精神魔法【支配】 二
「うぎゃああああ!」
びりびりびり!
朝、路地裏で熟睡していたところ、全身に電撃が走って目覚めた。
翌日が大切な式典の日だったので、朝になったらタイマーで電撃を自分に流すよう、あらかじめ魔法をかけておいたのだった。
「あいたたたた……。頭が……クソ痛い」
苦手な酒を飲まされて二日酔いで頭は痛いわ、疲労の蓄積で体はだるいわだったが、もうすぐ式典が始まる。
王宮へと急がなければならなかった。
俺がここまで式典にこだわるのにはわけがある。
正式に王様から任務を与えられると、“黄金の短剣”がもらえるのだ。
当時、俺は完全に無一文だったから、それを手に入れてどこかで売らなければ寝る場所も飯もないというありさまだった。
そもそも俺がこのパーティーに加わったのはずいぶん前になるのだが、給料のようなものは全く支給されていない。
今日もらえるはずの“黄金の短剣”がなければ、この先もっと悲惨な生活を送らないといけなくなる。
俺はふらつく足を動かして王都を駆け抜け、王宮へと急いだ。
といっても“目覚まし”をセットしておいたおかげで、だいぶ時間には余裕があった。
久しぶりに全力で走ったせいで、汗でびしょびしょ、はぁはぁと呼吸は苦しかったが、無理に運動したおかげか二日酔いは少し回復し、体調はマシなものになっていた。
俺は衛兵に声をかけ、ほかの4人が集合しているはずの控え室に案内してもらった。
一時はどうなることかと思ったが、何とか間に合った。ひと安心して部屋に入る。
4人はもうすでに集まっていた。
しかし、服装が昨日のものではない。
貴族が着るような、けばけばしい色合いの立派な正装で身を固めていた。
「おまえ、どうして遅れたの?」
遅れただと? いきなり勇者からそんなことを言われたので驚いた。
「は? いや、集合時間には間に合ったろ?」
「変更になったって言ったじゃん」
誓って言うが、集合時間の変更など俺は聞いていない。
むかむかとした怒りが腹の底からこみあげてきた。
「いや、そんなこと聞いてねえし!」
勇者と2人で押し問答をしていると、僧侶が口を出してきた。
「そういえば、あの時、ケインさんはいなかったような」
「あの時って?」
「一昨日の飲み会で時間の変更を教えていただいたのですが、ケインさんが『疲れた』とおっしゃり帰ったあとでした」
すると勇者は「あー!」と思い出し、ばつの悪そうな表情を見せた。
「てっきりもう伝えたかと思ってたわ」
ちゃんと謝れよ! と言いたかったが、これ以上つついたところで人間関係が悪化するだけだ。
「……いや、いいよ。それで、その、君らが着ているご立派な服はどこでもらえるの?」
「うーん、悪いけど、今日の式典にケインは出れないかな」
申し訳なさそうな様子で勇者が言う。
「はぁっ? 出席できんだと?」
冗談ではなかった。
“黄金の短剣”をもらわねば、今日から俺はホームレスだ。
「何言ってんだよ。俺も出席するから」
「それがだめなんだよ。この服、着るのがすごくめんどくさくて、宮廷専属の仕立て屋に手伝ってもらわないと着れないんだ」
「じゃあ手伝ってもらって着るよ」
「無理よ」
魔術師が介入してきた。
「仕立て屋さんは今、他の貴族たちの面倒を見てるとこだろうし、服だけじゃなくて作法の練習とかも終わったのよ。式典全体のリハーサルも何回かしたし」
「そんなもん、お前らがここで俺に教えて、あとはぶっつけ本番でなんとかなるだろ」
「そんなわけないでしょ!」
魔術師が激怒した。
「王様の奥方はしきたりに細かくて、少しでもそそうがあれば、すべてが台無しになるわ」
「気にしすぎだろ。きっとそこまで怖い人じゃないって。たぶん」
「それがほんとに怖い人なんですよ」
と僧侶。だれか一人だけでもいいから俺に加勢してくれないか。
「ある式典で礼をするタイミングを間違えたネッケル将軍は、奥方の逆鱗にふれて、任を解かれて国外追放ですから」
「有名な話だよねー」
「まあケイン、そんなわけだから今回はあきらめろや」
拳法家がガハハ!と笑って俺の背中をバンバン叩いた。
「だな。まあそんな気にすんなよ」
そう言って勇者がうなづく。
いや、そもそもお前の伝達ミスのせいだろ。お前が言うな。
しかし結局4人に押し切られた形になってしまった。
「じゃあそろそろ時間だから行かないとな」
「ちょっと待てよ、式典の間、俺はどうしてればいいんだよ?」
「そうだな……これでも読んでおいてくれ」
勇者から紙切れを手渡された。
「なんだこれは?」
「これからの予定表だ。営業先が書いてあるから、頭に入れておいてな」
「予定表だと……?」
読んでみると、小さな文字でびっしりと“いつどこのだれを訪問するのか”ということが細かく書かれていた。
「なんだこれ、1年先の予定まで書いてあるぞ」
「まあ仮の予定だけどな。アポイントをとったわけじゃない」
「いや、おかしいだろ! 営業ばっかでワイバーンは放置かよ!」
俺がそう怒り出すと4人は顔を見合わせて困った顔をした。
駄々をこねる子供を見たときの親のような顔だ。
「あのね、ケイン君。私たちも慈善事業でこれをやってるわけじゃないのよ? いざ戦うとなれば命がけだし、けがをして後遺症が残れば、あとの人生も大変でしょ? 自分たちのために、できるだけ資産を集めておかなきゃ」
魔術師が、生徒に説教する教師のような顔で言った。
「そうは言っても1年は長すぎだ。何人の家族が家をなくのか、何人の子供が親をなくすのかもわからない。それにあまり長く待たせると、誰かほかの奴がワイバーンを倒してしまうかもしれない」
「それこそまさにハッピーエンドってもんじゃない。わたしたちは危険を冒すことなく、お金を集められる。理想的なシナリオ」
なにわかりきったことを言ってんのよ馬鹿ねえ、みたいな感じで魔術師が言った。
なんだこいつら。
金だけ人々から巻き上げて、戦わないつもりなのか。
それはあまりにも無責任なんじゃないか。
俺は反論したかったが、その時、案内役が部屋に来て俺以外の4人を式典会場へと連れて行ってしまった。
おいおい、こいつらマジかよ。
絶対にやる気ないぞ。