朝、目覚めると俺の義理の妹がゾンビになっていた件
この物語は駄作である。
決して頭の賢い人物は読まない事を推奨する。
読めば、必ず後悔するであろう。書いた本人が言うのだから間違いない。
太鼓判を押して差し上げます。
それでも、どうしても読むと言うのであれば、自己責任でお願いします。
例え、あなたがこれを読んだ事で精神的苦痛を味わったり、勉強の成績が落ちたとしても、当方は一切の責任を負いかねます。
なぜなら、この物語がすでに腐っているからです。これを読んだ、あなたの脳みそが腐ったとしても私の責任ではありません、もう一度言います。今なら間に合います。読むのは止した方が良いですよ。一度、腐ってしまった脳みそは、もう二度と直りません。馬鹿とゾンビにつける薬はありません。なお、この物語に若干の毒が含まれています。毒耐性の無い方、もしくは子供や老人は読むことを控えて下さい。作者からのお願いです。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、起きて下さい。もう、朝ですよ。」
「あと、五分だけ」
「もう、お兄ちゃんはお寝坊さんなのです。早く起きないとお兄ちゃんのほっぺたにキスしちゃいますよ。」
チュッ
「はいはい、分かった分かった。起きるよ」
「ううっ、お兄ちゃんが早く起きてくれないと、アリサ、淋しくてウサギさんみたいに部屋の隅で孤独死してしまうのです」
「ははは、アリサはいつまで経っても甘えん坊さんだな。よしよし」
「えへへ」
この光景を他人が見れば「このリア充、爆発しろ」だとか「お願いだ。俺と変わってくれ」だとか言うかもしれない。まあ、俺にとっては、それが日常の事なので気にしていなかったが。そう、あの日までは。
その日、俺が目を覚ますと目の前に立っていたのは妹の声を発するゾンビだった。それもフリフリのドレスを着た。
「どうしたんだ、その姿は」
「うんとね。朝起きたら、ゾンビになっていたの、てへへ」
「お兄ちゃん、私、ゾンビになっちゃった」
妹、アリサの何気なく言ったその言葉は俺の心に衝撃を与えた。それも寝起きにゾンビって。ああ、眩暈がする。きっとこれは夢だ。もう一度、寝たら今まで通りの日常が帰ってくる事だろう。
「すまない。アリサ。お兄ちゃんはまだ夢を見ている様だ。もう一度寝かせてくれ」
「もう、お兄ちゃんたら、私がちょっと腐女子になったくらいで現実逃避しないで」
「腐女子って。そんなレベルなのか」
「ううっ、お兄ちゃんが怒った。アリサがゾンビになっちゃったからお兄ちゃんはアリサの事嫌いになっちゃったんだ」
「そんな事はないさ。アリサがどんな姿になっても俺の大事な妹には変わりないよ」
「本当、お兄ちゃん」
「ああ、本当さ。お兄ちゃんがアリサに嘘を一度でも言った事があったかい」
「ううん、無いよ」
「そうだろ。それじゃ、制服に着替えてきな。もう学校が始まる時間だろ」
「うん、分かった」
どうしよう。どうしよう。どうにかしてこの窮地を乗り越えなければ。
妹が制服に着替えるため、自分の部屋に行っている間に俺はその問答を何度となく頭の中で繰り返した。
それと言うのも、俺の妹は、名門キューティー学園に首席で入学し、上級生を差し置いて学園のクイーンに選ばれたほどの美貌の持ち主なのだ。それに成績も常に上位をキープし、運動神経も抜群。非の打ちどころのない才女。全く俺とは大違いだ。
だが、今回はそれが仇になった。
妹は常に注目される。当然、今のまま学園に行けば周りから心無い誹謗中傷を受けるだろう。そうなったらきっと妹は心に深い傷を受けてしまう。そんな事は兄として黙って見過ごすわけにはいかない。どうしたものか。そうだ。全身に包帯を巻いて大怪我に会った事にするのはどうだろう。いや、それはさすがに不自然過ぎる。
はぁ~、俺のハリウッド仕込みの特殊メイクで何とかなるだろうか。自信が無いなぁ。
俺はアリサをベッドに寝かせ、一枚一枚、服を脱がせた。
「お兄ちゃん、痛くしないでね。」
アリサは上目遣いで俺をみた。
「大丈夫、痛いのは最初だけだ。すぐに慣れるさ。」
「優しくしてね。はぁ~~ん、そこは駄目。イクイクイク。いっちゃう」
「アリサ、たかが注射くらいで変な声を出すな。」
「それにお前、ゾンビじゃん。痛くないだろ。」
「あっ、そうだった。てへ。」
アリサの体を触診した結果、今のところゾンビ化は皮膚だけの様だった。そこで俺はアリサの腐敗を遅らせるため、何種類もの薬剤を投与した。また、アリサの新しい皮膚を作るべく採寸の後、急ピッチで製作に掛かった。元通りの皮膚感を出すのは大変だった。
一番、感触が近いのはシリコンだった。けれど長時間、放置しておくと固くなってしまうと言う難点が判明した。これでは表情や関節の伸縮性に支障をきたしてしまう。どうしたものかと考えた結果、一番妥当なのはアリサ本人に体のマッサージやストレッチをさせ、メンテナンスしてもらう方法だった。
「アリサ、おはよう」
「おはよう。タバサちゃん」
「・・・ねえ、アリサ。恋人でも出来た?」
「えっ、そんな事ないよ。どうして?」
「いや~、なんだかいつもと雰囲気が違う様な気がして」
「そんな事はないって。気のせいだよ」
「そうかな」
「そうだよ。タバサちゃんの勘違いだって。そう言うタバサちゃんこそ恋人の隼人君とはどうなのよ」
「それ、私に聞いちゃう。まあ、アリサがどうしてもって言うなら聞かせてあげても良いけど」
「ぜひお聞かせください。タバサ様」
「うむ、よかろう」
「・・くすっ、ハハハ」
「ハハハ」
「隼人とは今まで通りよ。彼とは学校が違うから私の空いている時間を隼人に伝えて、彼からの返信を待つ関係よ」
「あれっ、タバサってそんなに尽くすタイプの女性だったかしら」
「そうよ。今頃気付いたの。まあ、アリサも好きな人が見つかったら性格がころっと変わるわよ。」
「好きな人かぁ。」
「アリサ、今日の学校はどうだった」
「ええ、それはもう上手くいきました」
「それは良かった」
「それにしてもあんな短時間で特殊メイクをするなんてお兄ちゃんは凄いです」
「それほどでもないよ」
「お兄ちゃんは自分の腕にもっと自信を持つべきです。ああ、それにしてもゾンビっていつ見ても可愛い。うっとりします」
「おいおい、アリサさん」
「なんでしょう。お兄ちゃん」
「そんなにゾンビっていいのかぁ」
「お兄ちゃんにはゾンビの良さが分からないのですか。あのぐでーッとして今にも倒れそうで倒れない。そんな所にアリサは母性を感じるのです。ああ、私が守ってあげないとって」
(はぁ~アリサは人とは違うとは思っていたが、今回は違う意味で呆れたよ。こいつ、性根まで腐りきっているんじゃ)
「どうしたんですか、急に黙り込んで」
「いや、今後もアリサを守っていきたいと思っただけだよ」
「そ、それって私へのプロポーズ」
どうしよう。どうしよう。
お兄ちゃんが私に「アリサ、お前の事を一生守りたい。付き合ってくれ」だなんて。急にプロポーズされても心の準備と言うものが。ぐへへへ、そんな事言われたら私、蕩けてしまいます。ああ、そこまでお兄ちゃんはアリサの事好きだったなんて。
アリサは抱き枕に抱き付き、足をバタバタさせながら悶々とした時間を過ごした。
「おい、おーい、聞こえているのか、アリサ。開けるぞ」
ガチャ
「ちょっと、お兄ちゃん。部屋に入る時はノックしてって言ったでしょう」
「一応、ノックはしたんだけど、返事が無かったから」
「んにゅ、ま、まあ、それなら仕方ないでしゅね。それで何の御用でちゅか」
(ま、まさか、お兄ちゃんが夜這い。そんな、まだ早すぎるわ。まだお互い婚姻届けも正式に書いていないのに。ああ、お母様、お父様、アリサが今、若くして清らかな蕾を散らす事をお許しください)
「おい、聞いているのか。」
「それでだな。何度も言うが、俺の特殊メイクは最大でも一日しか持たない。だから、出来るだけ早く家に帰ってきて欲しい。お前くらいの年代なら友人の家にお泊りしたり、ショッピングに行ったりしたいだろうがそこは許してくれ」
「うんうん、分かってる。分かってる」
(そんな事言ってお兄ちゃんは早くアリサに会いたいんでしょ。アリサにはお見通しです。えっへん。ああ、お兄ちゃん、門限を作ってまでアリサに会いたいだなんて、お兄ちゃんはいけずです。そんな事をしなくてもアリサは他の人に浮気はしませんよーだ。いつだってアリサはお兄ちゃん一筋なのです)
「あと、雨にも気を付けてくれよ。一応、防水加工はしてあるが、もしもと言うことがあるからな」
「うんうん、分かってる、分かってる」
(その時はお兄ちゃんが急いで迎えに来てくれるんでしょ。お兄ちゃんと相合傘かぁ。ドキドキするなぁ)
「アリサ、ちゃんと理解しているのか」
俺はカチャカチャと目の前のパソコンのキーボードを叩いた。
「『ゾンビ』、『病気』、『突然』。キーワードはこれくらいでいいだろう。後は検索っと」
ポチッ
パソコンのブラウザーに気になる病名が表示された。
・ゾンビ病、正確には、リーシュマニア症。
皮膚や内臓が腐る病気で、現在、世界保健機関の調査では88か国1200万人の人間が感染している。人間のマクロファージ(白血球の一種)に感染し、その細胞を急激に増殖させる。
症状は高熱が出る。体重が減る。膵臓や肝臓が腫れる。血球が減少するなど。なお。早く治療しなけば数週間から数年で死に至る。
原因として外国から輸入された果物に混ざっていたサシチョウバエが考えられる。サシチョウバエに刺された人間は数週間の潜伏期間の後リーシュマニア症を発症する。これは動物にも同様である。可愛いと思って何気に触った子犬に噛まれ、発症した事例もある。
なんて怖い病気だ。
「アリサ、黙って聞いて欲しい」
「なあに、お兄ちゃん。改まって」
(どうしたんだろ、真剣な顔で。お兄ちゃん、まさか・・・
アリサはベッドの上に押し倒された。
「アリサ、俺はもう我慢が出来ない」
「駄目よ。ダメダメ。私とお兄ちゃんは仮にも兄弟なんだから」
「そんなの関係ないさ。アリサ、お前は俺の事、嫌いなのか」
「ううん、そんな事ないわ。お兄ちゃんの事が大好き。でも、心の準備が」
「そんな事考える必要ない。お前は俺の事だけを見つめ、考えていればいいんだ」
ズッキューーン
「お兄ちゃん、格好良すぎ」
「なあ、いいだろ」
「うん・・・いいよ」)
「アリサ、聞いているか」
はっ
「お兄ちゃんも色々、手を尽くして調べてみたんだが、どうやらお前はゾンビ病にかかっているらしい」
「ゾンビ病?」
「ああ、どうやら虫に刺されるか、動物に噛まれる事で発症するらしい。アリサ、心当たりはないか」
「そう言えば」
それは放課後、友人のナナミ、陽菜と一緒に自転車を押しながら女子トークをしている時の事だった。
「それでさー、陸上部の太田が校舎裏であたしに向かって「ずっと好きでした。付き合って下さい」って告ってきたわけ。だからあたしは鏡を見て出直して来なって言ってやったんだ。そしたら、あいつ急に泣き出してさ、なだめるのに大変だったんだ。周りには野次馬のギャラリーが笑いながら見ているし。なんであたしがこんな目に遭わなきゃならないんだって感じ。泣きたいのはあたしの方だよ」
そんな会話の最中、友人のナナミが一点を見つめ、言った
「あれっ、子犬がいる」
「あっ、本当だ。行って見よう」
私達は急いで駆け出し、近寄った。
『この子を拾ってやってください』
「わぁ~可愛そう。この子、捨てられちゃったんだ。よしよし、可愛い子でちゅね。どうちゅたんですか。お姉さんは怖くないでちゅよ」
ええっ、あの強面の陽菜が赤ちゃん言葉を
「そんな訳で私が心当たりある事と言ったらそれぐらいかしら」
「何がそんな訳でだ。今の話のどこに犬に噛まれただとか、虫に刺されただとか言う要素があったって言うんだ。どちらかと言えば、友人の衝撃サプライズ話だったぞ。それはそうと、その犬はその後どうなったんだ」
「最初は、陽菜の家で飼うつもりだったらしいの。でも、親が動物アレルギーらしくて。それでナナミにも聞いてみたんだけどマンションでは犬は飼えないんだって。そんな訳で私の部屋でこっそり飼っています。名前はもう決まっています。マミー君です」
「はいっ・・今、何と言った妹よ」
「マミー君の事?」
「いや、確かに子犬の名前にマミーって。今のお前には、わーい、ぴったり。腐れ仲間の腐れ縁、ミイラ男の名前だーって。違う。その前の部分だ。今、部屋でこっそり飼っているとか言わなかったか」
「言ったけどそれが何か」
「ウチもそのマンションなんだよ、妹よ」
ガーン
「お兄ちゃん、この子、家では飼えないの。こんなに可愛いのに。ほら、私にこんな懐いているんだよ。お兄ちゃんもきっと気に入るはずだよ。ほら、マミーも尻尾を振って可愛さをアピールしている。お兄ちゃん、この子に触ってみて。モフモフして気持ちいいでしょ。それでも駄目。・・ふ~ん。そうなんだ。お兄ちゃんは幼気なか弱い動物をこの寒い時期に外へ放り出すんだ。お兄ちゃん、酷い、鬼、悪魔」
「ううっ、それを言われると俺としても辛い。でも、これはマンションの規則なんだ。分かってくれ。ほらっ、動物の鳴く声や体臭が近所迷惑になる事は理解できるだろ」
「それはそうですが」
「分かってくれて助かるよ」
「それじゃ、この子はどうなるの。もしかして保健所に連れて行くの」
「いいや、俺なりに精一杯、里親を探してみるつもりだ。勿論、アリサも付き合ってくれるよな」
「当然です。アリサはいつだってお兄ちゃんの味方ですから」
その日からマミーの里親探しは始まった。
アリサは学校の友人や先生に片っ端から聞いて回った。
一方、俺の方も飼い主募集のチラシを大量に作製し、周囲に配った。
その成果もあってマミーの飼い主に多くの希望者が現れた。
けれども、これと言ってマミーの飼い主に相応しい人物には巡り合えなかった。一目見るなり、私の想像していたのとは違うわだとか、血統書が無いなんて信じられないだとか、好き放題言って帰っていくのだ。正直、俺は、げんなりするほど疲れていた。
「みんな勝手だなぁ」
「そうですね、お兄ちゃん」
それから数日後、俺が公園のベンチで休憩していると隣に座る男性と目が合った。二人は軽く会釈を交わし、たわいない話を語った。その際、娘さんが愛犬を亡くして塞ぎ込んでいると言う話を聞いた。そこで俺がマミーの話を薦めたところ快く承諾されたわけだ。
「マミー、短い間だったけど、お前とはもうお別れよ。さよなら」
俺とアリサはマミーの新しい飼い主、山田氏に告げられた住所を頼りに道を歩いていた。
「お兄ちゃん、まだ着きませんね」
「ああ、そうだな。かれこれ30分は迷っているかも。おかしいな。住所はこの辺りで間違いないはずなのに」
俺達が地図を片手に迷っていると道の先に一人の老婆を見かけた。
「すみません」
「はい、何でしょう」
「この辺に山田さんと言うお宅はありませんか」
「それならこの先を真っ直ぐじゃ」
「ありがとうございます」
「本当にあそこへ行くのか。悪い事は言わん。辞めておけ。あそこには変人が住んでおるからな」
「変人?」
老婆の言葉に言い知れぬほど興味を感じたが、俺達は時間が無いので先を急いだ。そして、数分後俺達は山田邸に到着した。表札にも山田と書かれている。うん、間違いない様だ。だが、そこに建っていたのは古びた洋館だった。決して古びた羊羹ではない。ゴホン、屋敷には苔がじっしりと生えていた。
俺は玄関の呼び鈴を鳴らした。
ジリリリ
「ごめん下さい。誰か居ませんか」
無言だった。
「聞こえなかったのかな」
そう思い、俺はもう一度、呼び鈴を鳴らした。
ジリリリ
やっぱり、返事が無かった。
さらにさらに俺は呼び鈴を鳴らした。
ジリリリリ
数秒後
「えーい、うるさい、うるさい、うるさい。人が熟睡しかけた時にベルなんか鳴らすな。気が散って眠れないではないか。・・・んっ、お前達は誰だ。まっ、まさか、泥棒か。こんな真昼間から。くくくっ、愚かな奴等だ。我に会った事を一生後悔するがいい。まさか、こんなに早く、この左手に封印されたマギカの力を解放する時が来るとは。今こそ真の力を・・・」
よいしょ、よいしょ、よいしょ
少女は急いで左手の包帯を外している。
「もし、もーし、君は何をやっているのかな」
「見て分からんのか。馬鹿め。封印を解いているに決まっているだろ」
何だ、この中二病全開のお子様は。
「くくくっ、お前たちの胸に我が名を刻むが良い。
聞いて驚け。我が名は、山田・ウル・セガール・ジョセフィーヌ・シエスタ・フランソワ・トリュフォーヌ・ステラ・バスティーユ・レ・バチスタ・アビー・アドリアナ・アガサ・アルバータ・アマンダ・バーバラ・ベアトリクス・ビアンカ・キャロライン・シャーロット
ごほっ、ごほっ、はぁー、すー
クリスティアナ・コレット・シンシア・ダリル・ドロシア・エレン・グレンダ・イブ・ジェニファー・ケリー・レイラ・ルーシー・マギー・メイジ・マーガレット・マリアンヌ・メアリー・ミネルヴァ・ナタリー・ニコラ・ローズマリー・ティナだ。」
「ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれ」
「なっ、なんだと、わ、私がどれだけ苦労して喋ったと思っている」
「ええと、君の名前はミカちゃんだったかな」
「違う。もう一度言うぞ。今度こそは覚えておけよ。絶対だぞ。私は・・・」
「お兄ちゃん、鬼です」
「ええと、あなたの名前は一先ず、ティナちゃんって事でいいかな」
「ああ、それで結構だ。まったく10回も繰り返しやがって。おかげで思いっきり舌を噛んでしまったじゃないか。これは完璧に慰謝料ものだぞ。それで私に何の用だ」
「ええとね。あなたのお父さんに頼まれたの。この家にこの子犬を届けてくれって」
「ああ、その事か。お前たちは大きな勘違いしているぞ」
「勘違い?」
「そうだ。第一に、この屋敷には私の父親と呼ばれる存在は住んでいない。第二に私がこの屋敷の当主だ」
「ええっ、でも、白髪の男性が・・・」
「ああ、それは私の忠実な執事だ。彼には日中の間、私の雑用をやって貰っている。どうも、私は日に当たるのが苦手なのだよ。なんせ、吸血鬼だから」
「そうなんだ。吸血かぁ。それなら、納得。そうかそうか。・・・んっ、今、吸血鬼って言ったか」
「そう言ったつもりだが」
「何で吸血鬼がこんな街中に住んでいるんだ」
「どこに住もうと人の勝手だろう。それにこの屋敷は私が買ったのだ。誰にも文句は言わせん。この館はいいぞ。実に優良物件だ。一年中、日当たりが悪く、暗く、ひんやりじめじめしていてお肌が乾燥しないし、厄介な近所付き合いをしなくてもいい。それにおあつらえ向きの棺桶まで完備しておる。実に親切な不動産屋だ。まあ、お化け屋敷とは言われているだけあって安く買い叩けたのはラッキーだったな」
「そんな事言って背後からガブッと血を吸うんだろ」
「人聞きが悪いな、君は。こう見えても、私はうら若き淑女だよ。そんな野蛮な直飲みをする訳ないじゃないか。大人の淑女はこれを使うのだよ」
「ストロー?」
「そうだ。スタンガンで気絶させた女性の首元にこれを刺し、チュー、チュー吸うのだ。そうしないと吸血鬼因子が相手の体に感染して血を求め彷徨うゾンビが出来てしまうからな。あれっ、君はこの前、私が血を吸った娘じゃないか」
「って、お前のせいかーい」
「いやー、悪い悪い。悪気はなかったんだ。許してくれ。ここのところ脂っこいドロドロした叔父達の血ばかりだったから、たまには、軽めのさらっとした血も飲んで見たかったんだ。君達だってそんな気分の時はあるだろ」
「それで、どうするつもりです。うちの妹をこんなにひどい姿にして」
「それほどひどくない様に見えるけど」
「それは俺の特殊メイクで元の姿を維持しているだけです。メイクを取ったら・・」
俺はアリサの方をチラッと見た。
(言えるはずがない。妹の目の前で、妹の肌はカピカピのボロボロ。触るとドロッと崩れ落ちてしまうなんて)
「まあ、それは置いといて、当然、アリサを元の姿に戻してくれるんでしょうね」
「それは無理。そんな事が出来るんなら火炙りにあったり、鉄の杭で打ち付けられたりしないよ。そうだろ」
「確かに」
「まあ、私としては新種の特効薬が開発されるまで君が妹を守ってあげる方が無難な策だと思うよ」
俺とアリサは吸血鬼ティナにマミーを引き渡した後、暗い夜道を二人、とぼとぼと歩いていた。
「ごめんね。お兄ちゃん」
「何が?」
「私がこんな体にならなかったら、毎朝、お兄ちゃんに負担を掛けずに済んだのに」
「お前がそんな事、気にするな。悪いのはすべてあの吸血鬼のティナのせいなんだから」
「確かにそれはそうなんだけど、私、怖いの。このまま行ったら私はお兄ちゃんと過ごした記憶も友人の事も忘れ、血を求め、街中を彷徨う化け物になってしまうわ。そうなったら私はお兄ちゃんの事を襲ってしまうかも。それが怖いの」
「アリサに襲われるなら本望さ。だって死ぬ前にこんな美少女に迫られる事なんて一生ないだろ」
「もう、お兄ちゃんたらっ、馬鹿」
「へへへ、だからさ、つまんない事を気にするな。お前に何かあったら、お兄ちゃんがまた、何とかしてやる。だからアリサはいつだって笑顔でいろ」
「うん、お兄ちゃん、大好き」
それは突然起こった。いや、どちらかと言えば前々からその兆候は感じていた。そう、奴らが暗躍し出したのだ。
黒い翼の悪魔、別名、カラスである。
どうやら、奴らはアリサの体から微かに漏れる死臭に群がってやって来た様だ。
「くそ~、市販の防腐剤や消臭スプレーぐらいでは奴らの嗅覚を騙せないと言う事か。鳥類、恐るべし」
奴らは俺達をあざけ笑うかの様に電線に足を休ませ、油断するのを虎視眈々と待っている。少しでも油断しようものなら空の上から急降下してドリルの様な鋭い嘴で突いて来る。それも一羽、二羽ではなく、十羽単位である。あんなものに襲われたら防弾チョッキやヘルメットだって容易に穴が空いてしまうだろう。まるで奴らはギャングの様だ。
「お兄ちゃん、大丈夫」
「安心しろ。アリサの事はお兄ちゃんが絶対に守って見せる。だから、店の外へは出て来るな。いいな」
「うん、分かった。でも、お兄ちゃん、無理はしないでね」
カラス達の横暴はアリサだけでなく、その友人にも及んだ。一人目の犠牲者は同級生のタバサだった。休日、恋人の隼人と待ち合わせしている時に突然、背後から襲われた。それでも運が良かったのは、周りに人が大勢いた事だ。周りの人間が何とかカラスを追い払い、彼女を救い出したのだ。けれども、彼女の傷は酷く、救急搬送の後、半日を超える大手術を受ける事となった。
これは人づてに聞いた話なのだが、どうやら頭を十八針縫うほどの手術だったらしい。
それでも彼女の頭の傷は、剃った部分の髪の毛が伸びてくればいづれ目立たなくなるそうだ。
けれども、彼女の心には消えない深い傷が残された。今後、彼女はカラスを見る度にあの時の恐怖を思い出し、トラウマで外も歩けなくなるだろう。寄り添う隼人の表情も暗い。きっと彼は自己嫌悪に陥っているに違いない。自分が待ち合わせに遅刻しなければ彼女がこんな酷い目には合わなかった。全て自分のせいだと。
「なあ、俺はどうしたらいいと思う」
いつも強気な隼人の言葉とは思えない。流石に恋人のショックから立ち直れない様だ。
「俺、昨日、彼女の実家に謝罪に行ってきたんだ。俺が待ち合せに遅刻したせいで娘さんの事を守れませんでした。本当に申し訳ありませんって。結果は分かるだろ。散々だったよ。お前のせいで、お前のせいでって、拳を握りしめながら俺を睨みつけるんだ。てっきり俺は顔を思いっきり殴られると思ったよ。でも、彼女の親は俺の前で子供の様に泣くんだ。責めて俺の事を殴ってくれたら多少はスッキリするのにって思ったよ。けれどもあなたが悪い訳じゃない。娘は運が悪かっただけだって。俺、いたたまれなかったよ。俺、どうしたら良かったと思う」
「分からないよ。でも、しいて助言するならタバサの事を守ってやれよ。彼女は今も苦しんでいるんだぜ。お前がそんなに塞ぎ込んでいたらタバサも責任を感じてしまうだろ。だから守ってやれよ」
第二の犠牲者は陽菜だった。
ビルとビルに挟まれた狭い道を闊歩している時に襲われた。彼女を襲ったのは、なんと猫だった。いつもだったら会釈の様に尻尾を軽く振り、素知らぬ顔ですれ違うはずの猫が今回に限っては、何かに憑りつかれたかの様に集団になって陽菜に牙を向けた。
ニャー、ニャー、ニャー
ニャー、ニャー、ニャー
陽菜は辛うじて猫の強襲をヒラリと躱し、陸上で鍛えた自慢の脚力で街を疾走した。
その光景は異様だった。人ごみの中を女子高生が猛スピードで走り去っていく、その後には何十匹もの猫の集団がニャー、ニャー鳴きながら彼女の後を追いかけていく。さらにさらに近くにいた飼い犬たちはその猫をワンワンと吠えながら追いかける。さらにさらにさらにその飼い犬たちを飼い主、野次馬、警察が何事だと追いかけるのだから。それを見た目撃者は後にテレビのインタビューであれはまるでハーメルンの笛を吹く少女だったと力説で語った。
女子高生のタバサや陽菜が野生の動物に襲われたと言う事件は新聞やテレビで大々的に取り上げられた。そして、野生動物研究家だの、宇宙人研究家だのと言う、胡散臭い肩書を持った専門家が各々、持論を展開した。その結果、巷では噂に玉虫色の尾鰭が付き、自由気ままに独り歩きをした。
当然、妹のアリサにも大きく影を落とした。
「お兄ちゃん、彼女達が襲われたのって、私のせいだよね。私がいつもみんなの近くにいたから。だから、私の身代わりで襲われたのだわ」
「そんな訳ないじゃないか。アリサの考え過ぎだよ」
「ううん、間違いないわ。だって、だって」
「アリサ、とりあえず落ち着け。そんなに興奮していたら解決できるものも出来ないだろ。冷静になれ」
「うん、ごめんね。お兄ちゃん」
「まずは今、この街に何が起こっているかを調査しよう。いくら何でもいきなり街中の動物が凶暴化するなんて絶対におかしい。きっと原因があるはずだ」
「・・・と言う訳で吸血鬼のティナに意見を聞きに来た」
「何が、と言う訳だ。人の眠りを散々妨害しておいて。さてね。私は世間の事に疎いので知らないな。と言うか、興味が無い。彼らと私では生きる時間が違うからね。私が生きてきた数百年の時の流れに比べればそんな事、取るに足らない些細なものさ。世界中に殺人ウィルスと呼ばれる感染症が次々に拡大し、パンデミックが起きた時もあったし、敵対国同士のつまらない戦争に巻き込まれ、罪もない人々が私の目の前で助けを求め、死んでいくこともあった。私はそんな人間の暗黒時代を生きて来たんだ。正直、私は人間に対し呆れているんだ。どうして人間は同じ過ちを何度も繰り返すのか、そして、強者は何故、自分達にとって都合の悪いものを悪と称し、消し去ろうとするのか。なぜ、なぜ、なぜ。そんな訳で私は人間に興味が無いのだよ。だから、私の事は放って置いて欲しい。私にもやりたい事は山ほどあるんだ」
「まあまあ、ティナ様。そんなに目くじら立てなくても。彼らも悪気があって言っている訳ではありませんし」
僕らの会話にそう言って割って入って来たのは、先日、公園で会った白髪の紳士だった。ティナは自分の忠実な執事だと言っていたっけ。子犬のマミーの里親の一件でお世話になった人物だ。
「皆さん、お嬢様の暴言をお許しください。この子は長い間、暗い洞窟や地下で一人で過ごして来ました。理由は想像できると思いますが、吸血鬼はこれまで人間に度々迫害を受けてきました。仮に仲良くなっても吸血鬼である事がバレると掌を返したように敬遠し、怯え、恐怖し、次第には理不尽な憎しみさえ抱きます。それに吸血鬼は人間とは寿命が違います。人間は我々よりも先に死んでいくのです。これまでお嬢様は何人もの友人の死を看取ってきました。そんな事が繰り返すうちにお嬢様は次第に人間と距離を置く様になったのです」
「ですから、かれこれ百年ほどお嬢様は人と接していません。言うならば、お嬢様は引きこもりなのです。だから人との会話が非常に苦手なのはご容赦下さい。多少、高飛車な発言もあったかと思いますが、お嬢様の本意ではありません。お嬢様は天邪鬼な性格なのです。好きであっても嫌いと言ってしまうのです」
「それじゃ、僕らに協力してくれるって事」
「まあ、お前達がどうしてもと言うならば協力してやらん事もないぞ」
(本当に素直じゃないな。こいつは)
「それじゃ、頼むよ」
「ティナちゃん、お願い」
「仕方ないなあ、まあ、そこまで頭を下げられたら私も悪い気はしない。ただし、条件がある」
「条件?」
「ああ、そうだ。何でもこの日本にはハロウィーンと言うイベントがあるらしいな。何でも仮装して街を練り歩くあれだ。私もそれをやってみたい。私も大昔、ケルト人に似た風習を教えてもらったことがあるが若干、違うみたいだからな」
「静かにしろ。動くな」
俺達がティナと別れ、家の玄関を開けようとした時、俺は背後から拳銃を頭に押し付けられた。
「俺はある組織に追われている。しばらく匿ってくれ。事情は後で話す。ただし、それを聞いてしまったらお前達も組織に追われることになるがな」
「お兄ちゃん」
「わ、分かった。あんたの言う通りにしよう。ただし妹には手を出すな」
「いいだろう」
俺達は言われた通り、黙って男を匿うことにした。と言うか拒否権は無かった、マジで。
「ふ~、もういいだろう。ありがとう。君達の協力には感謝する。先程はすまなかったね、手荒い真似をして」
「今さらいいですよ。それで、当然、こんなことをした理由を教えてくれるんでしょうね」
「本当に知りたいのかね。君達も組織に追われることになるんだぞ」
「何も知らずに追われる方が嫌ですよ」
「そうか、分かった。少し長い話になるぞ」
男は数秒の沈黙の後、ゆっくり口を開いた。
「これはまだ極秘なのだが、猛烈なスピードで世界中に中二病が拡散している様なんだ。これは冗談ではない。本当だ。俺は何を隠そう某国のスパイをやっている。名前はスミスだ。宜しくな。この怪しげな病気の発生源を調査したところ、この日本から拡散していることが判明した。
この病気は人に感染すると自分の自我の殻を破り、映画、小説、アニメの登場人物の様な奇怪行動を突然、始めるんだ。若い女性ならまだいい。多少は目の保養になるからな。だが、良い齢した中年の男性が魔法少女のコスプレをして玩具のマジックタクトを振り回し、「マジカル、マジカル、ラブラブアタック」なんて言っている光景を見た日にゃ、目が腐るって言うか地獄絵図だ。実に想像しただけでも恐ろしい。鳥肌、寒気がする」
「確かに」
俺も同感だ。
「だから、俺はそれを阻止しに来た。だが、俺とは別のどこかの国の諜報員が中二病ウィルスを使い国家転覆を狙っている様なんだ」
ハロウィーン、それは毎年10月31日に行われる古代ケルト人が発祥と言われる祭りである。
元来は秋の収穫を祝い、悪霊達を追い払うと言う宗教的意味合いが強い。
だが、近年は南瓜の中身をくりぬいたジャックオーランタンを家に飾ったり、子供が仮装し、お菓子を貰うと言った本来の目的とは全く関係ないイベントへと変貌を遂げている。
しかし、侮るなかれ、このハロウィーン、冬のイベントの代表格、クリスマスイブよりも人気が高い。・・日本に限定すれば。
まあ、恋人同士の恋愛イベントと言うよりは日頃から溜まったストレスや欝憤を一気に発散する用途が大きい様だ。
その結果、リミッターが外れ、迷惑行為や傷害事件に発展する事も多い。
昔からよく言われているが満月の夜は魔物にとって最も魔力が強くなる日。そんな日にノコノコ一人で夜道を出歩けば、魔物の格好の餌食になる事、間違いなし。ほら、今もあなたの背後にいるではありませんか。
それは10月31日、ハロウィーンの早朝に起きた。
俺はいつもの様に眠い目を擦りながら郵便受けの方へ新聞を取りに行った。すると。おやっ、家の玄関の前に大きな籐籠が置かれている。俺は何だ、何だと側に近づき、蓋をゆっくり開けて見た。すると、そこには、天使の様な小さな赤ん坊がスヤスヤと眠っていたのだ。中には手紙が置かれていた。
『この子はあなたの子です。引き取って下さい』
「え~~~」
「お兄ちゃん、どうしたんですか。あんな奇声なんか出して。何かあったんですか。」
「何でもない。大したことじゃない、うん」
「何を隠しているんですか。見せて下さい」
「・・わぁ~可愛い赤ちゃん。お兄ちゃん、この子どうしたんですか」
「どうやら俺の子らしい」
「・・・お兄ちゃん、私が納得いく説明をしてください」
「アリサ、まあ、落ち着こうじゃないか。お互い、冷静になろう。まずは、その手に持っている包丁をゆっくり地面に下ろしてくれないか。頼むから」
「アリサ、これは何かの間違いなんだ。俺を信じてくれ」
「そ、そうですよね。お兄ちゃんも社会人ですから当然、お酒での間違いや過ちの一つや二つ、ありますよね。泥酔して寝てしまい、朝起きたら全裸の金髪美女が隣で寝ていたなんて事も。そして金髪美女はお兄ちゃんにこう言うんです。「オォー、昨日の夜は最高にエキサイティングだったわ」って。
その後、お兄ちゃんはきっと「やっちまったーー」って、頭を抱えて後悔しているはずです。
ここにこんなに可愛い妹がいると言うのに他の女性に手を出すなんて。お兄ちゃんは不潔です。獣です。私の何が不満だと言うのですか。仰ってください」
アリサは俺を腐った魚を見るかの様な目で見下した。
「だから、これは何かの間違いなんだって」
「それで相手は誰ですか。会社の同僚ですか。それともキャバクラのお姉ちゃんですか。一遍、その女性の方とじっくり話さないと私の気が済みません」
「だから、俺は無実だ。潔白だ。俺はそんな事をしていない、第一、俺は童貞だ~」
「お兄ちゃん」
「なんだ。」(ドキドキ)
「童貞ってなんですか?」
ドッゴーーン
(うぐっ、そうだった。アリサは高校に入るまで女の園で生きてきたのだった。てっきり周囲からの口コミ情報で知っていると思っていたが。一体、俺は、どう言う風に説明したらいいんだ。・・・おっ、そうだ。)
「アリサ、なんだ、そんな事も知らないのか。それはな。魔法使い見習いの事を童貞と言うんだ。人はな、数十年、修行を積むと魔法使いになり、さらに修行すると賢者になれるのだ。ただし、エッチな事をしてはいけないと戒律があってな。それを破るとどんなに頑張っても、もう二度と魔法使いにはなれないのだ。実はお兄ちゃんのこの特殊メイクもその魔法の一つなんだ」
「お兄ちゃん、すごーい」
「うんうん、分かってくれればいいんだ」
「それじゃ、お兄ちゃんが賢者になったら私のこのゾンビの姿も元に戻せるね」
ドッゴーーン
(し、しまったーー、墓穴を掘っちまった。)
「それじゃ、この子の父親は誰なの」
「俺じゃない。」
「私でもないわ。それじゃ、やっぱり」
「ああ、決まっているだろ。あの人だ」
「あの人なのね」
「十中八九、間違いないだろう。」
二人の頭には「ハハハ」と能天気に高笑いをする父親の顔が浮かんでいた。
「これは俺の推測だが、父さんがどこかの畑に無計画に蒔いた種がニョキニョキと発芽して急速に大きくなってしまったのだろう。畑の持ち主のコウノトリさんは想定もしていなかった事態に困惑した。周りからはどうするつもりなのと責められるし、自分でもどうする事が出来なかった。迷いに迷った結果、畑の持ち主のコウノトリさんは「これは私が自分で蒔いた種ではありません。蒔いたあなたが引き取って下さい」とご丁寧にも家まで届けてくれたのだろう。産地直送で」
「迷惑な話ね」
「ああ、全くだ。その当の本人は海外に出かけて帰ってくる予定すら分からないんだから」
「今、どこにいるかもわからないの」
「ああ、さっぱりだ。「今度、帰って来る時は新しい美人の母親を連れて来るからな」なんて言って出かけたきり、音沙汰なしだ」
ピンポーン
チャイムの音がした。
「どちらさま」
「私こう言う者です」
「黒魔術カルト教団 日本支部 高井 鵜者」
「私、この近くでカルト教団をやっているものです。怪しい者ではありませんよ。黒魔法の研究に勤しんでいるだけのただの宗教団体です。ところでお嬢さん、黒魔術に興味ありませんか。やってみると楽しいですよ。黒魔術があれば、大抵の問題は解決します。あなたの周りに自分を困らせる嫌な人間はいませんか。そんな嫌な人間が身の回りにいるのであれば黒魔術を使って撃退しましょう。入会すれば、親切、丁寧なアドバイザーがあなたに手取足取り教えてくれます。これが教本の「猿でもできる黒魔術本」です。分かりやすいでしょ。今月は処女の方を優先的にお誘いしております。
もし、「私に出来るかしら」とご心配なら、3ヶ月のお試し期間もございます。やってみて「私には無理」、「私には合ってないかも」とお考えでしたら直ぐに辞めてもらっても結構です。今、契約して頂ければなんと洗剤一年分が付いてきますよ。」
「ごめんなさい。そう言うのは間に合っているんで他をあたって下さい」
訪問者はチラッとアリサの袂に目をやった。アリサの腕には赤ん坊がスヤスヤ眠っていた。
「そこを何とか、奥さん。」
「お、奥さんですって。い、いやだなぁ、ご冗談を。もう、あなた、お世辞がうまいんだから。」
(ちょろいな。もっと少しプッシュすれば確実に契約をとれると見た。これでノルマ達成)
「冗談ではないですよ、奥さん。新婚ですか。この、この、カッコいい旦那さんを捕まえましたね。うらやましいなぁ」
「へへへ、そうですか。確かにかっこいいですよね。そんなに褒められたら契約しちゃおうかな。」
(お兄ちゃんも魔法使いの勉強をしているって言っていたし・・・)
「こらっ、駄目だぞ。アリサ。そんな怪しい人の話を鵜呑みにしてホイホイ契約しちゃ。あなたも未成年に契約させないで下さい。」
「ちっ、邪魔が入ったか。」
そう言うと訪問者は脱兎の如く去って行った。
「アリサ、大丈夫だったか。」
「え~ん、怖かったよ。あの人、私が何度、要らないって言っても全然、帰ってくれないんだもん」
「大丈夫だよ。俺が付いているから。よく頑張ったな。よしよし」
「へへへ、お兄ちゃん大好き」
ハロウィンパレード開始時刻30分前、俺達はティナの家の前に来ていた。
外は太陽が地平線に半分隠れ、茜色と闇が共存する神秘的な光景だった。俗に言うところのマジックアワーらしい。
アリサの手には昼間に作ったお菓子の包みを下げている。まあ、ティナは吸血鬼だから食べないかもしれないがこう言うのは雰囲気が大事だ。
コンコンッ
「ティナちゃん、遊びましょ」
アリサはまるで子供を相手するような感じでティナを呼んだ
「よく来ましたわね。歓迎しますわ。おほほほほ。」
ティナも高飛車な態度で対応した。
「ティナちゃん、これ、お土産、お口に合えばいいのだけど・・・」
「まあ、ありがとう。あなた、思ったよりもいい方ね。」
「ティナちゃん、ちょっとおトイレ貸して貰ってもいい」
「俺は着替えたいからシャワールームを貸してくれ」
「もう、しょうがないですわね。更衣室は奥にあるから自由に使って頂戴」
俺は奥にある更衣室の扉を開けた。すると・・・
「きゃああああああ」
俺の目の前には知らない女性が全裸で立っていた。見たところ、さっきまでシャワーを浴びていて、ちょうど浴室から出てきたばかりの様だった。
運の悪い時に扉を開けてしまったものだ。
「す、すみません」
俺は必死で謝った。対する女性は自分の裸体を隠す様に背を丸くしてしゃがみこんだ
「どうしたんですか、お兄ちゃん。・・・こ、これはどういう状況ですか」
「待て、違うんだ。これは何かの間違いだ。決してワザとではないんだ。信じてくれ」
「そんな事はどうでも良いです。お兄ちゃん、いつまで彼女の裸をじろじろ見ているつもりですか。早く外に出て下さい」
「ご、ごめん」
俺はアリサに強制的に追い出された。
「もう、何事よ。騒々しいわね」
「あら、シンディー、いつの間に部屋に入って来たの」
「昨日の夜よ。二階の窓が開いていたから」
「紹介するわ。こちら、シンディー。彼女は私と同じ吸血鬼よ。まあ、昔からの腐れ縁ってやつ」
「それにしても珍しいわね、ティナ。あなたがこの家に人間を入れるなんて。もしかして、非常食」
「・・・それも良いかもしれないわね。わざわざ、外出しなくても済むし・・・。」
こ、こいつは。何気にさらっと恐ろしいことを言う。
「安心して。今のところはそんな事は考えていないわ」
俺を含めた4人はティナの家を出て街に向かった。
会場へ向かう途中、みんな色んな仮装をしていた。
魔法使いのコスプレをするゾンビ、吸血鬼のコスプレをするゾンビ、メイドのコスプレをしたゾンビ、ゾンビメイクのゾンビ
「お兄ちゃん、なんだかこのハロウィンのパレード、おかしくない」
「どこが?」
「ほら、あそこにもゾンビ、こっちもゾンビ、どこもかしこもゾンビばかり。絶対におかしいって」
「確かに言われてみれば・・・」
群衆の中に見知った顔を見つけた。
「おお、君はアリサ君のお兄さんではないか。奇遇だね。」
「これはどういう状況ですか。」
「いや~、それなんだか・・・。」
スミスは敵の諜報員を袋小路に追い詰めた。
「さあ、そのアタッシュケースの中身をこっちに渡すんだ。さあ、早く」
「死んでも嫌だね。お前に渡すくらいならこんな物・・・」
諜報員はアタッシュケースから素早く中身を取り出し、カプセルを地面に叩きつけようとした。
「やめろー。お前はその中身が何か知っているのか。世界を変えるほどの恐ろしいウィルスなんだぞ。」
「知った事か」
諜報員は腕をおもいっきり振りかぶりカプセルを地面に叩きつけた。
パリ――ン
カプセルは粉々砕け散った。
「まあ、そんな訳だ。どうやら、奴は急いで逃げだしたから、中二病ウィルスと間違えてゾンビウィルスを研究所から持ちだしてしまったようなんだ。まったく間抜けな奴だ。ハハハ」
「笑いごとですか。こんな非常事に」
「何を言うか、困難な事態に陥った時ほど人は笑った方が良い。そうする事で自分を落ち着かせ、冷静になれるのだ。」
「それで、目的の中二病ウィルスのカプセルは手に入ったんですか」
「ああ、ここにあるよ」
スミスは懐からカプセルを取りだした。
「これがそうだよ。」
そう言った途端、スミスの手からカプセルが滑り落ち、地面にパリーンと音を響かせた。
「あっ」
「あっ」
「あほか~~~~」
いや~、ここが風上で良かった。良かった。運よく助かったよ。ハハハ。
俺はこのスミスと名乗る男に野放しにしておくとこっちが危険に巻き込まれる、そんな匂いを感じた。なんか俺の父親と同じ匂いを感じる。
この状況をどう乗り切ればいいんだ。
中二病のゾンビが街中に溢れかえったこの状況を。なんてカオスなんだろう。
向こうではゾンビたちが集まり、英雄遊戯をしている。
「お、おのれ、まだ生きていたのか。魔王」
「くくく、お前には私を倒せんよ。何故なら私は不死身だからだ。私は何度でも蘇る、そう何度でもな」
「それならば蘇る度に倒すまでだああ。いくぞ、とりゃああああ」
チラッ
ゾンビは野次馬の中から俺達の存在に気が付いた。
ゾンビは俺達にも仲間になってほしそうな目で見つめている。
俺は一瞬、石化した。だが、すぐに復活し、無言のまま首を横に振った。
ゾンビはガンガン行こうぜと言うジェスチャーをした。
俺はそれに対し、ゴメンと手で制した。
ゾンビは50の精神的ダメージを受けた。
だが、フッとため息を一つつき、「次に会う時まで命を大事にな。あばよ」と腕を振り上げ、背中で語った。
気付けば、俺達は質の悪いゾンビに囲まれていた。
「お兄ちゃん、この場はこれで凌いでください」
「これは?」
「ハリセンです」
「アリサ、なんでハリセンなんか持ち歩いているんだ」
「いざという時のために準備しておきました」
「アリサ、最近の女子高生は鞄にハリセンを常備しているのか」
「いやだな。たまたまですよ。勿論、鞄の中には女性のたしなみ、お裁縫道具や絆創膏、化粧道具が入っていますから安心して下さい。あっ、ティナちゃんはこれを使って下さい」
「これは」
「ピコピコハンマーです」
「ええと、私の記憶が間違いなければ、これで叩いたらピコピコ鳴る、あの」
「そうですよ」
「レーザー光線や爆発が起こるとか」
「いやだな。そんな事が起こるわけがないじゃありませんか。念のためですよ。間違って殺しちゃったらまずいでしょ」
「でも、あなた、さっきゾンビを思いっきりバットで殴っていなかったかしら」
「埒が明かないから空中に逃げましょ。」
俺とアリサははティナとシンディーに抱えられビルの屋上に降り立った。
「これからどうする、お兄ちゃん」
「まずは状況を整理しよう。以前に聞いた話では中二病ウィルスとは、いわゆるハシカの様な物だそうだ。小さい時に掛かれば、後遺症は少ないが、大人になってから掛かると社会的地位を無くすほどの大ダメージを受けるそうだ。」
「私は数ヶ月で消滅すると聞いたことがあるわ。」
「でも、中二病は突然、何かのきっかけでぶり返す可能性を秘めているんじゃないかしら。」
「それじゃ、僕らの今後の方針は中二病ウィルスが消滅するまで安全な所へ逃げる事にしよう。」
「どこへ?」
「さあ、分からない」
「むしろ、ゾンビウィルスの方が危険じゃないの。軽い人はまだ意識があるけど、重症な人はまるで屍の様よ。」
「未知の病気だからね。・・・ところでさっきから誰かの事を忘れている気がするんだが」
皆に記憶から忘れられポツンと置き去りになったスミスはその頃、ゾンビたちと肉弾戦をやっていた。
「うおりゃああ」
スミスは迫りくるゾンビたちを次々になぎ倒していた。周りのゾンビたちはスミスの異様な迫力に後退りを始めている。「押すなよ。絶対に押すなよ」と口々に言っている。
だが、スミスはそんな事お構いなしに目の前のゾンビを殴った。すると倒れたゾンビがさらに後ろのゾンビにも当たり、次々にドミノの様に奥の方まで倒れていった。そして最後尾が倒れ終わった時、若い女性がスミスの元に駆け寄り、言った。
「おめでとうございます。ギネス達成です。あなたは世界で初めてゾンビをドミノの様に倒し、千人を超えました。こちらにはあなたの名前が記されます。」
周りのゾンビたちは一斉に拍手を彼に送った。
「ありがとう、ありがとう。ところでお嬢さん」
「なんでしょう」
「君はなんて美しいのだ。私に教えてくれないか。君の名は」
いきなり目の前の男性が私に向かって「君の名は」と甘く囁いた。
突然だが、説明しよう。
鬼塚 鰐子、年齢33歳 現在、ギネス記録認定員をやっている。恋人いない歴は年齢と等しい。
確かに彼女の若い頃は牛乳瓶の底の様な眼鏡を掛けていたし、ファッションも地味だった。
当然、モテる要素は無かっただろう。
だが、彼女は高校卒業を機に自分を変えようとメイクやファッションの猛勉強を開始したのだ。
スタイルも毎日ジムへ行き、体脂肪率5%まで絞った。その結果、男性が言うところのボン、キュ、ボンのスタイルが完成した。
けれども、彼女がどれだけ頑張っても彼氏が出来る事はなかった。
原因は・・・名前だ。
例えば、高級車に乗ったイケメンがここにいたとしよう。でも、彼女の名前を聞いた途端、ドン引きして逃げ去ってしまうのだ。
だから、今回も彼女は反射的にこう答えてしまった。
「あ、あんたなんかに名乗る名前はないわよ」
「あ、あんたに名乗る名前なんか無いわ」
名も知らぬ女性は自分に向けてそう言った。それを聞き、スミスは思った。
(どうやら、この女性はシャイな子猫ちゃんの様だ。)
スミスは何を考えたのか、突然、片膝を付き、腕を彼女に向けてこう叫んだ。
「ああ、どうやら君は悪い魔女に忘却の魔法を掛けられ、名前を奪われてしまった様だ。それもそうだ。君は美しい。魔女が嫉妬してしまうのも仕方ないだろう。今頃、君の名は深い闇の底で厚い氷に閉ざされているのだろう。それならば私があなたが奪われた名前をその悪い魔女を倒し、取り返して差し上げましょう。
だから、約束して下さい。その時は私にだけ教えてくれますか。君の本当の名を」
スミスはクサいセリフを言った。
彼女は若干、混乱をしている。でも、顔には笑みが漏れている。どうやらまんざらでもない様だ。
「ええ、そうよ。私の名は魔女に奪われたの。だから、私は私自身の本当の名を知らない。ああ、なんと言う事でしょう。私に忠誠を示し、私のために死地へ赴こうとする若きナイトに私は何もしてあげることが出来ない。ですが、あなたに約束しましょう。いつか時が来たらあなたに真実の名を伝えると」
二人の周りにはガヤガヤと野次馬のゾンビが集まった。
その中の一人、子供のゾンビは思った。彼女の胸のネームプレートにちゃんと名前が書かれているじゃないかと。だが、子供ゾンビはそんな野暮な事は言わなかった。彼の心の中で忖度が成されたのだ。
二時間後、二人はまだ舞台セリフの様な事を言いあっていた。周りのゾンビは片手にポップコーン、もう片方にコーラーを持って鑑賞している。
八時間後、二人の周囲にはいろんな屋台が商売を始めていた。焼きそば、綿菓子、射的等。中にはこの二人がどうなるか、賭けようと言い出すゾンビも現れた。
俺達はゾンビから距離を置くため、シンディー所有の山荘へ向かっていた。
ちなみに自治体への書類上の手続き(入山届け)は執事のセバスが全部手配してくれた。
目的地までの山道は秋の風情を漂わせつつも、頂上の方は白い雪に覆われていた。気温は昇る度に少しずつ低下した。全身を防寒装備で覆っていなかったら間違いなく凍死していただろう。
山荘に苦労して到着してみると長い間、使っていなかったせいか、ガラスは曇り、室内はカビ臭かった。そのため、女性陣の最初の仕事は室内を掃除する事だった。残された俺は自然と暖炉にくべる薪を延々と割る事になった。そもそも日常で薪を割る事なんてない訳だから最初は上手く割れなかった。でも、50本も割り続ければ、自然と力を抜いて割れるようになっていた。
一方、その頃、スミス達は相も変わらず、ゾンビの中心で愛を叫んでいた。
「ああ、君のすい臓を食べてしまいたい」
「駄目よ。ダメダメ」
朝、目覚めると山荘の周りを集団の黒いカラスによって囲まれていた。そして、驚くべきことに、その中の一匹が人間の言葉を流暢に喋った。
「あー、あー、マイクのテスト中、マイクのテスト中。ゴホン。私は秘密結社世界黒魔術協会日本支部に所属する動物使いのシドだ。お前たちはもうすでに包囲されている。諦めてその山荘から出てきなさい。さもないと私の愛する動物達がお前達を襲うことになるぞ。なお、私を捕まえれば何とかなると思っているなら間違いだ。何故なら私は遠く離れた場所から動物を通して交信しているからだ。ああ、そうそう、うちのボスはそのアリサと言う少女を悪魔召喚のための生贄として所望している。早めに投降した方が身のためだぞ。」
「お前の言う通りすると思うか」
「くくく、やはりお前達は痛い目に遭わないと分からないようだな。我が呼びかけに答えよ。心を惑わせし悪魔、召喚!!」
突然、俺達の前に長い牙の獣が現れた。
俺達の前には、ラブリーなハムスター達が口をモグモグさせながら立ち塞がった。手にはそれぞれヒマワリの種を持っている。
「俺には出来ない。こんな可愛い動物を撃退する事なんて。おのれ、卑怯な真似を」
「クククッ、お前達の運命もここまでのようだな。助かりたければ、諦めてその娘を渡すことだ。」
(ガチャッ)
「・・な、何だお前達は」
向こうでなにやらトラブルが発生した様だ。
「・・・えっ、動物愛護団体・・・ちょっと待って下さい。あの子は私の家族みたいなもので・・・違います。密輸したものではありません。・・・えっ、ワシントン条約違反。・・・違います。ちゃんとここに認可の書類が・・・この書類、偽物なんですか・・・違います。動物に乱暴な事をさせていませんって。・・確かに放し飼いしてますけど・・・そんなぁ~・・・それで言うなら人間だって動物の一種・・・」
(ガチャッ)
目の前のハムスターは森に消えていった。