幻惑魔法【複製】 九
斬首したばかりの俺が、わずかな時間で五体満足な状態で復活しているので、ラピアは混乱していた。
あっけにとられ、はてなマークを顔に浮かべていた。
「いったい、何が……」
「ラピア、お前の情報屋としての手腕はなかなかのもんだな」
俺は【凍結】を発動してラピアのひざから下を凍らせた。
これでもう動けない。
ラピアの顔が恐怖に歪んだ。
「だが、“浅い”。それで俺を理解したつもりか? 浅いんだよ。酒が弱点だとわかっただけで、俺を裏切ろうとするのは軽率だったな。もっと深く俺を知っていれば、敵対するにはあまりにも危険な相手だとわかっただろうに」
ラピアは床に転がった俺の肉体、頭部がなく、首からまだ血がどくどくと流れ出ている肉体と、全裸の俺とを見くらべた。
「身体を再生したの? この短時間で? ……ありえない。そんな魔術師が存在するわけない!」
「すまんね。俺は本来この世界の住人じゃない。そのせいなのかどうなのかはわからんが、一般的な魔術師とはけた違いの出力で魔法を使えるんだ。魔力の一部は暴走していて、肉体的にダメージを負うとオートで回復魔法が発動して勝手に修復しちまう。恐らく寝首をかいても俺は殺せないだろうよ」
俺はゆっくりとラピアに近づいた。
一歩近づくたびに、彼女の恐怖が増大してくのがわかった。
「それで、お前はこれから死ぬわけだが、何か言い残すことはあるか?」
「あ、ああぁ……」
ラピアは逃げ出そうとしたが、もちろん足を凍らせたのでどこへも逃げることはできない。
逃走が不可能なことを理解したラピアは命乞いをはじめた。
「ねえ、あたしに……もう一度……もう一度だけチャンスをちょうだい! おっ、お願いッ! もうあんたに逆らうような馬鹿な真似はしないから! まだあたしは、あんたの役に立てる。わかるだろ?」
「チャンスねぇ」
「信じてよぉっ! あんたがヤバい奴だってもう十分にわかったから! これからは忠誠を誓うからぁ!」
「じゃあやるよ、チャンス。最後のチャンスだ」
「えっ?」
「今からお前を、少しづつ凍らせていく。完全に凍るまでに俺を説得して気を変えてみろよ。そういうの、お前の得意分野だろ」
別にラピアを苦しませようとしたわけではなかった。
ほんとのことをいうと、俺は期待していた。
ラピアが俺の気を変えてくれることを。
この数日間、仲間ができて嬉しかったのだ。
そして、俺は彼女がただの仲間以上の存在になってくれることをいつの間にか期待していた。
だから、もう一度、ラピアとやり直したかった。
しかし、ラピアは震えて涙を流すだけで、何も言わなかった。
いや、言えなかったのだろう。死の恐怖で。
ぎちぎちぎちぎち……
ラピアの肉体は、どんどん凍っていった。
足がゆっくりと、胴体がゆっくりと、そして首が凍り、口が凍った。
もう言葉を発することはできなかったが、ラピアは目で許しを乞うていた。
そしてやがて目も凍り、頭のてっぺんまで完全に凍結した。
恐怖の表情を浮かべたまま凍りついたラピアの頭を俺はそっとなでた。
そして、【衝撃】で凍ったラピアを粉々に砕いた。
さようなら、オランピア・ベルタン。
結局お前は“正義の情報屋”にはなれなかったね。
俺もお前の良き相棒になることはできなかった。
もしも、お前がこれからどこぞの異世界へ旅立つならば、どうかそこが美しい世界でありますように。
―――――――――――――――――――――――――――――
「――というわけで、俺は賞金を独り占めすることになった。でも、ラピアに裏切られてすっごくへこんだんで、もう賞金稼ぎは引退して、ティニック自治領に豪邸を建てて裕福な暮らしを楽しむことにした」
ノエルはケインの話を聞いていた。
食卓の上には空の食器。
ノエルの隣に座ったアマナは退屈そうに足をばたばたさせていた。
「けど、それから10年もしないうちに戦争が起こって、ガベット王国は隣のブナウィア共和国に併合されてしまった。ティニック自治領もブナウィアの領土になってしまって俺の財産も没収された」
「ケインさんって、基本ついてないですよね」
「俺もそう思うが、他人から指摘されると悲しくなるからそういうこと言わないでね」
「はぁ。それで、財産を没収されてからはどうなったんですか?」
「ちろん俺はすっごくむかついて、よっぽどブナウィアを滅ぼそうかと悩んだもんだよ。まあしかし、さすがに個人的な恨みで大量殺人をする気にはなれなかった。結局、また安住の地を求めて旅立った。ってことでめでたしめでたし、ケインくんの武勇伝第二部、完、ってわけ」
ケインは長話を終えて「ふぅ」と一仕事終えたかのようにため息をつき、茶のおかわりを自分でそそいでぐいっと飲んだ。
アマナが空になった自分のカップを黙ってケインに差し出した。
ケインは身を乗り出してそれに茶をそそいでやった。
「いやいやいやいや、ちょっとまってくださいよ!」
「ん?」
「ケインさんとアマナちゃんがはじめて出会った時の話をしてくれるんじゃなかったんですか?」
「したじゃん」
「してないですよ! アマナちゃんがどこにも出てきてないじゃないですか!」
「出てきたよ」
「えっ? どこに?」
「賞金かけられてたレッド・ドラゴンがいただろ? それがアマナさんだよ。あのあと、この姿で俺んとこに来てね、それからずっとつかず離れずいっしょにいるってわけ」
ノエルはアマナを見つめた。この小さくて髪の長い、無表情な幼女がドラゴンだというのか。
「アマナちゃん?」
ノエルが呼ぶと、ぼけーっとしていたアマナが反応して振り向き、ささやくような小さな声で「なんだ?」と返事をした。
「アマナちゃんって、ドラゴンなの?」
「そうだ。いかにもわがはいはドラゴンであるが、それが何か?」
天使のような美しい声で、しかし幼女には似合わぬ堅苦しい言葉づかいでアマナが答えた。
どぅえぇぇ~! というノエルの奇声が食卓に響いた。