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幻惑魔法【複製】 八

偽装は見事に成功した。


本物のドラゴンは今ごろどこか遠い地に逃れ、賞金稼ぎに追いかけられることのない快適な新生活を始めているころだろう。


そして俺とラピアは賞金を手に入れたばかりでなく、町を救った英雄として感謝され、追加のボーナスまでいただいてしまった。


その晩、俺たち2人は祝勝会ということで、宿屋の1室で静かに飲んでいた。


「こんなにうまくいくなんて思ってなかったなぁ」

ラピアがうっとりとした顔で金貨の山を見る。


彼女は酒場で大騒ぎしたいと言い張っていたのだが、さすがに幼女の姿でアルコールはまずいだろうということで、俺がたくさん酒を買い込み、部屋で飲んでいた。付き合う俺は、今日は健康志向でミルクだ。


「俺の魔術は完璧だからな。見破られる奴なんていないよ」


「魔術ってホント便利。使えるあんたがうらやましいな」


「だれにでも魔力は眠ってるもんだ。お前も練習すれば使えるようになるさ。ある程度は、だけどな」


「嫌味な奴だね。友達少ないでしょ」


「友達の数が、人の価値ってわけじゃないさ」


「あー、負け惜しみ」


小さな部屋に2人の笑い声。

そのあとには一瞬の静寂が訪れた。


「ねえ、あんたさ、これからどうすんの?」


「そうだなあ……。あのドラゴンみたいに、静かな生活を手に入れる……つもりだったんだが、もう少し賞金稼ぎをやるのもいいんじゃないかって気がしてる。お前は?」


「あたしは、まだわかんないかな。わかるまで、賞金稼ぎをするのもいいかもしれない」


なら、もうしばらく一緒にやろうよ、と言いかけたが、そういう積極的な言葉を自分から言うのは昔から苦手だった。それに夜は長い。その提案を俺からするチャンスはいくらでもあるだろう。彼女の方から言ってくれるかもしれないし……。


「ねえ、あのさ」


「んん?」


「あたしの体をさ、そろそろもとにもどしてよ」


「まだ早いんじゃね?」


「もうだいじょうぶ。この体じゃ、夜遊びのひとつもできやしないし。それとも、あんたこっちの体の方がお好み?」


「まあいいさ。お前がそういうなら」


俺は変性魔法【形態変化】を発動し、ラピアをもとの姿へともどした。

ラピアは喜んで、くるくるとその場で無邪気に踊って見せた。


「あのね、ケイン」


「どうした?」


「あたし、あんたにほんとに感謝してるんだ。この町で、あんたに出会えたおかげで、あたしは人生をやり直せる。だから、これはお礼」

顔を赤らめたラピアが体をすり寄せてきた。


「おい、何を……」と言った俺の口を唇でふさぎ、そのままラピアは俺を床に押し倒した。

後頭部を床に少し打ち付けたが、痛さは感じなかった。


ラピアの口から俺の口へと、灼熱の液体がどろりと注がれた。

純度の高いアルコールだった。

俺はとっさにそれを吐きだそうとしたが、ラピアは唇を離さず、さらにアルコールを注ぎ込んでくるので、反射的にごくんと飲みほしてしまった。


食道がアルコールに焼かれていく。

すぐにその熱は胃に達し、そこから俺の体のすみずみへと拡散していった。


「おい! 俺は酒が――」

俺はラピアを引きはがし、すでに酔いが回り始めた状態でふらふらと立ち上がろうとした。しかしラピアはそれを許さず、短剣を抜いて俺の胸を刺し貫いた。


酔いでもうろうとしていた意識が苦痛で引き戻さた。


胸を貫かれる苦痛は胸を貫かれた奴にしかわからない。でも、胸を貫かれた奴はたいてい死ぬので、その経験を語れる奴は存在しない。

俺は例外だが。


「――ぐはっ!」

口から血を吐いて崩れ落ちた。

それを見下ろすラピアの目は、見たこともないほど冷たいものだった。


「……なぜだ?」


「わかるでしょ。金だよ。こんな大金を独り占めできるチャンス、滅多にない。ついでに言うと、オランピア・ベルタンが生きてるってことを知ってるのは、もうあんただけ。リスクは早いとこ消しておきたいってわけ」

ラピアはもう一本の短剣を抜くと、今度はそれを俺の腹に突き刺した。


「……うっ!」

俺は激痛にうめいた。


「情報屋はお互いに協力し合うもの。あたしには協力者が世界中にいる。もちろんこの町にもね。あんたは気づかなかっただろうけど、いっしょに行動しながらあんたのことを調べさせてもらった。不可解なことに、あんたほどの魔術師ならかなりの有名人のはずなのに、全然情報が入ってこなかった。でも、ある男の情報があたしのネットワークにひっかかった」


「……」


「――――――“辺境の魔術師”――――――。 二つ名にしちゃ、やけに地味な名前だよね。でも、この“辺境の魔術師”があんたのことだってのは、直感でわかった。そしてさらに調査を進めた結果、“辺境の魔術師”には、神話じみたとんでもない伝説がいくつもあるってことがわかった。国を救っただの、滅ぼしただの。信じられないような伝説ばかりだ。それも何百年も前の。……あんたさ、ほんとは何歳なわけ?」


「……さあな、もうわからんよ」


「まあいいさ。あんたがほんとは何者なのかだなんてどうでもいい。どうせここで死んでもらうんだから。あたしが欲しい情報は、あんたの弱点だった。それが酒だなんてね。笑っちゃうよ」


実際、ラピアは笑いながらベッドの下から大きな斧を取り出した。

重厚で攻撃的な、見たものが恐怖心を抱くようなその鉄の塊。

一般用の斧ではなく、戦闘用の斧。

あるいは、そう、処刑用の。


「どうせ、ちょっと刺したくらいじゃ、すぐに回復魔法で復活しちゃうんでしょ? こいつで脳みそを破壊してやるよ」


俺は斧を持って近づいてくるラピアを見て恐怖した。

「まて、やめろ。マジやめろ。それはヤバいって」


これまで身体がバラバラになるほどのダメージを何回もくらってきたが、そういうときでも自動で発動し続けている回復魔法により、すぐに肉体は元通りになった。だが、さすがに頭部を破壊されたことはなかった。脳を破壊されればどうなるのかわからなかった。


斧を振り上げて近づいてくるラピアに対して攻撃魔法を使おうとしたが、完全に酔いが回ってしまっていたので、うまく集中することができず、俺の手や体が無意味に光るばかりで、炎や電撃は出てこなかった。


「ごめんね。さよなら」

そう言い捨てると、ラピアは容赦なく斧を振り下ろした。


俺はそれを回避しようとしたが、酔いつぶれた体は思うように動かなかった。


ずどんっ!!


頭部への直撃はなんとかまぬがれたが、斧の刃は俺の首に直撃し、身体から頭を斬り落としてしまった。


ごろごろごろ……


俺の首が勢いよく部屋の中を転がる。

視界もぐるぐると回転した。


「ありゃりゃ、動くから狙いがはずれちゃったじゃん。まあ、胴体とお別れしちゃってさみしいかもしれないけど、がまんしてよね。ほとぼりが冷めたらお墓参りしてあげるからさ」

そしてラピアは血がべっとりとついた斧を投げ捨てた。


「さて、と。ずらかるかな」

ラピアはつぶやき、部屋にあった自分の荷物をまとめはじめた。大量の金貨をかばんに入れるのに苦労している様子だった。


俺は生首になった状態で彼女の背中を見ていた。


回復魔法は、すでに俺の肉体の修復を開始していた。

首の切断面の細胞が、爆発的な速度で増殖していくのを感じた。


まずは胴体を再構築。

次には内臓、そして手足。


10秒とかからず、俺は新しい肉体を手に入れた。

新品の心臓から、アルコール成分を含まない新鮮な血液が脳に流れ込んだ。


ラピアが振り向いたとき、そこには全裸の俺が立っていた。

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