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プロローグ② 辺境の魔術師

ノエルは荒れ果てた館の扉の前に立ち、大きく深呼吸してから扉をたたいた。


「すみませぇぇーん、あのおぉー」

第一印象は大切だ。

ノエルはとっておきの愛くるしい声を出した……つもりだったが、緊張と恐れのせいで、狼の群れに襲われた旅人のようなびくびくした声になってしまった。


「あぁーい」

どこからか、気の抜けた、眠たそうな返事が聞こえて扉が開いた。


年齢は20代後半から30代前半といったところだろうか。体格は中肉中背。白髪のどこか頼りなさげな男があらわれた。

初対面のノエルを見て、ものすごく嫌そうな表情を浮かべた。

「あなたの訪問がすっごい迷惑だから帰ってくださいお願いします」って顔だ。


「ア、ハイ、どちらさまでしょうか?」

さっきまで寝てたのだろうか。男がぼさぼさの白い髪をかき上げながら言った。


「あ、あの、わたし、ノエルといいます。ここで働かせてもらいたくて来ました」

ノエルがそう言うと、男の曇った表情が一瞬でぱぁっと輝き、歓迎ムードになった。


「おおぉっ!! マジか! どうせ俺んとこになんて誰も来ないよってあきらめてたんだが、そうかそうか、来てくれたか」


「あなたが……ケイン……さんですか?」


「そうだよ。正しくは“啓二”だけどね」


「は?」

思わず声が素にもどった。


「だから、け・い・じ。こっちの世界じゃ珍しい名前なんで、みんなにはケインって呼ばれてるけど」


「えーっと、“こっちの世界”って?」


「ああ、俺、もともとこの世界の住民じゃないんだわ。ずっと昔に異世界からここに来たから」

わけのわからないことを、なんでもなさそうなことのように言う。頭のいかれ具合は相当なものだろう。


「この世界の住民じゃない? 異世界から来た? ……それって何年前のことなんですか?」

もちろんノエルには1ミリも理解できない。


「さぁ? あまりにも昔で、もうどれだけ経ったのかわかんないよ。朝、出勤するのがガチで嫌で、駅のホームで吐きそうになって、覚えてるのはそこまでで、気がついたらこの世界にいた。たぶん飛び込んだんじゃないかな」


いったいこの白髪男は何を言っているのだろう。

ひょっとして妄想で小説でも書いているうちに発狂してしまったのだろうか。

事前情報で変な人だとは聞いていたけれど、予想以上に変な人が出てきてびっくりし、ノエルは黙り込んでしまった。


「んじゃあ、仕事について何か質問ある?」

めんどくさそうにケインが言う。まずい、ここで働く流れになってる。

話の流れを変えなければ。適当に理由をつけてこの仕事は断ろう。


「あっ、しっ、仕事はどんなことをやるんですか?」


「君、どんなことができるの?」


「村では農作業とかしていました」


「じゃあまずは庭の手入れからはじめてよ。見ての通りひどい状態だから」


この広大な庭、それも、もう何十年も手入れされていないようなひどい状態の庭を?

ノエルの人生をささげても、生い茂る雑草をすべて抜くことさえできないだろう。


「広いし、私ひとりじゃ無理です」


「完璧じゃなくていいんだよ。この状態から少しマシにしてもらうだけでいいから」


「はぁ」


「他に何か質問は?」


ノエルは迷ったが、聞いてみることにした。核心を突く質問を。


「あの、あの、えーと、ケインさん……が、40体の魔王を倒したって聞いたんですけど」


「ああ、うん。魔王ね。まあこっちに来てからちょくちょく殺してるよ。正確には40体じゃなくて48体だけどね」


「……」

ノエルはあきれて言葉を失った。


「ついでに言っておくと、他には1200種以上のモンスターを絶滅させ、213の国を救い、18の国を滅ぼしたことがあるよ」


「……」


「あと乱暴な神様を始末したことが4回ある」


「……」


「連中、神様だから、人間の常識ってのがないのよ。中には無駄に人間を虐殺したり、変なモンスターばかり創造する奴もいるから……って、その顔、俺の言うこと全然信じてないよね?」


「魔王が勇者に倒されたのは80年前ですよ」


「ああ、俺、なんか年取らないんだわ。魔力が暴走しちゃって、常時回復魔法を自分にかけてるみたいで、老化が進まないんだってさ」


「魔王は48体もいないです」


「いたんだよ。君が知ってる魔王の前に47体。倒しても数十年から数百年おきに湧いてくるんだわ」


「そんなにすごい魔術師がいるなんて、聞いたことないです」


「だれも信じてくれないからね、俺のこと、頭のおかしい金持ちって思ってやがる」


「違うんですか?」


「証拠を見せようか?」


ノエルの返事を待たず、男の眼が青く光った。

次の瞬間、ノエルの体が勝手に動き出した。

ノエルの手足がばたばた動き出すが、本人の意思ではない。

この男に体を操作されているというのだろうか。


小さな体がゆらゆらと踊って、くるくると回転し、倒立して背中からばたんと倒れた。


「痛い……」

地面に倒れたままノエルがうめいた。


「うわっ、ごめん。ひさしぶりだからうまく動かせなかった」


「なんなんですか、これ?」

背中をさすりながら、ノエルが立ち上がる。


「精神魔法【支配】だ。相手の体を思い通りに動かせる」


「そんなの、聞いたことないです。魔法ってのは、もっとこう、炎を出したり、敵を眠らせたり……」


「君がいま言った【睡眠誘発】も精神魔法の一種だ。ただし、【支配】は上級だからな。並みの魔術師じゃあ、存在すら知らない」


「なんかうさんくさいです。これって魔術じゃなくて催眠術じゃないんですか?」


「せっかくこの俺が、上級魔法を実演してやったのに、疑り深い娘だな」


「こんな魔法、役に立つんですか?」


すると、男は少し懐かしそうな眼をして、そして小さく笑った。


「ま、いいさ、ちょっと昔話をしてやるよ」

そして、魔術師の長い話が始まった。

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