幻惑魔法【複製】 六
死んだはずの親衛隊員。
突如出現した亡霊。
俺たちの間で無言のにらみ合いが続いた。
よく見たらそいつの表情には敵意がなく、それどころかあらゆる感情を読み取ることができなかった。
何者なのか、何を考えてるのかまったくわからない。
俺は恐る恐る声を発した。
「お前、だれだ?」
威嚇の念を込めたつもりだったが、声におびえが混じっていることが自分でもわかった。
そいつは無表情な顔と同様に、抑揚のない声で答えた。
「この姿を選んだのは、貴様に私が何者であるかを伝えるためだ。考えるが良い」
相手に主導権を奪われるのはしゃくにさわったが、俺は考えた。
「姿を選んだ」という言葉、俺が殺した親衛隊員本人ではないということ。
死体の損傷レベルから考えると、死霊術のたぐいで死者を操っているという可能性もない。
残る可能性は、俺がついさっきラピアにしたみたいに、【形態変化】で親衛隊員に化けている、ということだけだ。
だとすると、この再現度合いだ。かなりの使い手だろう。
このレベルの変性魔法を使用できる魔術師がここティニック自治領にいるとは考えられない。
だが、待て。
奴ならば――。
あの、見事な【消失】。
可能性があるとすれば奴だけだ。
しかし、奴が俺の前に姿を現す理由がわからない。
だが、俺はほとんど確信した。
目の前の亡霊の正体を。
「レッド・ドラゴン」
そいつはゆっくりとうなずいて、俺の出した結論を肯定した。
「どういうつもりだ? 今までさんざん逃げ回ってきたのに、自ら俺の前に現れるとは」
「貴様は自分がドラゴンを追っていると思っている。だが、事実はそう単純ではない。貴様が我が輩を追うその裏では、我が輩もまた貴様を追っていたのだ」
「つまり、偽装して町に溶け込み、俺を狙っていた?」
「そうだ」
なるほど。
どうして今までことごとく裏をかかれたのかがわかった。
こいつは俺たちを観察し、会話を盗聴していたのだ。
だとすれば、次に俺たちが何をしてくるのかなど手に取るようにわかっただろう。
「なぜ攻撃してこない? チャンスはいくらでもあったはずだ」
「最終的な目的は貴様の始末だった。今まで仕掛けなかったのは、貴様の力の“底”が見えなかったからだ。ここ数日間、貴様を観察していた。だが、いまだに貴様の能力を把握できない。結論として、貴様を“うかつに手を出すのは危険な相手”だと判断した」
「言っておくが、こっちはお前の考えなんて知ったこっちゃない。どこまでも追いかけて首をもらうつもりだぞ」
「それはわかる。だから提案をしに来たのだ」
「なんだと?」
「お前は金が欲しい。我が輩は静寂が欲しい」
「よくわからんな。具体的に俺に何をさせたいんだ?」
俺が目的を尋ねると、そいつはゆっくりと部屋の一角を指示した。
指先には、ラピアが隠れているベッド。
「いましがた、そこに隠れている女に対して貴様がしたことだ。【複製】を使用して我が輩の死を偽装してもらいたい」
隠れ場所を指摘されて、ベットの下からラピアがはい出てきた。
「その提案、あたしらにどんなメリットがあるってんだい? こっちは普通におたくを始末して賞金をいただくって選択肢もあるんだけど」
相手がドラゴンでも恐れる様子を見せないのはさすがだ。
「我が輩が逃走に専念すれば、貴様らが我が輩を追い詰めることは不可能だ」
一理ある。
ここ数日の追いかけっこで、奴は見事にそれを証明していた。
「しかし、この提案に乗れば、確実に賞金を手に入れることができる」
だがラピアはそう簡単に納得しなかった。交渉事はこいつに任せておくに限る。俺は成り行きを見守った。
「そう簡単にはいかない。あんたの提案には大きな問題点がある。あたしらが賞金をいただいたあと、偽装したことがバレたら、次はあたしらが賞金首だ」
「それに関しては心配する必要は皆無だ。我が輩の望みはただひとつ。“人々の前から姿を消して落ち着いた生活を得る”ことだ。一度足跡を消すことさえできるならば、人間に見つかるようなへまはしない」
「あんた隠居でもするつもりなのかい?」
「殺すことに疲れた、というよりは、倦怠感を感じるようになった。昔は我が力を行使し、小さき生命を蹂躙することに興奮を隠しおおせなかった。だが、今では倦怠感を感じる。違う生き方をしてみたくなったのだ」
その時、表情のない顔に、一瞬だけ悲しみのような感情が見えた気がした。
この竜、種族は違えど、俺と同類かもしれない。
俺も同じだ。
いつも違う生き方をしたいって、そう思って生きてきた。
人生に疲れた竜に対して強烈なシンパシーを感じた俺は、提案に乗る決心を決めた。
しかし、今度は親衛隊員1人をだまして終わりというわけにはいかない。
この町の住人全員を、そしてけだもののような賞金稼ぎどもをすべて出し抜いてやる必要があった。
だが、うまくやってやるさ。