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幻惑魔法【複製】 四

町の中心に位置する広場。

昼間はたくさんの商人たちと買い物客で賑わうその空間も、深夜は静寂に包まれていた。

だが無人というわけではない。


長椅子に腰かける女がひとり。


「探したぞ。もう酔いはさめたか?」

俺はラピアの隣に腰かけた。


「あんたがあたしをぶっ飛ばしてくれたおかげでね」


「無事で何よりだな」


「体のあちこちが痛いんですけど」

ラピアは不満をぶつけてきたが、俺はそれを無視して自分の話をした。


「あいつらは、ガベットの親衛隊だった。さっきまで話をしてたよ」


「……」


「全部聞いた。お前が何者で、何をしたのかもな」


「……」


「お前を親衛隊に差し出せば、懸賞金をもらえたりしてな。ドラゴンを追っかけるよりも、よっぽど楽そうだ」


「……」


しばらく沈黙が続いた。やがてその沈黙に耐えかねたかのようにラピアが口を開いた。

「あんたさ、さっき“心の中を読む魔法”を使えるって言ってたよね」


「ああ」


「特に理由もなく、誰かの心を読んだりするの?」


「しないな。他人が何を考えてるかなんて知りたくもない」


「そっかぁ……。あんたは人に興味がないんだね。あたしは逆だな。人のことを、知りたくて知りたくてたまらない。良い人そうな奴の心の中にどす黒い残酷さがあったり、みんなから嫌われてるクズの心の中に、美しい何かが隠れてたり。そうゆうのを見つけたとき、すっごく興奮するんだ」


「わかんない感覚だな」


「子供のころからそんなことばかり考えてきた。人のことを知りたくて、知ろうとして、それには終わりがなかった。終わりがないからいつまでも夢中でいられた」

ラピアは微笑みながら目を閉じて話し続けた。


おそらく彼女は彼女自身が大好きなのだろう。日本で生活していた時にも同類の人間に会ったことがある。自分のことを、何か特別だと思っているような奴らだ。自分には何かとてつもない才能があり、世間一般の人間よりも優れた価値のある存在だと思っているような連中だ。


「『何か知りたいことがあるならオランピアのとこへ行け』って、みんながあたしが持ってる情報を求めてやってきた。気がついたらいつの間にか情報屋になってた。でも、悪い気分じゃなかった。むしろ天職だと思った」


「お前の流した情報のせいで地獄を見た人がたくさんいる」


「……そうね」


「他人を不幸にして、自分も死刑になって、それで満足したのか?」


ラピアは首を振って否定した。

「あたしがここへ来たのには理由がある。あたしは、こんどは“正義の情報屋”になりたい。人を不幸にするんじゃなくて、人を幸せにする仕事をしたい」


「だから賞金稼ぎに?」


「うん。あたしが情報を集めてモンスターを見つけ出す。あんたがそれを始末して、モンスターに困らされる人はいなくなって、みんなハッピー。どう? いい考えだと思わない?」


俺は、人がそう簡単に生き方を変えられるとは思えない。

だが、時に器用な人間も存在する。


はたしてこの女はどうなのだろう。


そんなことを考えていた。



―――――――――――――――――――――――――――――



結局、俺はラピアを見捨てはしなかった。

ラピアは俺に足りないものをすべて持っていたので、相棒としては最適だったからだ。


と、それは建前で、正直なところを言うと、情がわいたというのもある。

俺がこんなに誰かといっしょにいるというのはもうすごいひさしぶりのことだった。彼女が悪人であることは間違いないが、だからといって殺されるのを黙って見ていることはできなかった。


「それで、あんたはどうやってあたしを助けてくれんの? あたしは正式に死刑の判決を受けたんだから、あいつらは地の果てまでも追ってくるよ。国家のメンツってもんががかかってんだから」


「お前が死んだことにする」


「ひと芝居うつってこと?」


「もっと確実な方法がある」


「あんたお得意の魔術ってわけね」


「そうだ。幻惑魔法【複製】を使う。お前を複製して、それを追手の目の前で殺す」


「ちょっ、あたしの複製を作るの? なんか怖いんだけど。複製に本物が殺されたりしないわけ?」

ラピアが動揺する。そりゃそうだ。自分のコピーを作られるのは誰だって不気味だ。


「【複製】は幻惑魔法だ。実際に新しい生命体が誕生するわけじゃない。あくまで、お前のコピーの幻覚を相手に見せてやるだけだ」


「ちょっとやって見せてよ」

ラピアはリクエストしてきた。しかたない。それで納得するのなら。


俺は【複製】で自分自身のコピーを作ってラピアに見せてやった。

いきなり目の前に2人目の俺が出現してラピアは「げっ!?」と困惑の声を出した。

自分の幻影と、じゃんけんからの“あっちむいてホイ”で遊ぶパフォーマンスをしてやる。


「うわっ、キッッモ!」


「キモイとか言うのやめろ。超レアな上位幻惑魔法なんだぞ。もっとありがたがれ」


「ははぁ~ッ、ありがたいィ~!」

ラピアはおどけて見せた。まったく、調子のいい女だ。


さて、この女の死を偽装するための準備にとりかからねば。

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