぎ、中には悲鳴を上げる者もいた。
王は突然発狂したかのような勇者の様子をみてびっくりしたのか固まっていた。
ここでやめる予定だったのだが、俺はつい興奮してしまい、調子にのってさらにアクセルを踏み込んだ。
勇者が着ている礼装をびりびりと破り捨てて全裸になり、股間の一物に手を添えて狙いをつけると黄金の短剣に対して放尿した。
つまり、“黄金の短剣”を“黄金の液体”で洗ってやったってわけだ。
広間は大混乱である。
気の弱い奴は気絶してしまうし、かと思えば俺(というか勇者)に対して怒鳴りつける連中もいて、それが広場全体にわんわんと反響し、台風の中にいるみたいに騒がしい。
すると、突然強い衝撃に視界が揺らいだ。誰かに殴られたのだ。
くそ、俺(というか勇者)を平手打ちしやがったのはどこのどいつだ?
振り返ると、鬼のような形相の奥方が、俺(というか勇者)をにらみつけていた。
この状況で恐れずそんな行動ができるとは大した女だ。
もう十分かな、俺はそう思った。
まあ、ここらへんが落としどころだろう。
俺(というか勇者)は、奥方に謝罪してこの混乱の式典を終わりにしようとした。しかし、慣れない体を操作しているせいで足がもつれて倒れてしまった。
誓って言うが、俺はそこまで大事にするつもりは全くなかった。式典を台無しにして、4人を少しへこませてやる程度でよかったのだ。
しかし、倒れ方が悪かった。
勇者の体は奥方を押し倒すような形で倒れてしまった。
全裸の勇者に組み敷かれて、さすがの奥方もあらん限りの大声で絶叫した。
その絶叫で我に返ったのか、王が衛兵に指示を出す。
「衛兵っ! この痴れ者を止めよッ!」
俺(というか勇者)は瞬く間に武装した兵士に取り囲まれた。
「いや、違うんですよ。これはそういう卑猥な行為ではなく……」
弁解しながら奥方から離れようと勇者の体をじたばたさせるが、精神が動揺しているせいで思うように手足を動かせず、悪いことに指が奥方の服に引っかかってびりびりと破いてしまった。
もうそうなると手の施しようがなかったね。俺は事態の収拾をあきらめた。
【支配】を解除して自分の体に戻ると、【消失】で姿を消したまま城を脱出しようとした。
玉座のほうを見ると、4人の仲間たちは兵士に捕縛されようとしていた。
4人とも何が起こっているのかわからなくて困惑していた。
勇者、拳法家、僧侶が縄につき、次は魔術師というときに、いきなり広間が強烈な閃光に包まれた。
その場にいただれもがその光に網膜を焼かれ、行動を停止した。
数秒間、視界が真っ白になり、視力が回復した時には魔術師の姿はなかった。
幻惑魔術【発光】
光を発する、というごく単純な魔法で俺は懐中電灯の代用品として使っていたが、こんな使い方をするとは、あの女魔術師め、なかなか機転が利くじゃないか。
俺は泣いて許しを請う勇者、拳法家、僧侶の3人をそこに残して城を去った。
ここで捕まったら何十年ぶち込まれるかわかったもんじゃない。
王都からとんずらしなければ。